高齢者狙う新聞販売

認知症まで標的に/家族や介護者ら月100件超の相談(1)

2020年12月28日11時53分 渡辺周

(読むために必要な時間) 6分

ある日、一人暮らしの親を訪ねたら、新聞を何紙も取っていた。

本人は認知症が進んでいる。購読契約の理由を尋ねたが、契約したことを覚えていない。なぜ何紙も新聞を取っているのかーー。

高齢者を狙った新聞販売の被害が全国で相次いでいる。全国の消費生活センターに寄せられる相談は月100件超。相談してくるのは、多くが高齢者の家族や介護者だ。家族と疎遠で相談する術も知らない高齢者は、自らの被害を訴え出ることがないので、表面化しているケースは氷山の一角だ。

背景には購読部数が減り続けている新聞業界の苦境がある。生き残りのために、一線を越えるケースが多発している。被害の実態を探った。

 

月11万円の年金暮らしに4紙が押し寄せ

東京都北区の都営アパートで一人暮らしをする母(84)のもとを、娘(45)が昨年9月に訪れた時のことだ。固定電話の下にある契約書の束を見て驚いた。読売、朝日、産経、毎日の4紙分がある。

「お母さん、こんなにいろいろな新聞と契約してどうしたの?」

母は娘から質問されて「何かの間違いじゃない?」と混乱した。母は認知症で、もの忘れの症状が進んでいた。

娘が4紙の契約書を調べると、購読期間が重なっていたり3年先の契約を取らされたりしていた。怒りが湧いてきた。母は月11万円ちょっとの年金で暮らしている。朝刊だけでも1紙で月3000円から4000円程度する。

日付の感覚を忘れないよう1紙だけは取りたいといっていたが、複数を購読するのはあり得ない。

娘はすぐに各販売店に電話し、解約を申し出た。「もの忘れの症状があるから、自分の判断で契約ができない。解約してくれ」。

産経はすぐに対応してくれたが、読売は「サービスの米の費用を回収しないといけないのでもう1ヶ月とってくれ」、朝日は「解約するならサービスのカタログギフトを返してくれ」と求めた。

毎日は一度断ったのに、今年3月、また母のもとへ勧誘にきた。娘は販売店ではなく毎日新聞本社に電話して伝えた。

「去年も押し売りでやってきた。母はもの忘れがあるのでやめてくれといったのに。新聞をとりたければこちらからいいます」

ようやく、毎日からの勧誘が止まった。

一人暮らしの84歳の女性宅にあった新聞の購読契約書

「夢にまで出てくる」強引な販売員

大阪府堺市の府営住宅で暮らす男性(84)のもとには、1年ほど前に読売新聞の勧誘が来た。

男性は幼い時から病弱で、十分な年金をもらえるほど働けなかった。今は生活保護を受けていて、新聞をとる余裕はないので断った。

だがその勧誘員からは何度も電話がかかってきた。男性は精神的に追い詰められて、勧誘員が夢にまで出てくるようになった。これ以上辛い思いはしたくないので渋々、契約に応じた。

男性は離れて暮らす娘(51)に相談した。娘は販売店に電話し、解約したい旨を伝えた。販売店は娘の携帯電話に折り返すといって、その場は電話を切った。

ところが販売店が電話をした相手は、男性の方だった。販売店は「解約するためにはもう半年購読してください」といい、男性は承諾してしまう。

娘はキレた。再び販売店に電話した。「弱った年寄り相手に強引に契約取るなんて、ふざけるな!」。販売店はようやく解約に応じたものの、こういい残した。

「読売以外とは契約しないと約束してください」

しかし、それで終わりではなかった。娘が父の家をたまたま訪れた時にかかってきた電話が、また読売の勧誘だったのだ。娘は「二度と電話をかけてくるなといったのに、なんやねん」と抗議して電話を切った。しかし、父はいつ勧誘の電話がかかってくるかもしれないと気を尖らせている。そんな父の精神状態が心配で仕方がない。

「契約書の筆跡が本人と違う」「同じ新聞が2部」「宅配業者を装う」 ・・・

ワセダクロニクルは、全国の消費生活センターに寄せられる高齢者への新聞販売に関する相談について、国民生活センターに情報公開請求をした。相談件数が多く開示に時間がかかるため、とりあえず今年1月分を出してもらった。

新聞販売に関する相談は約300件。そのうち、高齢者が標的にされた事例は106件あった。障がい者を対象にした事例もあった。以下に悪質なケースを中心に20例抜粋する。

【消費生活センターに寄せられた相談例2020年1月分】

事例1父が景品欲しさに新聞を契約したが、認知症。景品を返品すると伝えたが、解約に応じてもらえない。
事例2親族が特別養護老人ホームに転居するので新聞をやめたいと伝えたが、応じてくれない。
事例3高齢で独居の義母が目が見えにくくなったので、解約したいと電話したが解約できないといわれた。
事例4緑内障で字がよく読めないので、解約したいが断られた。
事例5精神障害の義弟が2年前に新聞購読を契約し、今月から配達されている。本人に契約の自覚がなく解約を申し出ているが応じてもらえない。
事例6介護施設でヘルパーをしているが、認知症の利用者が強引に契約させられ、代わりに解約交渉しているが不安になった。
事例7高齢独居で新聞を読む能力がない姉宅に、契約者の名前や住所の記載がない購読契約書があった。キャンセルしたい。
事例8夫が入院で新聞購読を9ヶ月ほど休止。その後契約者の夫は他界し、私は目が悪いので購読しないが、契約期間が残っていると再契約させられた。
事例9目が見えず認知症気味の妻が新聞の契約をし、現在同じ地方紙が2部入っている。1部でいいが、販売店が応じない。
事例10今日、母が新聞の勧誘を受けて2年後の契約をしたことがわかった。勝手に契約書に住所まで記入しているのが許せない。
事例11高齢の両親宅に突然1月から新聞が入った。断ろうと電話をすると、渡した商品券2万円分を返してほしいといわれた。
事例12脳梗塞を患い認知症でもある母親が、理解しないまま2社契約していた。販売店に問い合わせると恫喝された。
事例13成年後見制度を利用している姑が購読契約をした。取り消したいが、景品の請求をされている。
事例14高齢で独居の母の家に新聞が配達されているが、契約書の字が母の字か疑わしい。
事例15突然、一人暮らしの母の自宅に新聞が配達され、販売店に尋ねると契約書の写しがあった。母には覚えがなく、筆跡も違うようだ。
事例16母宅に宅配業者を装って新聞の勧誘員が来訪した。母は思わず対応してしまい契約した。悪質だ。
事例1787歳の母が契約していた。必要ないので断りたいが、販売店は本人が契約していないからダメだという。
事例18昨年から母が入院している。新聞の解約を申し出たら、1年契約のため解約できないといわれた。不在の家に新聞が届いても困る。
事例19自分はケアマネだが、高齢の利用者が新聞の契約をしていた。その利用者は自分で署名できないので、勧誘に問題があったと思う。解約させたい。
事例20実家の母の新聞購読契約が今年から始まり、5年間継続することになっているが、解約したい。

1年で270万部減

悪質な訪問販売が繰り返される背景には、新聞の急速な部数減がある。2020年は全国紙・地方紙・スポーツ紙合わせて3509万部で、5370万部あった2000年の65%にまで減った。

減り方は加速し、2020年は前年に比べ271万部減っている。これまでの傾向から、減少ペースはさらに早まる可能性が高い。

日本新聞協会のウェブサイトを元に作成

日本新聞協会に質問状

認知症や視力が落ちている高齢者にまで新聞を押し売りする状況を、新聞業界はどう考えているのか。

ワセダクロニクルは2020年12月21日、新聞社103社が加盟する一般社団法人日本新聞協会の山口寿一会長(読売新聞グループ本社社長)に質問状を出した。

質問状の内容は以下の3点だ。

1、新聞協会の加盟社が発行する新聞販売の現場で、認知症の高齢者らに対して悪質な新聞販売が行われていることを把握しているか。

2、高齢者への悪質な新聞販売について把握している場合、具体的にどのような対策を取っているか。

3、特定商取引法など新聞販売に関係する法律を遵守しているか。遵守していると考える場合の根拠は何か。

回答期限を12月24日の正午とお願いしたが、協会の広報担当者からは「質問状については現在対応を検討しておりますが、返信については年内あるいは年明けまで延びる可能性があります」と連絡があった。

回答が届きしだい、このシリーズで報じることにする。

=つづく

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