『自由への逃走』という本が出る。著者は渡辺周と、フリーランス社会科学者の花田達朗さん。出版社は旬報社だ。
ナオという高校2年生が主人公。同級生たちとニューズルームを立ち上げ活動する中で、成長していく物語だ。副題は「ナオはジャーナリズムに出会っていい子でいるだけの毎日をやめた」。
若い世代に読んでもらいたくて書いた。周囲の顔色を窺って萎縮するのではなく、次々に立ち現れる壁を自らの意思で突破していってほしい。そういう願いを込めた。
ドイツ生まれのユダヤ人で、社会心理学者のエーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』を書いた。ナチスを信奉した人たちは、自由であることから逃れ、自ら権威に従ったと分析した。私たちの『自由への逃走』はその逆。がんじがらめの状況から逃れろ、自由に向かって走れと言っている。
バスケ部キャプテンの自死と学校の隠蔽、地元の建設現場で働くミャンマー人技能実習生の死、建設会社の裏で暗躍する政治家・・・。高校生のニューズルームは様々な事件の真相を追い、その過程で退学処分まで受ける。編集長のナオは煩悶する。
ある日、ナオは里山に住む「タツジー」と出会い、手紙のやり取りをするようになる。タツジーは、ジャーナリズムに精通した仙人のような人物だ。ナオに知恵を授けると共に、いくつかの針路を示す。ナオはその都度、自分の頭で考えて腹をくくり踏み出す。
編集者が選んだ一言とは
『自由への逃走』は小説だ。だが単なる作り話ではない。私と花田さんが経験し、心に留まってきた様々な断片を物語としてつむいだ。
私はずっと、現場の人だった。取材をして記事を書く。Tansaの前身のワセダクロニクルを立ち上げるまで、これをひたすら繰り返してきた。
花田さんは学究の人だ。古今東西の座標軸の中でジャーナリズムを捉え、東京大学や早稲田大学に在籍しながら理論を構築してきた。
それぞれの場所で生きてきた私たちが交差したのは、2014年だ。私は朝日新聞で「調査報道」を担う特別報道部員、花田さんは早稲田大学ジャーナリズム研究所の所長だった。
互いに限界を感じていた。
少なくとも私はそうだ。きっかけは朝日新聞が原発の「吉田調書報道」を取り消した後、自壊していったこと。ただ、もっと根本的な限界を感じていた。「日本社会の中でジャーナリズムが行き詰まっている」という限界だ。
朝日新聞を2016年に退社。翌年、早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとしてワセクロを創刊した。限界を突き抜けるため、新たな一手を打つ。2人の意志が一致した結果だ。1年後には早大から独立し、運営母体をNPO法人に。2021年には「Tansa」に改称して今に至る。
新たなジャーナリズムをどう切り開いていくか。この間、花田さんとはどれほどの時間を費やし模索してきただろう。
私は花田さんからジャーナリズムを学ぶことで、Tansaの可能性を見出し続けられている。「そうは言っても」と妥協したくなる現実に囲まれながらも、未来への希望がある針路を取ることができている。私が「現場の人」だけに留まっていたとしたら、今のTansaの展開はなかっただろう。
『自由への逃走』では、旬報社の熊谷満さんに随分とお世話になった。私の執筆が遅いので、当初の計画からずれ込んだし、無理なお願いもした。物語ではタツジーの相棒の「リキ」という犬が重要な役割を演じるのだが、リキのイラストを最終ページに載せたいと、校了が差し迫る中で希望しても受け入れてくれた。
熊谷さんが本の帯を書いた。この物語に出てくる中で、筆者の思いを最も的確に言い表している言葉を記している。
「矛盾を抱きしめろ」
どういう意味なのか。ぜひ本を手に取って、読んでほしい。

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