2021年12月、超党派の摂津市議団がダイキン工業淀川製作所を訪れた。環境省による地下水の調査で、摂津市が全国で最も高い濃度のPFOAを記録した上、血液検査を受けた住民9人全員から高濃度のPFOAが検出されたからだ。非汚染地域の70倍の濃度を記録した住民もいた。
住民の被害は9人では済まないのではないか。市議団の心配はそこにあった。
ところが、本社からやってきた担当部長は「PFOAの発がん性は漬け物と同じ」と説明。京都大学名誉教授の小泉昭夫と、准教授の原田浩二が世界標準の測定方法で実施した住民への血液検査の結果でさえ、「精度が不明」とはね返した。
年が明けた2022年1月31日には、市議団の元にダイキンから文書が届いた。視察の際に答えきれなかった質問と、市議が追加で質問した全33問への回答一覧だ。
そこには、責任を放棄する文言や、科学を無視した見解が並んでいた。
血液から高濃度のPFOAが検出された住民の畑
ダイキン、調べもせずに「健康被害は発生しない」
高濃度のPFOAが血液から検出された住民9人は、田畑の水やりに地下水を使ってきた。ナスやコメなどとれた作物を食べていた。
そのうちの1人が所有する畑の隣には、摂津市立味生(あじふ)小学校の児童が毎年秋に稲刈り体験をしている田んぼがある。収穫したコメは家庭に持ち帰り食べてきた。
市議団はダイキンに対し、工場周辺の住民の血液検査や健康調査を実施するか尋ねた。市議団は、米国のデュポンのPFOA工場周辺に住む7万人への疫学調査の結果を知っていた。調査では、PFOAの曝露によりがんや妊娠高血圧症など6種類の疾患を引き起こしたと証明された。
ダイキンは次のように回答した。
「PFOAによる健康被害が発生する状況とは認識していませんので、対応する考えはありません」
PFOAによる健康被害はないと主張するダイキン。だが、ダイキンは住民の血液検査を実施していない上、京大チームの住民への血液検査結果も認めていない。前回「京大小泉・原田調査にふたをするダイキン/高濃度PFOA検出の住民が心配しても」で報じた通りだ。
つまり、ダイキンには住民がPFOAに曝露しているかを判断するデータがないので、住民の健康状態と照らし合わすことができない。なぜダイキンは、PFOAによる「健康被害がない」と断言できるのだろうか。Tansaはダイキンに、健康被害がないと判断する根拠を尋ねた。
ダイキンの回答は「個別の内容に関するご質問への回答は控えさせていただきます」だった。
ナス140gとサトイモ100gで、厚労省が定めた水1ℓ当たりの目標値超え
市議団は「土壌からのPFOA曝露」に関しても質問した。ダイキンの回答は以下だ。
「現時点で、(土壌からのPFOA曝露が)あり得るとは認識しておりません」
ダイキンの主張について、京大の小泉は言う。小泉は、住民への血液検査だけではなく、畑の土壌と作物についてもPFOA濃度を調べた。いずれも濃度が高かった。
「土壌からの曝露がないとすれば、住民の血中濃度の高さと野菜の高濃度汚染はどのように説明できるのでしょうか」
土壌からのPFOA曝露は、小泉だけの見解ではない。
ドイツ環境省で毒性・健康関連調査部長を務めるマリケ・コロッサ・ゲーリングは次のように述べている。ゲーリングは2021年12月8日、NPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議が主催したセミナーに登壇した。
「ドイツでは、日本と同じようにPFOAの輸入や製造を禁止しています。曝露ルートは、食品からが一番多いです。特に、(PFOAが入っている)下水が混ざった土壌で育てた作物からの曝露です」
Tansaはダイキンに、土壌からのPFOA曝露があり得ないと判断する根拠を尋ねた。ダイキンの回答は「個別の内容に関するご質問への回答は控えさせていただきます」だった。
地域の子どもたちが描いたダイキン工業淀川製作所の外壁
ダイキンが市議団の質問にまともに取り合わない一方で、住民は困り果てていた。
血中から高濃度のPFOAが検出された住民の1人、山本茂雄(仮名,81)は、製作所近くの畑で約15種類の野菜を育てていた。Tansaの取材に、畑の野菜を眺めながら言った。
「土はもう使われへんし、駐車場か更地にせなあきませんな」
吉井正人(仮名,69)は、自身のPFOA曝露がわかってから、京大の小泉と原田に自身の畑を調査のために開放した。ナスやジャガイモ、ダイコンなど10種類以上を測定し、いずれも高濃度のPFOAが検出された。
吉井の畑でとれた140グラムのナスと、100グラムのサトイモを食べると、合わせて50.5ナノグラムのPFOAを摂取することが判明した。厚労省が定める、水1リットル当たりの目標値50ナノグラムを超えるレベルだ。
吉井は言う。
「どの野菜も、もう食べられませんわね」
摂津市は京大チームの調査結果で住民に説明
ダイキンが京大の小泉と原田による調査結果を受け入れない一方で、摂津市は住民への説明に小泉と原田の調査結果を使っていた。
2021年末、摂津市内に住む斉藤宏(仮名)のもとに、市環境政策課からPFOAに関する説明文書が届いた。斉藤の自宅は淀川製作所から目と鼻の先にある。市内のPFOA汚染を知って不安になり、市に問い合わせていたのだ。
中には3つの書類が入っていた。環境省のウェブページを印刷したもの、大阪府のウェブページを印刷したもの、そして小泉と原田が作成した資料だ。
小泉・原田の資料には、淀川製作所周辺の土壌の汚染実態や住民の血液検査の結果が記されていた。PFOAの健康影響として、発がん性や低体重児の出生を挙げている。
PFOA汚染をめぐるダイキンの見解は、大阪府とも異なる。ダイキンはPFOAの汚染源について、「淀川製作所は可能性の一つ」としか認めないが、大阪府は違う。府環境管理室事業所指導課・化学物質対策グループ課長補佐の西井裕子は、Tansaの取材に淀川製作所を汚染源と認めた。
「責任は、汚染者原因負担という意味では、ダイキンさんという形になるかと思います」
行政が認めることすら否定するダイキン。このかたくなさは一体どこから来ているのだろうか。そのことが分かるダイキンの見解も、市議団が質した33問への回答に含まれていた。次回、報じる。
摂津市が市民に配布している資料
=つづく
(敬称略)
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