編集長コラム

44年前との違い(140)

2024年12月14日19時40分 渡辺周

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かつて私は小説家志望だった。20代の時に、韓国の光州事件を描いた小説を書いたことがある。

光州事件は1980年5月17日、韓国軍の全斗煥(チョン・ドゥファン)将軍が戒厳令を出し、民主化運動のリーダー金大中(キム・デジュン)氏を連行したことに端を発する。翌日、全羅南道の光州市で民主化を求める学生に対し、戒厳軍は武力を行使した。以後10日間、軍は多くの学生と市民を殺傷した。死者は少なくとも160人以上だが、実際の数は真相究明ができておらず不明だ。もっと多い可能性がある。

この事件に関心を寄せたきっかけは、ある韓国人の先輩との出会いだ。彼は韓国陸軍を辞め、早稲田大学に留学していた。徴兵として軍を経験したのではなく、職業軍人として大尉まで務めた。北朝鮮との軍事境界線・北緯38度線での任務経験もある。どんな文脈で出た言葉かは忘れたが、「戦場では撃たないとこちらが殺されるんだ」と言った時の凄みは忘れられない。

韓国陸軍での日々に、彼はおおむね誇りを持っていた。だが私が「あっ」と思った瞬間がある。光州事件のことに言及した時だった。彼が光州事件を経験しているわけではないし、詳細を教えてくれたわけでもない。ただ、光州事件は韓国軍に暗い影を落としていると思っているようだった。

自分なりに調べて、光州事件を小説のモチーフにした。以下のようなストーリーだ。

主人公の1人は光州事件を経験し、自責の念に駆られて軍を辞める。日本に逃れ、教会に通いながら静かな暮らしを送る。だが苦しみはいっときも彼を解放しない。光州事件で一体何があったのか。

 

鎮圧部隊として光州に入った主人公はある日、市民のデモ隊と対峙した。軍とデモ隊は30メートルの距離を空けてこう着状態となり、睨み合いが続く。

 

そこへ、一斗缶を持った1人の男が、デモ隊の方からスーッと歩み出た。双方の真ん中であぐらをかいて座ると、一斗缶に入った灯油を頭からかぶる。主人公の幼なじみだった。子どもの頃はいじめられることが多く、内気。いつも主人公のあとをついてくるような少年だった。

 

それが今、銃を構える主人公の前に現れた。主人公に気づき、真っ直ぐに視線を送ってくる。その澄み切った眼光に、主人公はたじろぐ。

 

幼なじみは、たばことマッチをジーパンのポケットから取り出す。たばこに火をつけて、煙をふーっと青空に向かって吐き出した直後、自らに着火した。あっという間に火だるまとなった。こう着状態を破って、軍が一斉に発砲を始める。主人公も無我夢中で乱射する。

光州事件から44年、韓国ではまたもや戒厳令が出た。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案はきょう、国会で可決された。

光州事件で戒厳令を出した全斗煥将軍も大統領になったが、退任後に逮捕され無期懲役を宣告された。

同じ展開が繰り返され、進歩がないじゃないか。そう思う人もいるかもしれない。

だが今回は、光州事件のように軍が国民を殺傷しなかった。司令官は兵士に実弾を持たせず、国民に危害を加えないよう命令していた。軍人の意識の変化もあるだろうし、「絶対に光州事件のようなことは起こさせない」という韓国社会の気迫が勝ったとも言える。

20代の時に書いた小説は、文芸誌の新人賞に応募したがあえなく落選した。日の目を見ていない。今度書く時は、もう少し希望ある物語が書けるかもしれない。

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