製薬マネーと医師

「名義貸し」というビジネスモデル(5)

2019年05月27日11時33分 渡辺周

東京都港区のカフェ。ワセダクロニクル編集長の渡辺周は、ある男性と会った。10日前のことだ(*1)。

男性は製薬会社「第一三共」の関係者だ。第一三共は日本の製薬業界でトップクラスの売り上げを誇っている。

ほかの客から目立たない席で、渡辺は青いファイルケースから文書を取り出した。

朝日新聞社が作成した経理資料だ。私たちはそれを、電子データで入手していた。

「ウィン・ウィン・ウィン」の関係

その経理資料は、朝日新聞社が主催した日本循環器学会の「市民公開講座」に関するものだ。講師として医師が招かれた。その市民講座にかかった経費や支払い先などが詳細に記載されている。

資料に目を通した男性は、渡辺にいった。

「朝日新聞社・第一三共・医師の三者が、ウィン・ウィン・ウィンということですね」

「ウィン・ウィン」だと、取引の両者にとって利益があることを意味する。男性がいった「ウィン・ウィン・ウィン」とは、朝日新聞社、第一三共、医師の三者に利益があるということだった。

「掲載料」は「2720万円」

男性が目を通した、朝日新聞社の経理資料には次のような記載がある。

朝日新聞社の経理資料の原本には医師の名前が記載されている。「謝礼額」の箇所は該当する金額が無いことを示す「ーーー」の記号が打たれている

この経理資料から次のことがわかる。

ーー 2013年と翌2014年に市民向けに開催された「市民講座」を朝日新聞社が「主催」した。しかし、朝日新聞社は主催者でありながら、医師への「謝礼」は広告主である第一三共が支払った。会場代といった「事業費」も朝日新聞社は負担しなかった。

そして、いずれの年も「4月27日」に講座の内容が、「一般記事」ではなく「広告紙面」として紹介された。「広告主」は「第一三共」で、「2,720万円」が朝日新聞社に支払われた。ーー

新聞社の主催事業、一般記事ではなく広告に

新聞社の主催事業であれば、記者が取材して一般記事として載せる。例えば朝日新聞社が主催の「夏の高校野球」は、社会面やスポーツ面、地方版などで掲載される。吹奏楽やママさんバレーなどもそうだ。

しかし、経理資料は朝日新聞社が主催の事業が「広告」として掲載されていることを示している。広告はスポンサーが料金を払うので、内容にも介入されやすい。

どうして、主催事業なのに、一般記事ではなく、わざわざ広告として新聞に載せるのだろうか?

当時の朝日新聞を調べると、確かに、両年とも資料にある日付で、日本循環器学会の市民講座の内容を伝える「広告特集」があった。

2013年は横浜市のパシフィコ横浜で開かれ、見出しは「知って得する生活習慣病対策のコツ」。8人の医師が登場している。2014年は東京都千代田区の東京国際フォーラムで開かれ、見出しは「心臓病とともに生きる」。登場する医師は6人だ。

両年とも丸々1ページ割いている。

主催は朝日新聞社のほかに日本心臓財団が入り、後援には神奈川県や東京都などの自治体も入っている。第一三共は「協賛」だ。

朝日名義の「看板」で「中立公平」、「新聞社なら行政の後援を取れる」

ではなぜ広告として載せるイベントを、朝日新聞社が主催する必要があるのだろうか。

男性は「製薬会社は、朝日新聞社の『看板』を借りることで、『新聞社が主催だから、中立公平ですよ』といえるのです」と答えた。

「ポイントはここです」

男性は市民講座の内容が掲載された紙面のタイトルのすぐ下を指差した。

「ここの『後援』のところに、東京都や神奈川県が入っているでしょう。行政の後援は、製薬会社が主催したイベントでは取れない。しかし新聞社なら行政の後援を取れる。行政が後援に入れば、製薬会社の色がさらに薄められて客観性が出てくる」

第一三共は、朝日新聞社に主催者になってもらうことで「色を消す」ことができ、朝日新聞社は1回のイベント開催で2720万円の広告料金を得ることができた、ということになる。

「先生には直接お小遣いを渡したい」

渡辺は、資料でわからない箇所があった。医師への「謝礼」の「支払い元」が「広告主」と記載されていた箇所だ。普通は主催者が支払うものではないのか? それが疑問だった。

渡辺は「朝日新聞社は主催者なのに、なぜ医師への支払いを負担しないのですか」と尋ねた。

男性はこう答えた。

「イベントでの医師の発言とその後の掲載内容は、医師の了解があれば変えられるので、製薬会社としては先生に直接『お小遣い』を渡したい。まあ、何を話すかわかっている先生を選ぶので、内容に手を入れるようなことはないですけどね」

「朝日の主催ではあるものの、費用は医師への支払いを含め、すべて第一三共が負担した。朝日は名前を貸すだけで広告代という利益を得る。濡れ手に粟、ですね」

資料をはさんで1時間近く話した。男性は最後にこういい、席を立った。

「もうずいぶんと前からやっていることだよ。つくづくよくできたビジネスモデルだと思うね」

朝日新聞社や第一三共はどう説明するのか。読者をあざむくことにならないのだろうか。両者の主張を検証していく。

=つづく

*       *       *

ワセクロは、医療ガバナンス研究所と製薬データベースを構築しました。講演料や執筆料の名目で製薬会社から医師に支払われたカネの流れを透明化しました。患者のみなさんが自身で担当医と製薬会社との利益相反を判断する材料を提供し、大きな反響をいただきました。

ところがーー。

製薬会社は、講演会の謝金など医師への支払いは公開しているのに、新聞紙面に載せる広告料金など「マスコミ」への支払いは公開していません。「ブラックボックス」ともいえる状況の中、読者が知らないところで不可解な出来事が起きていました。

経営の悪化が止まらない「マスコミ」業界と広告主としての製薬業界のフシギな関係を暴いていきます。

この「『マスコミ』と製薬マネー」は『週刊東洋経済』編集部との共同取材です。本日27日発売の2019年6月1日号の特集「クスリの大罪」にも関連記事が掲載されています。同誌とはこれからも連携を進めていきます。

=つづく

(脚注)

*1 2019年5月17日

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