
(左)「円城浄水場PFAS問題有志の会」の代表・小倉博司さん、吉田全作さん=2025年8月18日の岡山県庁での記者会見にて、中川七海撮影
岡山県吉備中央町の住民が8月18日、PFOA製造企業「ダイキン工業」の竹中直文社長宛てに質問状を送付した。
理由は、2カ月前に開かれたダイキン株主総会にある。吉備中央町で実施中のPFOA健康調査について、役員の平賀義之氏がこう説明した。
「健康影響の関連調査の中間報告を実施し、その中でPFASの一種であるPFOAでは、『明らかに関連する指標は認められない』との見解を示したことを、当社でも一部報道を通じて確認しております」
ダイキンは大阪を中心にPFOA汚染を引き起こしている。吉備中央町での中間報告に便乗し、公害原因企業としての責任を軽減する構図だ。
住民は驚いた。データ分析が杜撰な上に、調査もまだ途中だ。住民のPFOA曝露と健康影響の関連性がないとは言えない。ミスリードである。
なぜこのような不正確な情報がダイキンに利用されてしまったのか。
行政と科学者が、住民を置き去りにしたまま情報を発信する。マスコミはその情報を鵜呑みにして報じたまま、知らん顔。
いずれも本来は住民の側に立ち、企業の公害を止める役割があるにもかかわらず、機能不全に陥っている。
子どもの8割超が米政府の指針値超え
吉備中央町の水道水汚染は、2023年10月に明らかになった。
住民は、国が定める飲用水のPFOA指針値の28倍の水を、日常的に摂取していた。期間は少なくとも3年間。血液検査を受けた住民700人超の87%が、米国政府が採用する指針で「処置が必要」とされる値を超えていた。
2歳〜12歳の子どもの高濃度曝露も著しく、82%が米国政府の指針値を超えた。
岡山大学の頼藤貴志教授が、PFOA曝露と健康影響の関連について分析調査を続けている。町からの委託だ。
岡山大学調査の杜撰

吉備中央町が配布した説明資料を手に取る参加者=2025年5月18日の吉備中央町住民説明会にて、中川七海撮影
問題が露呈したのは、2025年5月18日に町が実施した住民説明会だ。
山本雅則町長が挨拶に立ち、頼藤教授が調査の中間報告を行った。
頼藤教授は分析データを記した資料を用いて説明した。
PFOAが混入した水道水を飲んでいた人と、飲んでいなかった人との間で、「明らかな差は観察されなかった」という。問診票の内容を比較した結果だ。
だが、説明には引っ掛かかる点が複数あった。
たとえば3年間のうち、日常的にPFOA混入水を飲んでいた人と、1度でもPFOA混入水を飲んだ経験のある人を同群で捉えていた。
PFOAの健康影響の一つである精巣がんの発症率については、女性のデータを分母に含めていた。
そもそも、町民1万人強のうち、まだ約700人しか血液検査に参加していない。疫学調査の結果を出すには十分とは言えない段階のはずだ。
質疑応答時は、報道機関は入れなかった。説明会が終わった後に記者会見が開かれた。
杜撰なデータをもとにした報告であることを踏まえ、私は質問した。
「こういうデータを出すと、『健康被害が出ていない』というふうに視聴者・読者をミスリードしてしまいますよね」
しかし頼藤教授は「今日は暫定結果をお伝えさせていただいたというところで、これで何かこう結論するというものではないと思います」
血液検査の実施主体は、町だ。町として、このようなデータを公表して問題がないと考えるのか。山本町長に尋ねると、こう答えた。
「ですから頼藤先生は、そのようなミスリードがないように、ということで言われたと思います」

岡山大学の頼藤貴志教授=2025年5月18日の吉備中央町住民説明会にて、中川七海撮影
記者会見に先立ち、報道機関を入れずに行われた住民との質疑応答では、私と同じ疑問をぶつける人はいなかったのか。取材すると、いた。
住民たちでつくる「円城浄水場PFAS問題有志の会」のメンバー、吉田全作さんだ。飲水者と非飲水者の線引きの問題点や、血液検査の数値ではなく問診票の内容のみで集計している点などを突き、「数字のマジックです」と指摘した。
吉田さんは、この日の内容がどのように報道されるかについても、心配していた。
「マスコミへの会見時に、間違った情報を言わないでください」
「マスコミはそのまま書きますから。国や原因企業は、それを待ってるんですから。血液濃度がどんなに濃くても全然関係ないよって言いたいわけですから。そういう材料を与えないでください。お願いします」
「さんざん言うようですけど、マスコミの方たちにはそこを誤解しないように、ちゃんと報告してほしいと思います。お願いします」
吉田さんがここまで念を押したにもかかわらず、記者会見で頼藤教授は説明を変えず、山本町長は黙認したのだ。
マスコミへの住民の不安が的中
「杜撰な岡大調査の内容をマスコミがそのまま書く」という住民の心配は、的中する。
報道各社が、町側の説明のままに報じた。各社の見出しは次のとおりだ。
共同通信(2025年5月18日付)
明確な健康影響「認められず」 PFAS検査の中間分析、岡山
読売新聞(2025年5月19日付)
明らかな影響「認められず」 PFAS問題 血液検査「中間結果」=岡山
朝日新聞(2025年5月19日付)
水摂取の有無で「明確な差ない」 吉備中央PFAS問題/岡山県
日経新聞(2025年5月19日付)
PFAS「明確な影響なし」 岡山・吉備中央町、血液検査の中間分析
NHK WEB(2025年5月19日付)
吉備中央町 “現時点PFAS健康影響と明らかな関係見られず”
KSB瀬戸内海放送(2025年5月19日付)
吉備中央町PFAS問題 健康への影響「明らかな影響は見られなかった」 町側が暫定結果を住民に説明 岡山
毎日新聞(2025年5月20日付)
PFAS:吉備中央PFAS検出 健康影響、認められず 町説明会/岡山
この日以降、有志の会代表の小倉博司さんは近隣住民から「健康影響はないらしいね」と声をかけられるようになった。報道が影響していることを痛感した。
大阪からの連絡

吉備中央町の山本雅則町長=2025年5月18日の吉備中央町住民説明会にて、中川七海撮影
マスコミ各社の報道の翌月、6月末には大阪でのPFOA汚染対応に取り組む住民団体から連絡が入った。
「ダイキンの株主総会で、吉備中央町の血液検査で『健康影響は見られなかった』と説明されていましたよ」
驚いた有志の会メンバーは、株主総会でのダイキンの発言を調べた。
Tansaが音声記録を入手して報じたとおり、 6月27日実施の株主総会で、PFOAの健康影響に関する株主からの質問に対し、化学事業担当役員の平賀義之氏がこう述べていた。
「岡山県吉備中央町は先ごろ、岡山大学の協力を得て、町民に対して実施しました血液検査と、健康影響の関連調査の中間報告を実施し、その中でPFASの一種であるPFOAでは、『明らかに関連する指標は認められない』との見解を示したことを、当社でも一部報道を通じて確認しております」
このままマスコミの報道が事実として定着し、ダイキンに利用されては困る。
有志の会は、山本町長と頼藤教授に対して、記者会見を実施して住民説明会の内容の補足や訂正をするよう求めた。しかし応じようとしない。
7月23日には、頼藤教授に直談判した。頼藤教授は「自分が出した情報の一人歩きは本意ではない」と述べたものの、「会見実施は私の役割ではないので、町に聞いてください」と言ったという。ダイキンに対する発言の訂正も求めようとしない。
ただ7月30日、有志の会の小倉さんが、山本町長と個人的に会った時のことだ。町長は「町のホームページに、中間報告に関するコメントを掲載する」と述べた。
しかし、いくら待っても、町のホームページが一向に更新されない。
有志の会は、自ら記者会見を開くことを決めた。
「記者は勉強不足」
8月18日、岡山県庁記者室に、小倉さんと吉田さんがやってきた。
報道陣に対して、吉田さんは苦言を呈した。
「はっきり言うと、記者の方たちも勉強不足だと思うんですよね」
「僕らの血液検査の濃度がこんなに高かったというのは、本当にご存知ですか。世界的にすごい数値なんですよ」
「これは公害問題、大変なことなんですよ。それを、もうちょっと勉強していただきたい。それだけ危機感を持っておられるのかは分かりませんけれども、勉強した上で、質問なり調査を」
「僕らの意図しないところで(データが)利用されるのは、被害者として非常に悔しい」
小倉さんも「これは命に関わる問題です」と述べ、こう訴えた。
「吉備中央の被害住民が孤立して、何事もなかったかのように消されてほしくない。報道各社には、報道による被害者の心情を想像していただきたい」
小倉さんと吉田さんは、有志の会として、町と頼藤教授に対して調査方法の改善を求めていることも明かした。
ダイキンへの7つの質問
ダイキンに対しては、次の7項目の質問を、有志の会として送付したことを明らかにした。回答期限は8月31日だ。
1. 「その中でPFASの一種PFOAでは、明らかに関連する指標は認められないとの見解を示した」とある総会での発言は事実でしょうか。議事録を確認の上正確にお知らせ下さい。
2. 事実であるなら発言者の氏名・役職を明らかにされたい。
3. 「その中でPFASの一種PFOAでは、明らかに関連する指標は認められないとの見解を示した」との情報は、どこで得られた情報なのか明らかにされたい。報道機関の情報で得られたものなら、報道機関の社名を明らかにされたい。
4. 調査を行っている岡山大学へ詳細を確認した上での発言なのか明らかにされたい。
5. 吉備中央町の実情をどこまで認識された報告なのか明らかにされたい。
6. 株主総会での発言ということでは、会社としての公式の見解と受け取ってよろしいか。
7. 貴社はこれまで、PFASの一種PFOAを開発・製造していたと聞いていますが、間違いありませんか。
住民からの指摘をスルーするマスコミ
有志の会による記者会見の翌日、ようやく吉備中央町のホームページに、「令和7年5月18日開催の住民説明会に関する補足について」が掲載された。
しかし、自分たちが説明した内容の何が問題だったかが書かれていない。報道各社やダイキンが発信する内容の間違いの指摘もない。説明会で使用した、誤解を招く資料も掲載したままだ。
5月18日に実施した住民説明会の報告について、今回の結果は、あくまでも現時点まで解析した内容に関するものであり、今後のあらたな解析の結果を何ら拘束するものではありません。
また、町としては、さらなる解析の継続や関連の評価、長期的な健康観察が必要であると考えており、今回の報告は『健康への影響はないと断定したものではない』と理解しております。
町としても、「健康への影響」については、今後も継続し調査していくこととしています。
有志の会が記者会見を開いたことを受けて焦って出した、アリバイのような文章である。
報道機関はどうか。記者会見に関する報道を調べた。
RSK山陽放送(2025年8月18日付)
吉備中央町のPFAS検出問題 住民有志が町に「健康への影響なし」と結論が出たかのような情報発信の軌道修正を求める【岡山】
RNC西日本放送(2025年8月18日付)
吉備中央町PFAS問題 住民有志「正確な情報発信を」
宮崎日日新聞(2025年8月18日付)
岡山PFASで住民団体が要望 血液検査の調査精度向上など
共同通信(2025年8月19日付)
健康影響ないと断定せず、岡山 PFAS調査で吉備中央町が見解
しかし、住民説明会の報道に対する訂正は出していない。それどころか、有志の会が強調していた、報道機関の情報発信に関する指摘についても触れていなかった。
5月の中間報告を町の発表のまま報じていたにもかかわらず、今回の記者会見について報じていない社もあった。
行政もマスコミも、自分たちのミスリードで住民を苦しめている自覚がないということだ。
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