編集長コラム

うれしい知らせ(178)

2025年09月20日17時58分 渡辺周

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「人」に「夢」と書いて「儚い(はかない)」とか、「口」に「耳」が三つで「囁く(さやさく)とか。「漢字って奥深いよなぁ」。社会人になったばかりの頃、職場で話していて、私が漢字にまつわる物語を書くことになった。仕事ではなく、ただの趣味で。

「恥」は、次のような物語だ。

舞台は中国の山村。生きるのが辛くなった李君は、ある日、村のはずれの森へと向かう。ひっそりと命を断とうと思っていた。

死に場所を探し森の中をさまよっていた時、仙人のようなおじいさんに出くわした。それが誰か、李君にはすぐにわかった。村では、その森に戦乱から逃れた落武者が棲みついていると噂になっていたからだ。森に入れば、その落武者に身ぐるみ剥がされて殺される。村人たちはそう信じていた。

どうせ死にに来たんだ、まあいいかと李君が観念すると、おじいさんはケタケタと笑う。「わしのことを、村人は人食いのような怪物とでも思っているのじゃろ。食べたりせんから、まあおいで」

おじいさんは、森の中に構える住まいに李君を案内した。こぢんまりとした庵と、野菜や果物がバランスよく植えられた畑があった。そこで、おじいさんは李君の話を夜通し聞いた。李君は驚くほどよくしゃべり、空が白んだころにはすっかり元気を取り戻した。庵を去る時、おじいさんは美味しい水を木の器に入れて出してくれ、「またおいで」といった。

李君は自分が恥ずかしかった。会って確かめてもいないのに、村人たちの噂だけを聞いて、おじいさんが自分のことを殺すと思ったからだ。

「耳」に「心」で「恥」。

自分の背を越えていた息子

シリーズ「人質司法 なぜ労組は狙われたのか」では、労組「関西生コン支部」の組合員たちの証言集を掲載している。関生支部の組合員たちが、生コン経営者、警察、検察、そしてマスメディアからも「反社会的勢力」のレッテルを貼られたからだ。そんな人たちでないことは、組合員たちの肉声と表情に触れればわかる。私たちは実際に会って取材し、伝えるべきだと考えた。

副委員長の武谷新吾さんは、経営者側とつながりがあるレイシストや元暴力団員に誹謗中傷された。自宅前で街宣活動をされ、近隣にビラを撒かれた。「利権暴力集団の武谷はこの地区から追い出さねばならない」というような内容だ。

その後すぐに警察に逮捕された。地域住民たちにしたら「やっぱり暴力団だったのか」ということになる。息子は中学でいじめられた。

武谷さんは、威力業務妨害・強要未遂容疑で逮捕・勾留されたものの、正当な労組活動であることが認められ、大阪高裁で無罪判決が確定した。

しかし、子どもたちとは逮捕された6年前から会えなくなった。Tansaの証言インタビューを、子どもたちがみることで誤解が解け、いつかは会えるようになったらーー。武谷さんはそう期待していた。

その日は意外と早くやってきた。9月14日、武谷さんがメールをくれた。

「今日、2人の子どもと面会しました。6年2カ月ぶりだったので、会話はぎこちなかったですが、子どもらは元気そうでした。長男は、私より背が高くなっていました。長女も見違えるように成長していました。何か言われるかな?と不安でしたが、面会できて良かったです。報告まで」

2日後、取材で関生支部を訪れた際、武谷さんと顔を合わせた。「よかったですね!」と声をかけたら、根っからのファンだという阪神タイガースのタオルを首にかけ、顔をくしゃくしゃにして照れていた。

自分たちの報道が、思うようには役に立てないことは多々ある。時には無力感でいっぱいになる。

それでも、今回の武谷さんからのようなうれしい知らせがあると、ムクムクと闘志がわいてくる。

武谷新吾さん=中川七海撮影

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