記録のない国

法制局との3日間、官邸側の参加者4人が判明 情報公開請求には「不存在」の矛盾 国葬文書隠蔽裁判

2025年10月06日 17時13分  渡辺周

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首相官邸

安倍晋三・元首相の国葬を、閣議だけで決めてもいい。そう結論付けたのは、2022年7月12日から14日にかけての協議だ。官邸側から内閣官房と内閣府の担当者が、「法の番人」とも呼ばれる内閣法制局に赴いた。

「国葬文書隠蔽裁判」では、この3日間の記録を掘り起こせるかがポイントだ。被告の国は「最初から記録を取っていないか、捨てた」と主張。原告のTansaは「重要な協議の記録を取らないことも、捨てることもあり得ない」と追及している。

これまで3回の口頭弁論が、東京地裁で開かれた。

3日間の協議は、具体的にどのようなものだったか。篠田賢治裁判長は再三、国に説明を求めたが、国はまともに答えない。いつ、誰が、どのようなやり取りをしたのか。篠田裁判長は、第3回の口頭弁論では「5W1H」を意識するようにとまで迫った。

篠田裁判長の指示に国はどこまで応じるのか。

10月9日には第4回口頭弁論が開かれる。国は3日間の協議について説明する準備書面を、協議に参加した4人の官僚の報告書と共に出してきた。

官僚4人の氏名、当時と現在の役職

官邸側はこれまで、内閣法制局との3日間の協議に、誰が参加したのかすら隠蔽してきた。Tansaが「参加者名と役職が分かる文書」を、内閣官房と内閣府に情報公開請求した時も不開示。理由は内閣官房、内閣府共に同じだった。

「内閣法制局に国葬儀を閣議決定することについて相談した実績はあるが、請求に係る行政文書は作成若しくは取得しておらず、又は廃棄しており、保有していないため」

だが、第4回の口頭弁論を前にした国の準備書面では、名前と役職を出してきた。

西澤能之

内閣官房内閣総務官室内閣参事官(当時)、現・総務省行政管理局企画調整課長

 

御厩敷(おんまやしき)

内閣官房内閣総務官室企画官(当時)、現・水産庁漁政部漁業保険管理官

 

中嶋護

内閣府大臣官房総務課長(当時)、現・内閣府大臣官房審議官(沖縄政策及び沖縄科学技術大学院大学担当)

 

田原太郎

内閣府大臣官房総務課課長補佐(当時)、現・内閣府大臣官房公文書管理課企画官心得

国は準備書面と共に、内閣法制局との3日間の協議に参加した4人の報告書を提出した。3日間について、それぞれが語っている。要旨を記す。

西澤能之・内閣官房内閣総務官室内閣参事官の証言

安倍元首相が亡くなり、政府として追悼の方式を検討した。内閣官房と内閣府が閣議決定を根拠にして、国の儀式である国葬儀を行うことができると整理した。内容に法律問題が含まれることから、内閣法制局に意見を求めることにした。

具体的な経緯は記憶していないが、7月12日の昼過ぎに「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬儀を閣議決定で行うことについて」の案段階文書を作成し、内閣府に共有した。案段階文書は、私がアウトラインを提示し、内閣官房のもう一人の担当者である御厩敷(おんまやしき)企画官が肉付けした。

7月12日の夕方、私と御厩敷企画官、内閣府の担当者だった中嶋大臣官房総務課長と田原課長補佐の4人で内閣法制局を訪問した。

内閣法制局から何人が出席したか、それぞれの氏名は記憶にないが、乗越参事官はいた。案段階文書を示して内容を説明したところ、内閣法制局からはその場で具体的な指摘はなかった。やりとりの内容や所要時間は記憶していない。

内閣法制局を訪問したのは、この日の1回だけだ。

7月12日の訪問後、7月14日までの間に、内閣法制局から電話があったと記憶している。案段階文書の修正についての連絡だ。内閣官房と内閣府の見解の変更に至らない修正だった。

もっとも、この間の内閣法制局とのやり取りと修正作業は、御厩敷(おんまやしき)企画官が担っており、いつ、誰から何回連絡があったか私は承知していない。

御厩敷企画官が修正した案段階文書は、私が確認し、上司の内閣総務官に御厩敷企画官から送付したと記憶している。その上で内閣官房が、内閣法制局に対し修正後の案段階文書をメールで送付した。誰から誰宛てで、CCに誰が入っていたかは記憶していない。

7月14日、内閣法制局の乗越参事官から私に電話があった。修正後の案段階文書に関し、意見がない旨の回答だった。具体的な言葉は記憶にないが、電話口で「意見がない」と言われただけではなく、「内閣法制局長官まで了です」という趣旨だったと記憶している。法制局の長官まで了解していることは、電話で私の上司である内閣総務官に報告した。

案段階文書をいつ破棄したか、具体的な日付は記憶していない。私自身は保存する必要のない文書とメールは定期的に廃棄している。案段階文書も同様に処理したと思う。内閣法制局の修正が、閣議決定を根拠に国葬儀を行うという意思決定に影響を与えない内容だったからだ。

Tansaからの情報公開請求を受け、私自身も執務室の机の周辺、自身の端末、公用携帯を探索したが、開示請求の対象文書は確認できなかった。

御厩敷(おんまやしき)寛・内閣官房内閣総務官室企画官の証言

安倍元首相が亡くなり、政府として追悼の方式を検討した。内閣官房と内閣府が閣議決定を根拠にして、国の儀式である国葬儀を行うことができると整理した。内容に法律問題が含まれることから、内閣法制局に意見を求めることにした。

案段階文書は私が作成し、西澤参事官と内閣府に共有した。

7月12日夕方、私と西澤参事官、内閣府から大臣官房総務課の中嶋護課長、名前は覚えていないが総務課の担当者の4人で内閣法制局を訪問した。

内閣法制局の乗越参事官と、名前は覚えていないが担当者に案段階文書を示して説明した。具体的なやりとりについては記憶にないが、事実関係に関する細かい質問、確認がその場であったものの、修正や資料の作成に迫られるような指摘はなかった。具体的な時間については明確な記憶はないが、おそらく1時間程度。それほど長時間ではなかった。

内閣法制局を訪問したのは、この日の1回だけだ。

7月12日に内閣法制局を訪問後、7月14日までの間に法制局の乗越参事官、または担当者から、私宛に電話があった。具体的な日時、回数は記憶にない。

電話は案段階文書の修正内容についてで、原案にはなかった次の1文を追記することが主だった。

「国費をもって国の事務として行う葬儀を、将来にわたって一定の条件に該当する人について、必ず行うこととするものではないこと」

内閣法制局からの要請を踏まえ、私が案段階文書を修正した。具体的な共有方法は記憶にないが、西澤参事官に了解をとった上で、修正した案段階文書を内閣官房の内閣総務官、西澤参事官、法制局に同行した内閣府大臣官房総務課職員にメールした。

内閣法制局の乗越参事官または担当者にも、私から修正した案段階文書をメールで送付した。CCに誰かを入れていたかは記憶にない。

7月14日、内閣法制局の乗越参事官または担当者から、内閣官房宛に電話があった。誰に宛てた電話だったかは記憶にないが、修正した案段階文書について「意見がない」旨の回答があった。

案段階文書は、私のパソコンで保存していた。私は保存する必要のない文書は整理している。案段階文書は、紙も電子媒体分も廃棄した。

Tansaからの情報公開請求を受け、私自身も執務室の机の周辺、自身の端末、公用携帯を探索したが、開示対象の文書は確認できなかった。

中嶋護・内閣府大臣官房総務課長の証言

7月8日に安倍元総理が死去し、葬儀のあり方について政府内で検討が行われた。閣議決定を根拠として、国の儀式である国葬義を行うことが可能であることについては、内容に法律問題が含まれる。内閣法制局に意見を聴く必要があるとの連絡が、7月12日、内閣官房内閣総務官室からあった。その日、内閣官房と共に内閣法制局を訪問することになったと記憶している。

案段階文書は、内閣官房が作成したが、内閣府として異議のない内容だった。

内閣官房から共有された案段階文書が、どのようなルートで持ち込まれたかは、極めて多忙だったので、記憶が定かではない。

7月12日、内閣官房から西澤参事官と御厩敷企画官、内閣府からは私と田原補佐が内閣法制局第一部を訪れた。内閣法制局の対応者は乗越参事官であり、他に1名の担当者が陪席していたが氏名は記憶していない。

内閣法制局からは、その場で具体的な指摘はなく、法制局が案件を一旦預かる形になったと記憶している。この日の訪問時刻については正確に記憶していないが、すでに外が暗くなった時間帯であり、それほど長時間にわたらず比較的あっさりと終了した印象がある。

その後、内閣府が内閣法制局とやりとりすることはなかった。内閣官房から、案段階文書について内閣法制局の了解が得られたと連絡があった。その旨は、内閣府の事務次官と大臣官房長に報告したと記憶している。

案段階文書をいつ廃棄したか記憶していないが、これまでも保存の必要がなくなった紙文書はシュレッダーにかけているので、同様に処理したと思う。メールも一定期間ごとに消去している。

Tansaからの情報公開請求を受け、総務課長室の紙文書、念のためパソコンと公用携帯のメールボックスを確認したが、文書は存在しなかった。

田原太郎・内閣府大臣官房総務課課長補佐の証言

7月12日の夕刻、内閣官房の西澤参事官、御厩敷企画官、内閣府大臣官房総務課の中嶋課長と共に内閣法制局第一部を訪れた。その場で特段方針が変わるようなやりとりはなく、それほど長時間にならず終えたと記憶している。

その後、7月14日にかけて、私が内閣法制局とやりとりをすることはなかった。私の本務は内閣府での法令審査業務であって、恒常的に繁忙だったこともあり、安倍晋三国葬儀の検討状況について特段記憶に残っていることはない。

内閣府が内閣官房から共有を受けた案段階文書を、いつ廃棄したかも記憶していない。不要になったものは、こまめに廃棄しているので、この一環で廃棄したと思う。

Tansaの情報公開請求を受けて、自身の公用パソコンや執務スペースを念のため確認したが、文書はなかった。

【解説】3カ月以内に4人全員が文書・メール廃棄の怪/編集長・渡辺周

篠田賢治裁判長は「5W1H」を意識し、7月12日から14日にかけての内閣法制局との協議について説明するように求めた。だが、協議に参加した4人は今回の報告書で「記憶にない」を多用している。協議参加者の名前と役職が出てきたのは前進ではあるものの、まだまだ隠されていることがあるだろう。

驚いたのは、4人とも口裏を合わせたかのように、「案段階文書を捨てた」と言っていることだ。Tansaの情報公開請求を受けて、執務室やパソコン、公用携帯まで探したがなかったという。記憶は定かではないが、不要な文書は普段から廃棄している。案段階文書も不要だから捨てたのだろう。そういう理屈だ。

これはおかしい。

案段階文書は、2022年7月14日まで内閣法制局との協議で使われていた。Tansaが情報公開請求をしたのは9月26日。3カ月以内に4人全員が、メールを含め文書を廃棄したということがあり得るだろうか。しかも、誰一人として廃棄した日時を言えない。

4人は案段階文書のことばかり証言しているが、それ以外にも様々な記録を取って保有しているはずだ。

例えば、内閣官房の御厩敷企画官は、内閣法制局の要請で当初の案段階文書に次の1文が追記されることになったと明かしている。

「国費をもって国の事務として行う葬儀を、将来にわたって一定の条件に該当する人について、必ず行うこととするものではないこと」

これは重要な追記だ。「今後も条件を満たせば国葬をやらなければならない」とまでは言っていないことを、内閣法制局がわざわざ明記させたからだ。

佐藤栄作元首相が死去した時、内閣法制局の吉国一郎法制局長官は「司法・立法・行政の合意が必要だ」と政府との会合で指摘。あの時は国葬が見送られた。それを踏まえれば、政権側としては、内閣法制局からの追記指示は「政権が決めた条件に合えば、法制局によるチェックなしに国葬を実施していいわけではない」との牽制だとも解釈できる。

当然、当時の岸田文雄首相をはじめ政権中枢に対し、内閣法制局からの追記指示を説明する必要がある。内閣法制局とのやり取りを記録し、文書を保存するはずだ。

それでも国は「文書は一切ない」で突っぱね続けるのか。安倍氏と近かった高市早苗氏が、新たな首相に就く見込みだ。国はますます隠蔽に走るかもしれない。

ここが踏ん張りどころ。Tansaは弁護団と共に、風穴をあけていく。公文書は政治家と官僚のものではない。市民のものだ。

第4回口頭弁論:10月9日午前11時@東京地裁103号法廷

「国葬文書隠蔽裁判」の第4回口頭弁論の時間と場所は以下です。皆さまの関心の高さを示すために、ぜひ傍聴にいらしてください。申し込みなどは一切不要です。

日時:10月9日(木)午前11時

場所:東京地裁第103号法廷

期日終了後は、Tansaと弁護団による裁判集会を開きます。その日の裁判のポイント解説や、次回に向けての展望をお話するほか、皆さまからの質問も受け付けます。申し込み不要ですので、ぜひご参加ください。

日時:10月9日(木)午後1時~2時半 (12時45分開場)

 

会場:アクセア半蔵門貸会議室 第一会議室(東京都千代田区隼町2-13 US半蔵門ビル 5F、東京メトロ半蔵門駅1番出口より徒歩約1分)

 

申込:不要

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