編集長コラム

番記者は退場を(190)

2025年12月13日10時03分 渡辺周

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笑顔でご満悦の政治家を、顔にモザイクがかかった19人が囲む。

政治家は、51歳の誕生日を迎えた自民党の小林鷹之政調会長。モザイクの面々は「番記者」だ。小林氏は写真に「お祝いしてくれた番記者さん達と」と説明を添え、メッセージをアップした。

「昨日51歳になりました。何歳になっても誕生日はありがたいものです。多くの方に支えられていることに感謝しつつ、年相応の深みが出るよう研鑽を積んでまいりますので、皆さん、よろしくお願いいたします!」

全く深みのないメッセージだ。自身の臣下のように番記者を従え、写真をアップする行為自体がこの上なく軽い。市井の人たちがこの写真を見た時にどう思うか。そのことに思いが至らない政治家が、与党の政調会長を務めていること自体、政治家の劣化を物語っている。

小林氏を「裸の王様」にした責任は、番記者たちにある。

小林氏から誕生日の記念に集合写真を撮ろうと提案されたら、まともな記者ならば止める。「あなたの力の誇示に手を貸すのはゴメンだ」と。それでも撮ろうとするならば自身は写らず、事の経緯を「番記者と権力との癒着」として報道する。

だが、まともな記者はいなかった。モザイクをかけてもらうことが精一杯だったようだ。裸の王様に守られた記者は、惨めでさえある。

ただ、番記者が政治家に媚びるのは、今に始まったことではない。

2014年2月14日のバレンタインデーには、安倍晋三首相に女性の番記者たちがチョコレートを贈った。「喉に良いチョコレート、はちみつ入りです」と言って安倍首相に渡した。当時、その場面を写真で見た時は虫唾が走った。

事が深刻なのは、番記者自身、権力にすり寄ることに抵抗感がないことだ。番記者たちにとっては、政治家との距離の近さが自身の価値だからだ。社内では「頑張ってくい込んでいるな」と褒められる。権力の一員に加わることで、ビッグな気分に浸ることもできる。

私が若手の頃、自民党幹事長の番記者をしていた先輩と酒を飲んでいると、彼が「あ、幹事長から電話だ」と席を立ったことがあった。誰からの電話なのかいちいち告げる必要などないのに、私に自慢したかったのだ。そんな事例は、挙げ出したらキリがない。

政治家の番記者だけではなく、警察や検察、大企業を担当する記者たちも五十歩百歩。要は権力の番記者だ。

11月26日、私立・海星学園内でのいじめによって自死した生徒の遺族が、「いじめ防止対策推進法」の改正を求める6万4792筆の署名を、衆参の文科委員会の委員長に提出した。

遺族は国会の委員会だけではなく、文科省にも署名を届けたかった。だが文科省は頑なに受け取りを拒否。文科省の担当者は遺族に「いじめ防止対策推進法は議員立法でできた法律なので、改正したいと思うのであれば、議員に出すのが筋ではないか」と言った。

だが、記者クラブにいる文科省の番記者たちの中で、大臣なり幹部に対して、遺族の気持ちを汲み取って批判した記者はいない。遺族は、仕事の合間を縫って行政や政治家との交渉という慣れないことをし、長崎から東京にやって来た。疲労困ぱいだった。番記者たちは、いつも目と鼻の先に大臣や幹部がいる。記者として背任行為だ。

結局、番記者はミイラになったミイラ取りだ。権力の一員となることで内部事情に詳しくはなるが、権力に不都合なことは報じない。そもそも、権力への痛打になるようなことを、番記者が知らされることはない。権力者にとって番記者は、所詮「媚びてきたよそ者」だ。

番記者は報道現場から退場するべきだ。退場して困る人など、番記者を利活用する権力者以外に誰もいない。

小林鷹之氏のXにアップされた番記者たちとの写真

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