ミャンマー見殺し

5000億円の借金帳消しで「利権」に道(2)

2021年05月21日20時20分 渡辺周

FacebookTwitterEmailHatenaLine

日本企業がヤンゴンの軍事博物館跡地で企画している不動産プロジェクトに、日本政府系の国際協力銀行(JBIC)が50億円もの融資をしていることは、本シリーズの第1回で報じた。その不動産プロジェクトから国軍は年2億円の利益をあげることになる。

日本政府はなぜ、市民の虐殺を続ける国軍の資金稼ぎに加担するのか。

日本ミャンマー協会は2012年から、活動記録「MYANMAR FOCUS」を発行している。35冊に及ぶこの記録は会員限定で、一般には手に入らない。

私たちは、その35冊の記録を手に入れることができた。記録に基づいて取材を進めていくと、軍人出身の大統領が政権を握っていた2013年、日本政府がそれまでミャンマー政府に貸し付けていた5000億円を、帳消しにした事実に行き当たった。

日本政府の貸し付けた金には、税金が原資に含まれている。その巨額の貸し付け金を、政府はなぜ帳消しにするようなことをしたのだろう。


クーデター直前の2021年1月20日、国軍幹部と会談した日本ミャンマー協会会長・渡辺秀央氏 (右から2番目)「MYANMAR FOCUS 35号」より

国軍司令官「日本は最も信頼がおける国」

ミンアウンフライン国軍司令官がクーデターを起こす1年4ヶ月前、2019年10月10日のことだ。ミンアウンフライン司令官は東京都内のホテルにやってきた。日本ミャンマー協会と、協会を年平均2500万円超の寄付金で支援する日本財団が主催する歓迎パーティーに出席するためだ。来日はこれで3度目。パーティーには、日本ミャンマー協会の役員をはじめ、与野党の政治家が参集した。

麻生太郎・副総理兼財務大臣(日本ミャンマー協会最高顧問)

加藤勝信・厚生労働大臣(日本ミャンマー協会理事)

山口那津男・公明党代表

枝野幸男・立憲民主党代表

金屏風を背景に、ミンアウンフライン司令官があいさつに立つ。軍服ではなく、黒の背広に濃い紫のネクタイ姿だ。向かって左側にはミャンマー国旗、右側には日の丸が掲げられている。

「日本はミャンマーにとって最も友好的な国であり、最も信頼のおける国です。過去の不幸な出来事というものは一つの教訓に過ぎません」

「日本はミャンマーへの債務削減を実施してくださったわけですが、そのお陰で、ミャンマー国民の心理的負担がどれほど軽くなったことか、決して言葉で言い表せません」

国家予算と同額の借金

ミンアウンフライン司令官がいう「債務削減」とは、ミャンマーが日本から借りていた5000億円の債務を、2013年に帳消しにしてもらったことを指す。

ミャンマーの当時の国家予算は、債務と同額の5000億円程度。借金のため国家財政は苦しかった。発電所の建設など経済発展のための新たなインフラ整備もなかなか進まず、外国からの支援や投資が停滞していた。

一方でミャンマーは、2011年にアウンサンスーチー氏ら「政治犯」が釈放され、アメリカやEUが経済制裁を解いた。人口が5000万人で鉱物資源も豊富なミャンマーは「アジア最後のフロンティア(新天地)」として期待が高まっていた。

「債務を帳消しにすることで、ミャンマーへの日本企業の進出を促進できないか」

そう考えたのは、民主党政権で官房長官を務めた仙谷由人氏だった。仙谷氏は2012年の日本ミャンマー協会の発足時から、副会長・理事長代行として運営に深く関与していた。

アウンサンスーチー氏が釈放されたといっても、大統領は国軍出身のテインセイン氏だ。アウンサンスーチー氏は仙谷氏に会い、強く迫った。

「5000億円の帳消しはやめてください。現政権を応援することになります」

だが、仙谷氏はこう返した。

「今はあなたが政権を持っていなくても、借金を帳消しにすることで、現政権が生活基盤やインフラの建設をやっている。あなたが政権についた時に役に立つようなことをやってくれているのだから、喜んで受ければいい話ではないでしょうか」

外務・経産・財務が「絶対に避けたいこと」

2012年12月に民主党から自民党に政権が交代した後も、借金帳消しの方針は変わらなかった。

麻生副総理兼財務相・金融相は、財務省に借金帳消しの作業を進めさせた。自身は第2次安倍政権の閣僚として、2013年1月にミャンマーに一番乗りしてテインセイン大統領と会談した。

借金を帳消しにした大きな目的は、日本企業の進出だ。日本政府は借金を棒引きにすることで、日本企業が進出しやすいようミャンマー政府に「恩を売った」のだ。借金を帳消ししただけでなく、200億円の無償援助と510億円の円借款まで付け加えた。

ミャンマー支援について2013年5月、外務省の梅田邦夫・国際協力局長が日本ミャンマー協会の臨時総会に呼ばれて講演した。

梅田局長は、ミャンマーへのインフラ輸出についての戦略を閣僚の会議で練ったことや、企業進出のための官民合同チームを持っているのは対ミャンマーだけであることを説明した。その上でいった。

「日本の円借款を出して、(事業は)第三国である中国や韓国の企業に受注されるようなことは絶対に避けたい。我々政府関係者にとって強い望みです」

ただ、途上国への援助について国際ルールを作る「DAC」(経済協力開発機構「OECD」の委員会)は、日本も含めたDACの加盟国に次のような趣旨の勧告している。

「援助と自国企業の受注を引き換えにする『ひも付き援助』は減らすように」

梅田局長はいった。

「今、(日本の)関係各省は、国際ルールを守りながら日本企業の受注が有利になるような仕組みを考えられるのではないかと、知恵を出して検討しています」

「日本企業の受注が有利になる仕組み」を各省庁で検討するにあたっては、日本ミャンマー協会にこう協力を求めた。

「DACは、ルール違反に関して非常に厳しい目を持って監視しています。したがって日本はこんな施策を行ったということをあまり宣伝しない方がいいのかなという配慮も必要かと思います。場合によっては静かな形で行うこともあろうかと思います。その時は協力をよろしくお願いいたします」

与野党の政治家、官僚たちは一致して、ミャンマーに日本企業を進出させようと躍起になっていた。

次回は、その「最大の成功例」といわれる巨大工業団地についてみていく。

(肩書きは当時)

=つづく

ミャンマー見殺し一覧へ