それでも参政党を選びますか

選挙最終日に2万人が陶酔 参政党支持者へ私たちが伝えたいこと

2025年07月19日 23時01分  Tansa編集部

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芝公園に集まった参政党の支持者たち(写真の一部を加工しています)=2025年7月19日、渡辺周撮影

2025年7月19日、参院選は選挙運動の最終日を迎えた。

躍進している参政党は、東京タワーを臨む芝公園で神谷宗幣代表らが最後の演説をした。集まった支持者は、老若男女の2万人。ベビーカーで子どもを連れてくる家族もいた。

神谷代表は「スパイ防止法を作りたいと思いませんか!」、東京選挙区のさや氏は「みなさんのお母さんにしてください!」と絶叫。支持者たちは陶酔の眼差しと共に、声援を送った。親子で参加した支持者は、帰りの道すがら、「来てよかったね」と子どもに語りかけていた。

参政党に反対する人たちも集まった。「差別をやめろ」「ナチスと同じ」と声をあげたが、参政党の支持者たちに「もっと勉強してこい」「性格が悪いな」などと言い返されたり、笑われたりしていた。

参政党が台頭すれば、日本社会は壊れる。多くの犠牲者を出す危険性をはらんでいる。支持者たちがどんなに陶酔しようとも、Tansaは報道機関としてそのことを伝え続け、参政党に反対する。

なぜ参政党を認めるわけにはいかないのか。今回はTansaのメンバーがそれぞれ、実体験に基づいて綴る。

ありのままの子どもが怖いのですか/リポーター 辻麻梨子

私は子どもの頃、背が小さかった。小学校6年間、背の順ではいつも一番前だ。

学校では給食を残すことが許されなかった。時間内に食べ切ることができないと、クラスメイトが掃除をする中で一人食べ続けなくてはならない。午後の授業が始まる時間になって、ようやく許される。その時間が屈辱的で涙が滲んだ。

運動会の時期には団体行進の練習があった。手を振る角度や膝を上げる高さを全員で揃えなければならない。私は人より大きく体を動かせ、と先生に怒られた。でも、そもそもみんなとぴったり動きを合わせるなんて、私は気持ちが悪くてやりたくなかった。

体の大きさ、体力、見た目や家庭環境。できることと、できないこと。大切なものや考えていること。思い返せば、周りの子どもたちもみんなばらばらで、違っていた。それでも同じ教室で、同じ教育を受けていた。私と同じように苦しかった子もいただろう。

参政党には、自由を尊重するという意思が希薄だ。子どもへの教育の部分に、それが端的に表れている。

参政党の「創憲案」では教育について、以下のように定める。

「国語と古典素読、歴史と神話、修身、武道、及び政治参加の教育は必修とする」「教育勅語など歴代の詔勅、愛国心、食と健康、地域の祭祀や偉人、伝統行事は、教育において尊重しなければならない」

いずれも天皇や国家を上位の存在とし、全体主義が強調されている。現行憲法にある子どもの権利は保障していない。

今の社会にもすでに、人と違うことに苦しさを抱えている子どもたちがいる。

それが、心のあり方まで憲法で規定されたらどうなるか。こんな社会では生きていけない、と思う子たちがたくさん出てくるのではないか。

代表の神谷宗幣氏は過去に、「子どもがありのままの自分でいるということが権利として認められるのであれば、もはや教育やしつけは成り立たなくなってしまいます」とも発言している。

ありのままが怖いのは、従わせることができないからだ。

でも子どもは、人間は、従わせるべき存在ではない。自由が何より大切だ。

LGBTQ+が怯える日々を言論で止める/運営スタッフ 湯川友愛

昨晩電車で隣に座った人が、神谷宗幣氏のショート動画を観ていた。幾度目かの光景だが、慣れない。見かけるたび体が強張ってしまう。駅前では、街頭宣伝の人だかりから、差別と排除を煽る大きな声が聞こえてくる。こんな選挙期間は初めてだ。

私には、LGBTQ+の当事者である友人たちがいる。外を歩くのが怖い、という声を聞くことが増えた。

「たまたま隣になった人、すれ違った人が、自分のことを『いなくなってほしい』と思っているかもしれない」

この恐怖には原因がある。神谷氏は2023年7月11日、産経新聞後援の講演会で「LGBTなんかいらない」と発言した。神谷氏編著の書籍『参政党ドリル』(2024年、青林堂)では、「LGBTQなどは、共産主義者が(中略)悪用している思想戦の一つです」と書いている。

神谷氏以外も、参政党の議員は国会でLGBT理解増進法は「必要ない」と反対してきた。党公式YouTubeチャンネルでは、LGBT理解増進法に反対する動画が複数アップロードされ、多いもので28万回再生されている。多くの支持者がいるということだ。

参政党とその支持者の言動は、LGBTQ+を「これまで通り、見えないところでおとなしく生きていろ」と抑圧するメッセージだ。

しかし、そのような差別発言を、多くのメディアが批判や注釈もなしにニュースの見出しにする。私は腹が立っていた。だから今回、Tansaの一員としてこの文章をしたためている。

LGBTQ+は思想やキャンペーンではなく、今ここで生きている一人ひとり、個別の存在である。その存在が無視され、「不要」とされ、果てには排除される。外を出歩くだけで、誰かと他愛もない雑談をするだけで、SNSのタイムラインをスクロールするだけで、唐突に割り込んでくる差別を煽る言葉。それらに日々追い詰められていく人たちがすぐ隣にいる。

言葉は人を死に追いやる。だが人を救うのも言葉だ。今ここに生きているすべての人の命を守りたい。そのために言葉を尽くし、言論で闘う。

差別は、「多様な意見のうちの一つ」ではない。それを黙って見過ごすのは、中立ではなく差別への加担である。

「君のような日本人を尊敬する」 友の言葉、裏切らぬために/映像記者 千金良航太郎

私は、日本に生まれたことを誇りに思いたい。でもそれは、自分たちの過去から目を背け、礼賛することでは実現できない。

大学生のとき、シンガポール人の友人ができた。「シンガポールに行ったことはないけど、いつか日本軍の占領時代に亡くなった人の慰霊碑に行きたい」と伝えると、彼は目を細め、しばらく黙った。そして「君のような、歴史を学んでいる日本人のことを尊敬する」と言った。彼の親族は、日本軍による華僑虐殺事件の被害者だった。

「日本軍は国際的にみて人道的だった」「日本は欧米列強からアジアを解放した」――。参政党はこの国の過去を礼賛して、「日本人の誇りを取り戻す」と喧伝する。それが本当なら、どんなに良かっただろうと思う。自分が自信を失っているとき、生活がうまくいかないとき、そんな甘い言葉は、スッと心の隙から入り込み、自信を取り戻してくれるように感じる。私も、信じたくなるときがある。

でもそれが嘘であることを、私は知っている。中国で、東南アジアで、沖縄で、日本軍は多くの罪のない人を殺し、凌辱した。その歴史から目を背けることは、亡くなった方々の魂を踏みにじる、卑劣な行為だ。

私がシンガポールでの華僑虐殺事件を知らなかったら、恥をかいただろう。「日本軍は人道的だった」なんて言えば、友人には失望されただろう。

日本国憲法の前文は、こう決意している。「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」

私は、歴史から目を背けない。戦争や差別には、断固として反対する。それによって、世界で尊敬され、「名誉ある地位を占める」日本人でありたい。友の言葉を、裏切らないために。

戦争を経験した祖母の「あんたは、差別したら絶対にあかんで」/リポーター 中川七海

参政党のホームページを開くと、幼い子どもの写真が一番に表示される。

ページを進むと、党のキャッチコピーである「日本人ファースト」が出てくる。

皮肉だな、と思う。

5歳のとき、私はピアノを習い始めた。大阪府営団地に住んでおり、母も働き詰め。決して裕福な家庭ではないが、唯一の習い事として通わせてくれた。

週に1回、先生の自宅で個人レッスン。呉(オ)さんという、在日韓国人の女性の先生だった。

時間に厳しい母の「必ず5分前には到着しなさい」という言いつけを守っていた。いつも先生の本棚を覗いて時間を潰した。楽譜、ヘレンケラーやエジソンなど偉人の伝記、ハングルの本が並んでいた。本棚の横には、私の身長よりも大きな琴が立てかけてあった。裏面に、ハングルの文字を見つけた。先生に「なんて書いてるん?」と聞くと、「先生の名前やで」と、ハングルを発音しながら教えてくれた。初めて韓国語を教わって、嬉しかった。

ある日、病院勤めの母が言った。「韓国人の患者は、ややこしいわ」。

その後も、韓国籍の人が逮捕されたというニュース番組が流れると、「韓国人は怖いなあ」と言ったり、近所の人が朝鮮半島出身だと分かると、「あの人と喋ったらあかんで」などと言ったりした。

私が「呉先生も韓国人やで」と言うと、母は「呉先生だけは、良い韓国人やねん」と答えた。

意味がわからなかった。「ほかの人は何であかんの?」と聞いても、「呉先生は優しいから」とだけ答えて、話が終わる。子どもながらに、呉先生の家族や友人は悪い人なんかな、呉先生が母の話を聞いたら悲しむやろな、と思った。

何より、頻繁に韓国人の悪口を言う母が嫌だった。

祖母にこの話をすると、こう言った。「それは差別って言うねん。ばあちゃんは戦争の時、韓国の仁川(インチョン)に避難してたんやで。みんな仲良くせな、また戦争になる。あんたは、差別したら絶対にあかんで」。

小学生になった私は、母に「差別したらあかん!」と言えるようになった。

参政党は「子どものため」としきりにいうが、自らの主張で子どもの心を深く傷つけている。子どもに差別を教えているからだ。そして、参政党の「創憲案」では日本国憲法14条を削除した。

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

私は、参政党支持者の子どもも含め、誰にもかつての私のような気持ちを抱かせたくない。 

母親が働きに出て何が悪い/編集長 渡辺周

神谷宗幣氏の言葉に、頭に血がのぼるのがわかった。

大阪・吹田市議会議員だった2008年9月12日、神谷氏は議会でこう言っている。

「疑問に思うことは、果たして子どもを預けて働きに出る女性は、母親と幼児のかかわりの大切さを認識しているのであろうかということ」

吹田市で、保育園の待機児童が増えていることに関連した発言だ。母親が子どものそばにいることが大事なのに、働きに出る女性が多い。だから待機児童が増えるという趣旨だ。

母は私が幼い頃から、朝から晩まで身を粉にして働いた。共に過ごす時間は少なかったが、恨めしく思ったことなどない。尊敬していた。

家にいて、子どもの誕生日会を開く。唐揚げやケーキを作ってもてなす。そんな母親を持つ友だちもいて、少し羨ましいと思ったことはある。だが瑣末なことだ。その誕生日会に参加して、たくさん唐揚げをご馳走になればすっかり機嫌は直った。

友だちの中には、親と暮らしていない子どもたちもいた。児童養護施設から、小学校に通っていた。参観日には、施設の職員が子どもたちの所属クラスを10分間ずつくらいで回った。施設の職員が教室に入ってきた時、嬉しそうに職員と目配せをしていた友だちの姿を覚えている。

母親と子どもが共に時間を過ごすことが重要であり、そうでないと子どもに悪影響が出る。神谷氏はそう考えているのだろうが、失礼な話だ。母親にも子どもにも失礼だし、児童養護施設の職員や父子家庭の父親にも失礼だ。

かつてナチスは、「良妻賢母」を養成する学校を作った。育児や料理、農業を体得するための訓練を積む学校だ。

このナチスの学校の恐ろしさは、単に偏狭な女性像に基づいているというだけではない。女性には国家に役立つ「優秀」な子どもを生み育てさせ、子どもには成長したら国家に尽くさせるという目的があった。このことに、私は戦慄を覚える。

参政党は党のホームページで戦時中の特攻隊を英雄視している。党の「創憲案」では「国民は、子孫のために日本をまもる義務を負う」と記している。ナチスの再来という危険性をはらんでいることに、参政党の支持者は気づくべきだ。

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