編集長コラム

ヒトラーの言葉に抗う(200)

2026年02月14日14時34分 渡辺周

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アドルフ・ヒトラーが、『わが闘争』の「戦時宣伝」の章(平野一郎・将積茂訳、角川文庫)で、こう言っている。

「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい」

「戦争貫徹のための宣伝のときのように、全民衆を効果圏に引き入れることが問題になるときには、知的に高い前提を避けるという注意は、いくらしても十分すぎるということはない」

ヒトラーの言葉に、高市早苗首相は共感するのではないか。

統一教会のことも裏金のことも、どうせ大衆は忘れている。中身はともかく、「日本列島を、強く豊かに」と勢いよく言っておけばいい。そうすれば自分に投票してくれる――。

高市首相だけではない。アメリカのドナルド・トランプ大統領をはじめ、今の世界の権力者たちの多くが、ヒトラーの言葉に共感するのではないか。

ワシントンポストと朝日新聞に共通すること

傲慢な為政者が出現しないよう、権力を監視するのは報道機関の役割だ。

しかし、現実はそうはなっていない。

ワシントンポストが2月4日、社員を3割削減した。

ワシントンポストは2013年に、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏が買収した。当初は権力監視の役割を果たす意気込みがあったが、トランプ大統領の2期目から心が折れはじめた。アマゾンのビジネスで不利な扱いを受けないよう、トランプ大統領に媚びたのだ。大統領就任式に100万ドルを寄付、アマゾンは妻のメラニア氏のドキュメンタリーを、メラニア氏側に4000万ドルを支払って制作した。

当然、ワシントンポストのトランプ政権に関する報道は弱体化する。アメリカの「大衆」は、ヒトラーが考えるほど愚かではないから、ワシントンポストの読者離れが起きた。

結局、ジャーナリズムがビジネスに呑み込まれたわけだが、日本も対岸の火事では済まされない。

例えば朝日新聞の角田克社長・CEOは、「スーパージャーナリスト構想」を提唱している。今の新聞記者がやっていることの多くは、AIにできることであり、「普通の記者」は不要になる。AIと200人の「スーパージャーナリスト」による組み合わせで報道機関として生き残るという。

何やら新しいことを言っているようだが、問題は、朝日新聞には約2000人の記者がいるということだ。つまり1800人削減することになる。新聞の部数が激減し経営が苦しい中、改革を装ってリストラ策を出しただけではないのか。

そもそも、朝日新聞に200人もの「スーパージャーナリスト」がいるとは思えない。この10年、私が朝日新聞で共に仕事をし「この記者は尊敬できる」と思った同僚たちは、櫛の歯が欠けるように退社した。ジャーナリストとしての使命を全うしたいと思う人ほど、絶望した。退社した後の受け皿がなく、別業種に転職する人たちも多い。朝日新聞社としてだけではなく、社会的な損失だ。

今や、新聞もテレビも報道機関としては終局を迎えている。ビジネス体として、どう生き残るかという問題が残っているだけだ。図に乗る権力者に対して、ただの「無抵抗勢力」に堕ちている。

抵抗勢力は、「マスコミ業界」の外にある市民社会で形成されていくと思う。

Tansaは創刊以来、様々な賞を受賞した。嬉しいのは、市民社会のメンバーが主宰する賞が多いことだ。先日は、北海道の市民団体「メディア・アンビシャス」が主宰する賞で、大賞を受賞することが決まった。

私はメディア・アンビシャスが掲げる「活動のねらい」が好きだ。

「情報のありようは、民主主義の行方を示します。市民一人ひとりは情報を基礎にして判断します。その情報を送り出すメディアの活動は市民の立場に寄り添い、未来を拓くものであってほしいと願っています。市民とメディアが互いに信頼する関係にあってこそ、民主主義は正常に機能すると考えています。当会の活動は、私たち市民とメディアの協働を目指すものです」

ヒトラーは「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい」と言った。

この言葉にカチンとくる人たちのエネルギーが結集すると信じて、報道機関としての役目を果たしていく。

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