日本が食った「奴隷」のマグロ

中国の漁船でインドネシア人船員ら10人死亡/遺体は海へ/獲ったマグロは日本向け

2021年09月14日10時00分 アナリス ガイズバート

遠洋マグロ漁船「ロンシン629」のインドネシア人乗組員=韓国のキム・ジョンチョル弁護士、ロンシン629の乗組員提供

2019年から2020年にかけて、中国の水産会社「大連遠洋」が運営するマグロ漁船で、10代~20代のインドネシア人の乗組員ら10人が死亡した。休息やまともな食事を与えられない「奴隷労働」の末、病気になっても十分な治療を受けられずに死亡した。

大連遠洋に船員たちを派遣したインドネシアの人材会社の社員は、人身売買の罪によりインドネシアの裁判所で有罪判決を受けた。

大連遠洋の船が漁獲したマグロはメバチとキハダで、刺身用だ。主な行き先は日本だった。

この50年間で日本のマグロ遠洋漁船は、約1000隻から200隻を切った。乱獲による漁獲量の低迷や公海漁業規制の強化、燃料費等の経営コストの増大、漁業就業者の減少や高齢化のためだ。

だが日本のマグロ消費量は相変わらず高く、世界の刺身用マグロの8割を占めるほどだ。このギャップの一部を、中国企業の漁船での「奴隷労働」が埋めた。

日本の消費者がマグロを求め続けた結果、インドネシアの若者たちの命が奪われたマグロビジネスの実態を、アメリカのメディアMongabayと環境問題の探査報道ネットワークEnvironmental Reporting Collectiveとのコラボレーションにより明らかにしていく。

スプーン1杯の水しか飲めず

2019年12月、大連遠洋のマグロ漁船「ロンシン629」(全長48m、502t)は太平洋のサモア近辺で操業していた。船長らは中国人、船員は19~34歳のインドネシア人たちだ。

航海を始めてから10カ月が経ち、船員同士は家族のように仲良くなっていた。

25歳のセプリは、秋ごろから体調を崩し始めた。同じ船室でセプリのことを弟のように思っていたのがベルナルデュス・マテゥルボン(当時34)だ。ベルナルデュスはセプリの症状が心配になった。顔色が悪く食欲がなくなっていく。スプーン1杯の水しか飲めない。薬を飲ませても効果がない。ベルナルデュスは、セプリをほとんど眠らずに看病した。

12月21日朝、セプリの容態が悪化した。ベルナルデュスら船員仲間が、セプリがトイレに行くのを手伝わなければならなかった。

トイレからベッドに戻ると、セプリは意識を失った。1時間ほどして、セプリは息絶えた。仲間によると、セプリはコーヒーやタバコが大好きで、いつもニコニコしていた。

ベルナルデュスはその時のことを思い出していう。

「セプリが死んだ時、泣きじゃくった。耐えられなかった。どうすれば良いか全くわからなかった」

12月21日午後9時、セプリの遺体は海に葬られた。中国人船長が決めた。ベルナルデュスたちは反対だったが、命令に違反すると給料を減らさせる。抵抗できなかった。

家族のように仲良くなっていたロンシン629の乗組員たち。エフェンディ(右から3人目)は後に亡くなってしまう=韓国のキム・ジョンチョル弁護士、ロンシン629の乗組員提供

死者が出ても港に向かわず

船員の死亡は続く。

セプリが亡くなった6日後の12月27日、19歳のアルファターが死亡した。アルファターら重病の乗組員数人を港に寄って下ろすため、ロンシン629から大連遠洋の別の船に乗り換えさせた直後だった。遺体はセプリと同じように海に葬られた。

年を越し、2020年になってロンシン629に残った乗組員の間では、容態が悪化する患者が続出した。症状はみな同じだった。まずは足がむくみ、それが身体中に広がる。乗組員たちはロンシン629の船長に頼んだ。

「どこか港に寄ってほしい。病院で治療させてほしい」

これまでも何度かお願いしてきたが、船長は聞き入れてこなかった。乗組員の我慢は限界に達し「反乱を起こす」とまで言い出した。

3月27日、ロンシン629のインドネシア人全員を大連遠洋の別の船「ティアンユー8」に乗り換えさせた。その船を韓国のプサン港に向かわせた。

しかし、遅すぎた。

3月29日、アリが乗り換えたばかりの「ティアンユー8」で死んだ。仲間によると、アリは物静かな男だった。

翌日の午前7時には、アリの遺体も海に葬られた。オレンジ色のシートにくるまれた棺桶が、青い海に沈んでいった。

オレンジ色のシートにくるまれたアリの遺体が、海に葬られる直前の様子=韓国のキム・ジョンチョル弁護士、ロンシン629の乗組員提供

乗組員たちが釜山港から韓国に上陸できたのは、2020年4月24日のことだ。セプリがロンシン629の乗組員として初めて死亡してから、4カ月以上が経過していた。

釜山に着いてからも死者は出た。4月26日、高熱を出したエフェンディ・パサリブ(21)が病院に運ばれ、翌日に死亡した。一つの船から4人の死者が出た。

ロンシン629でいったい何があったのか。

セプリ(左)とアリは大連遠洋のマグロ漁船で亡くなり、遺体を海に葬られた

24時間休みなしで労働

ロンシン629では、1日平均の労働時間が16~18時間だった。宗教で定められた休日でも、ほとんど休みがなかった。

作業は夜中2時に始まる。朝10時までの8時間、延縄を仕掛けるチームが、延縄にぶら下がる6000本の針に餌をつけて海に下ろす。延縄の設置が朝10時に終わった後は、延縄を回収するチームに交代する。夜8時ごろまで縄を巻き上げ、マグロを船に引き揚げる。

だが乗組員が足らない。延縄を仕掛けたチームの半数が回収チームにも参加する。つまり、午前2時から午後8時まで働く。

仕事は延縄の設置と回収だけではない。乗組員たちはマグロを加工する仕事もする。内臓やエラをとって血を洗い流し、船の冷凍庫に保管する。

24時間以上、休みなしで働くこともあった。乗組員のリズキー・アルビアン(当時27)がいう。

「仕事が一番きつかったのは、マグロがたくさん獲れた時だ。回収を午前10時に始めて、翌日の午後4時まで仕事を続けることがあった。すごく辛かった。船長はマグロをとることしか考えていないみたいだった」

長い労働時間にもかかわらず、十分な食事は与えらなかった。米はあったものの、おかずの量は少ないことが多く、みなで一口ずつ分け合った。消費期限の過ぎたものもあり、マグロの餌を食べさせられたことまであった。

飲料水も酷かった。中国人の乗組員たちはペットボトルの水を飲んでいた一方で、インドネシア人たちは船で蒸留した蒸留水。塩辛い味がし、鉄の臭いがした。

食事中のロンシン629乗組員。アルファター(左)とエフェンディ(右)は後に亡くなってしまう=韓国のキム・ジョンチョル弁護士、ロンシン629の乗組員提供

「海の上じゃなかったら逃げるなあ」

ほとんどのインドネシア人乗組員にとって、マグロ漁船は初めてだった。乗船前の研修を受けた人は少なかった。延縄など漁具の使い方さえ分からない。

現場を管理する中国人の上司が中国語で指示してもインドネシア人乗組員には通じない。上司は仕事が遅いと怒ってアザができるほど殴った。中国人の乗組員はその上司以外に7人いたが、誰も止めに入らなかった。

台湾の漁船で働いたことのあるリズキーは、経験の浅い乗組員たちをできるだけ守ろうとした。

ある日、経験の浅いアリと中国人の上司がケンカになった。頭を殴られたアリが殴り返したのだ。だがインドネシア人の乗組員は、上司とケンカをしたら給料は払わないという契約を結ばされている。リズキーはアリを必死に止めた。

ロンシン629の乗組員だったリズキー。今はインドネシアで、新型コロナウイルスの治療施設で掃除の仕事をしている=2021年8月18日に撮影。 (C) Wienda Parwitasari, Mongabay

リズキーがいう。

「みんな、ロンシン629での生活が大嫌いで、帰りたかった。みんな『周りが海じゃなかったら逃げるなぁ』って言っていた」

ロンシン629ではインターネットもつながらない。だが、2019年の秋の日にチャンスがきた。ロンシン629に燃料を補給しに来たタンカーのインターネットに、数分間だけ接続できたのだ。

ヌル(当時19)はその時、母にメッセージを送った。インドネシアを2019年2月に出発して以来、初めてのやりとりだった。

母からは「元気?」とすぐに返事がきた。

ヌルは「今、漁船で働いているよ」と答えた。心配させたくなかったので、船の現状は伝えなかった。

「人身売買」で有罪判決

過酷な労働を強いるマグロ漁船に、インドネシア人船員たちを乗り込ませたのはインドネシアの人材派遣会社だ。

人材派遣会社はまず、船が出発する港までの飛行機代や、船に乗るまで滞在する寮の費用を名目に借金を負わせる。その上で契約書に署名させ、借金を返さない限り仕事を辞められないようにする。

ヌルは、地元を出て仕事を探そうと友人5人と人材派遣会社を訪ねた。

人材派遣会の寮で2カ月寝泊りした後、会社の事務所に連れて行かれた。そこですぐ、契約書に署名しろといわれた。

不安になったヌルたちは、戸惑った。だが人材派遣会社の担当者は迫る。

「君たちはすでに借金している。寮代と食事代だ。飛行機のチケットも買ってしまった。契約書に署名しないなら、返さなければならない」

ロンシン629の乗組員、ドン・ボスコ(左)とヌル(右)=韓国のキム・ジョンチョル弁護士やロンシン629乗組員提供

ベルナルデュスは、船が出発する前日に人材派遣会社に呼び出され、その時に契約書を初めて見せられた。月給は300ドル(約3万2000円)。インドネシアの平均月給は約200ドルだが、思っていたより低く労働時間も長い。交渉してみたが、こういわれた。

「署名しなかったら、借金を返さないといけない」

「飛行機のチケットだって買ってある。キャンセルしたら、2000万ルピア(約15万円)の借金を返さないといけなくなる。返せなかったら、警察が捕まえに来る」

インドネシアの裁判所は2020年12月から翌年5月にかけ、ロンシン629に船員を送り込んでいた派遣会社3社の社員5人に「違法募集」や「人身売買」の罪で有罪判決を出した。いずれも執行猶予のない懲役で、1年4カ月から4年半だ。

大連遠洋の船では他にも死者が出ている。私たちの取材では、ロンシン629の4人を含めて少なくとも10人に上っている。大連遠洋はMongabayの取材依頼に応じなかった。

大連遠洋の船で獲ったマグロの主な行き先は日本で、取引していたのは三菱商事とその子会社だった。

なぜ三菱商事グループは大連遠洋と取引するようになったのか。今回のインドネシア人船員の死亡事件についてどう対処したのか。

次回、詳しく報じていく。

(敬称略)

=つづく

取材協力 Basten Gokkon, Philip Jacobson, Taufik Wijaya (all Mongabay)

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