保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【共同通信編】

長崎新聞、共同通信を「厳しく叱責」 自社批判本の「出版差し止め要望」通らず/谷口誠・元福岡支社長が裁判で証言

2025年10月10日 17時37分  中川七海

長崎新聞本社=2025年4月20日、千金良航太郎撮影

長崎新聞に、報道機関としての存在意義はあるのだろうか。

そう感じるのは、「報道の自由裁判」で次々と明らかになる事実が理由だ。

長崎県で2017年に起きた、高校生のいじめ自死事件。犠牲になったのは、私立海星学園高校2年の福浦勇斗さんだ。学校が自死の隠蔽を図り、地元行政の長崎県が、それを容認した。そんな県を、地元紙・長崎新聞が庇った。勇斗さんの尊厳は踏みにじられ、遺族はさらに苦しんだ。

この構造的な問題を、当時共同通信の記者だった石川陽一氏が取材した。2022年11月、文藝春秋から書籍『いじめの聖域』を出版。長崎新聞を批判した。

書籍の内容が名誉毀損だと怒ったのが、長崎新聞だ。出版差し止めや本の回収を希望するほどだった。

そうであれば、出版元の文藝春秋に長崎新聞の意思を伝えるのが筋だ。

ところが、怒りの矛先は共同通信に向いた。石川氏の所属先に責任があると主張し、対応を求めたのだ。書籍出版に関して共同通信は第三者だ。本の回収などできるはずがない。

2023年7月に始まった「報道の自由裁判」でも、長崎新聞は共同通信を矢面に立たせ、沈黙を貫いている。Tansaの取材にも一切、応じていない。

だが、2025年9月26日の証人尋問で、長崎新聞の本心が明るみに出た。書籍の出版直後に長崎新聞へ謝罪に出向いた共同通信幹部が、長崎新聞の「言いがかり」を証言したのだ。

「28歳で本を出すのは怖いことだ」

証人として出廷したのは、当時福岡支社長だった谷口誠氏。現在は、「47NEWS」を運営する株式会社全国新聞ネットの代表取締役社長を務める。

谷口氏が長崎新聞本社に謝罪に赴いたのは、2022年11月10日。『いじめの聖域』が発売された翌日のことだ。石川氏の当時の所属長、正村一朗・千葉支局長が、書籍内に長崎新聞の批判があると本社に報告。江頭建彦・総務局長が謝罪を指示した。

前回の期日では江頭氏が証人として出廷し、長崎新聞への謝罪内容を聞かれた。だが「記憶にございません」を連発したため、実際に謝罪に出向いた谷口氏が追加で証言することになった。

谷口氏によると、長崎新聞は以下のように言ってきた。

「書籍発売前から、石川氏の取材姿勢に問題があると思っていた。共同通信は危機意識が緩すぎる」

「28歳で本を出すのは怖いことだ」

「出版の許可を、もっと慎重に審査すべきだった。共同通信としての責任は免れない。責任を負うべきだ」

素直に長崎新聞のクレームを聞いていた谷口氏だが、「さすがにそれは無理でしょう」と苦笑した場面があったという。長崎新聞がこう言ってきた時だ。

「出版の差し止め、書籍の回収はできないのか」

出版元は文藝春秋だ。そんなことを共同通信に言われても困るのは当たり前だ。だが苦笑する谷口氏に、長崎新聞の幹部らが怒った。谷口氏が振り返る。

「苦笑してしまったところ、不誠実だと厳しく叱責されたことを記憶しています」

「悪意に満ちた本としか言いようがない」

長崎新聞は、谷口氏が裁判で証言したようなことを本当に言ったのだろうか。にわかには信じ難い内容だ。

答えはイエスだ。Tansaは、書籍に関して長崎新聞が作成した文書を入手している。その一つが、長崎新聞が社内で実施した「局長会」の会議録だ。書籍発売の5日後に開かれた会議では、谷口氏との面会が俎上に載った。会議録には、以下が記されていた。

“本発売翌日の10日午後、共同通信・福岡支社長の谷口誠が長崎新聞本社を訪問した。長崎新聞からは、編集局長の石田謙二に加え、報道本部長の山田貴己と報道部長の向井真樹が応じた。”

“共同通信の谷口は、書籍の第11章に長崎新聞社と同社記者の名誉を傷つけている部分があるとして謝罪。共同通信が問題だと捉えている箇所を複数挙げた上で、「問題の記述は石川氏の個人的な主張で共同の考えではない」「本社総務局と法務局で対応を検討している」と説明した。”

“長崎新聞は「なぜ本の出版を許可したのか」と「文藝春秋に出版差し止めを求めないのか」を質問し、共同通信としての回答を求めた。また、石川記者の社外執筆の申請書があれば提出するよう求めた。”

“長崎新聞の見解は「長崎新聞を侮辱し、貶める内容で、事実に反している。悪意を感じる。共同通信にはしかるべき対応が必要と考える」 。”

書籍発売の翌月に、長崎新聞が共同通信に対して送った文書「共同通信記者・著『いじめの聖域』に関する見解」も入手した。記述の一部を抜粋する。

“本書11章の内容は、事実を意図的に捻じ曲げて解釈し、長崎新聞を攻撃している。その主たる動機は、石川記者自身が「スクープ」として配信した記事が、当社をはじめ地元メディアに取り上げられなかったことへの私怨のようである。”

“悪意に満ちた本としか言いようがない。”

“なぜ千葉支局長が安易に出版を許可し、ゲラのチェックもしなかったのか理解に苦しむ。” (「ゲラ」とは、出版前に確認するための、レイアウトされた原稿を指す。)

“当社の社会的信用を損なう本書は、既に全国で出版され、長崎県内でも店頭に並び、各地の図書館でも購入・貸し出しが進んでいる。当社の名誉は本書によって将来に渡って毀損され続け、損害が発生し続けることとなった。”

“当社は今回の件で、共同通信社にお詫びしてほしいわけでも、当該記者を処分してほしいと要求しているわけでもない。このような状況に至り、当社に共同通信社がどう対応していただけるのかを聞きたいのである。”

「県に追従しているような記者はいない」???

長崎新聞は理不尽だ。それでも谷口氏は法廷で、長崎新聞を守ることに徹した。長崎新聞は、共同通信の加盟社だ。共同通信が記事を配信した対価として、長崎新聞からは加盟料を得ている。

谷口氏は、自身の記者経験を踏まえ、こう証言した。

「最大の取材先である県に追従しているような記者はいなかった」

だが長崎新聞の堂下記者は2022年3月、当時の中村法道知事が新知事と交代する際に、「心から感謝」と題したコラムを綴っている。最初から最後まで、中村氏を讃える内容だ。一部を引用する。

「心から感謝」(2022年3月1日付)

 

(前略)20年前の対馬支局時代、ふらっと県対馬支庁(現県対馬振興局)をよく訪ねていた。当時の支庁長は現知事の中村法道氏。気さくな人柄で、取材というより雑談していたことが多かった。(中略)

 

中村氏が12年前、知事選に初めて立候補した際、たまたま居酒屋で居合わせた若い県職員が「中村さんの下でなら働きやすい」と当選を願っていたのは印象的だった。

 

2年前、県庁担当となり、久々に再会した。「立場が人をつくる」と言うように、知事としての威厳が備わっているように感じた。さすがにふらっと知事室を訪ねるわけにはいかないが、忙しい合間を縫って時間を取ってくれた。報道機関の重要な役割は行政の監視とされているが、真面目に施策を進めようとする姿に触れ、後押ししたいとも思った。(中略)

 

中村氏には心から感謝したい。そして肩の荷を下ろしてゆっくり休んでほしい。本当にお疲れさまでした。

長崎新聞・堂下康一記者の記事「心から感謝」(2022年3月1日付)

谷口氏の証人尋問は、1時間で終了した。

喜田村弁護士による尋問で谷口氏は、長崎新聞への謝罪にあたって「指示書」がメールで送られていたことを明かした。そこで原告側は、指示書の提出を求めた。

次回期日は結審で、12月5日(金)午前10時、東京地裁611号法廷。今年度中に判決が出る見込みだ。

【取材者後記】遺族を置き去りにする長崎新聞/記者 中川七海

勇斗さんの遺族は、25年来の長崎新聞の読者だ。

だが勇斗さんの自死後、遺族は真実を託す相手として長崎新聞を選ばなかった。会社の利益を最優先するのではないかと考えたからだ。

「敢えて、地元の長崎新聞を避けたのには理由がありました。それは、長崎新聞の読者でもある私たちは、当時、紙面に度々大きく海星学園の広告が掲載されているのを目にしていました。長崎新聞に情報を提供しても、海星学園はお客様であるために、そのお客様にとって不利な情報はもみ消されるかもしれない、との恐怖心があったからです」

結局、海星高校とは付き合いのない西日本新聞に連絡を取った。

西日本新聞の報道後、他メディアが追随した。長崎新聞の堂下康一記者が担当になった際、勇斗さんの父・大助さんはこう尋ねられた。

「なぜ西日本新聞に情報提供したのですか? 知り合いでもいたのですか?」

その後、堂下記者は遺族に要求をするようになる。

「どのメディアよりも先に、私に情報を渡してください」

「朝刊の締切は20時なので、他社へは20時を過ぎてから情報を流すようお願いします」

大助さんは、どのメディアに対しても平等に対応したかった。だが長崎新聞の地元での影響力は大きい。堂下記者は、学校の姿勢を批判する記事を何度か書いてくれたこともあった。堂下記者の指示に従っていた。

ところが、県の失態が明るみに出ると、長崎新聞は県を庇う記事を出すようになった。

記事が出てから数日後、大助さんは堂下記者からの電話を受けた。

「いじめ防止対策推進法を守らなくてはいけないのは学校であり、県ではない。県は悪くありません。よって、長崎新聞としてはこのような記事にしました」

「私は担当から降ります」

大助さんにとって、これが堂下記者との最後のやりとりとなった。なぜ堂下記者は、海星学園は批判しても、県は批判しないのか。疑問が残った。

そこから2年。長崎新聞は『いじめの聖域』で批判されたことを受け、共同通信に対応を求めた。長崎新聞の姿勢について、遺族はこう述べる。

「長崎新聞が共同通信に対して抗議している件も、抗議する先がちょっと違うのでは、と。出版してほしくないんだったら、出版社の文藝春秋に対して『出版しないでください』って言えばいいわけですし、提訴すればいいわけですし」

遺族は書籍の内容について、「すべて真実」と語る。勇斗さんの母・さおりさんは、知事に寄り添う堂下記者のコラムや、長崎新聞が県を庇う記事を出していた事実を意見書にまとめ、裁判所に提出した。証拠資料として採用されている。

いじめを苦に自死した勇斗さんではなく、県側の視点で取材する。批判されると自ら反論することなく、共同通信の背後に隠れ安全地帯を確保する。息子のような思いをもう誰にもさせまいと、今も活動している遺族の気持ちを思うといたたまれない。

Tansaは再三、長崎新聞に質問状を送った。堂下記者にも質問を送った。メールと電話で連絡し、留守番電話も入れた。一切、返事はない。

長崎新聞に報道機関としての存在意義はあるのだろうか。

福浦勇斗さんの命日に献花する遺族=2025年4月20日、千金良航太郎撮影

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