「生徒の自死、息子で最後にして」、教頭の返答は「マスコミ対応どうしますか」 葬儀場で遺族に迫った海星学園(5)
2025年12月18日 17時22分 中川七海

海星学園=長崎市で2025年4月20日、千金良航太郎撮影
2017年4月22日、福浦勇斗(はやと)が通っていた海星学園の教員たちが、葬儀場にやって来た。
勇斗の母・さおりと父・大助は、学校での苦しみを綴った勇斗の遺書をみせ、伝えた。
「今後、海星で二度とこのようなことが起きないようにしてください!」
しばらくの沈黙ののち、海星高校の教頭・武川眞一郎が言った。
「マスコミ対応はどうしますか」
「学校にマスコミから問い合わせがきています」
4月21日から22日にかけて、大助、さおり、勇斗の兄・直斗の3人は、葬儀場で線香を上げ続けた。
さおりは涙が止まらず、自責の念に駆られている。直斗は、弟が亡くなった実感が湧かないでいた。
夜が明けてからは、親戚の助けを借りながら、大助が通夜や葬儀の準備に奔走した。
午前中、大助の携帯電話が鳴った。海星高校の教頭・武川眞一郎からだ。
息子の死後、学校側との初めてのやりとりだった。だが武川は挨拶もそこそこに、狼狽しながらこのように言った。
「学校にマスコミから問い合わせがきています。一刻も早く会いたい」
前日、大助は長崎県警・大浦署の担当警部補から「葬儀の段取りなどが決まって、落ち着いたら学校へ連絡してください」と説明を受けていた。
まだ葬儀の時間も内容も決まっておらず、葬儀業者との打ち合わせ中だ。
しかし電話越しの武川は慌てふためいており、口調は高圧的だ。
大助はとっさに、「すみませんでした」と謝ってしまった。
一度電話を切り、打ち合わせを終えた大助は電話をかけ直した。
武川は相変わらず、「会いたい」の一点張り。葬儀場の場所を聞かれ、大助は答えるしかなかった。
ただ、今は自分も含め家族が混乱している。その上、この日の朝刊では「男子高校生自殺か 長崎市の公園」という見出しの記事を、九州のブロック紙である西日本新聞が報じていた。勇斗の自死がマスコミに騒ぎ立てられるのではないか、という不安が募っていた。ロビーに勇斗の名前を出さないよう葬儀場にお願いし、葬儀も密葬にすることを決めたほどだ。
大助は武川に、「バレないようにお越しください」と頼んだ。
理事長も、校長も、担任も来ない

勇斗さんが自死した公園=長崎市で2025年4月20日、千金良航太郎撮影
昼過ぎ、海星学園の教員たちが葬儀場にやって来た。
高校教頭の武川に加え、中学教頭の川島一麿、高校教頭補佐の大森保則の3人だ。
さおりは「なぜ校長や理事長は来ないのだろうか」と疑問に思いながら、3人と挨拶を交わした。
海星学園は、1892年から続くカトリック系の私学だ。母体の「マリア会」はローマに本部を置く。日本では主に教育を通して宣教活動を行ってきた。海星学園のほか、東京の暁星学園、大阪の明星学園、北海道の光星学園で、その教えを説いている。
海星学園の理事長・坪光正躬(つぼこう・まさちか)は、「大阪私立中学校高等学校体育連盟」や「大阪私立中学校高等学校連合会」で会長を務めたほか、2015年からは全国の1000を超える教育機関等が加盟する「日本カトリック学校連合会」の理事長に就いていた。学園はそんな坪光の活躍を讃え、ホームページなどでもアピールしていた。
そのような人物が、自校の生徒が自死した際に現れない。理事長のみならず、校長の清水政幸や、担任の岩﨑孝治の姿もない。さおりには不思議に思えた。
線香を上げ終えると、大森が泣いていた。
話をするため、海星の3人は大助とともに、勇斗が安置された部屋から出ようとした。
それを、さおりが止めた。
「勇斗の遺書を、本人の前で読んでください」
勇斗は亡くなった際、遺書を入れたショルダーバッグを身につけていた。
「学校にいくたびにトラウマの如く頭痛がする」「今が一番苦しい」「disられるのを恐れ、鼻息や呼吸が荒く、緊張し、つばがたまる」などと綴られていた。(*disられる=悪口を言われる、などの意)
さおりは、勇斗が海星で苦しんでいたことを、海星の教員たちに知ってほしかった。武川らに遺書を手渡し、順番に読むよう促した。
遺書を手に、武川は涙を浮かべ始めた。
さおりも泣きながら、強い口調でこう言った。
「今後、海星で二度とこのようなことが起きないようにしてください!」
「こういうことは、勇斗で最後にしてください!」
「取材は受けない」伝えると一転、穏やかに
ところが、誰もさおりの訴えに答えなかった。
涙を流していた武川の口から出てきた言葉に、耳を疑った。
「マスコミがかぎ回っています。昨日から学校に電話がかかってきています。マスコミ対応はどうしますか」
息子を自死で失ったばかりだ。それでも警察の対応や、葬儀の準備を進めなければならない。これまで接したことのないマスコミへの対応を尋ねられても、分からない。
2人はすぐに答えられないでいた。
すると、川島が強い口調で言った。
「どうしたいんですか!」
さおりも大助も、責められ、急かされているように感じた。
「マスコミにバレたくないので、勇斗の名前は出さないでください」と答えた。
ワイドショーなどのイメージから、「マスコミは騒ぐ」という印象を抱いていた。葬儀場に押しかけられたり、勇斗の名前や顔を報道されたり、そういったことは避けたかった。葬儀を滞りなく行い、静かに勇斗を見送りたかった。
「取材は受けたくありません。勇斗の名前は、聞かれても教えないでください」
大助がそう伝えると、先ほどまで捲し立ててきた武川や川島の態度が、穏やかになった。
「分かりました、お任せください」
「生徒を呼ぶとマスコミに漏れる」
しかし、さおりには気がかりがあった。
遺書を読む限り、勇斗は学校で苦しんでいた。それでも、せめて親しかった友人や、生徒の代表としてクラス委員だけでも呼んだほうが、勇斗のためになるのではないかと思ったのだ。
さおりが尋ねた。
「これが最後の別れになるので、友人を呼ぶのはどうでしょうか」
答えたのは、川島だ。
「生徒を呼ぶのはやめましょう。生徒を呼ぶと、やはりマスコミに情報が漏れるので」
さおりも大助も「マスコミ」という言葉に敏感になっていた。川島に従うことにした。
だが教員らが帰った後、さおりはもう一度、大助に相談した。
勇斗には、中学1年から高校1年まで、家族ぐるみで親しかった友人がいる。その子だけでも呼べないかと考えたのだ。
しかし大助は、自分たちをマスコミから守ろうとしてくれている学校を裏切ってはいけないと感じた。
「学校との約束だから」と、さおりを制した。
この判断を、遺族は後に悔やむ。
(つづく)
*敬称略、教員の肩書は当時
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