編集長コラム

それでも腹を括れない政治家たち(113)

2024年05月25日18時08分 渡辺周

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島根県松江市を2022年春、18年ぶりに訪れた。島根は私がジャーナリストとしてのスタートを切った地。「第二のふるさと」に立ち寄りたいと思ってはいたが、転勤で去って以来の訪問だ。

レンタカーで松江市内を走っている途中、思わず脱力した。あの道路が、片側2車線に拡幅されていた。

城山北公園線。1キロちょっとの道路で、松江の中心部を東西に走る。県は渋滞緩和と中心市街地の活性化を理由に、道路の拡幅を推し進めた。私は県政を担当していた2002年、拡幅計画を取材した。

事業費は約130億円。渋滞といっても都会地に比べればひどくはないし、将来は交通量が減るだろう。約140軒の立ち退きも必要だ。当時76歳の1人暮らしの女性は「子どもがいないので、立ち退きといっても頼っていくところがない」と語った。

拡幅を批判する記事を書いた。記者会見でも当時の澄田信義知事に「不安に思っているおばあちゃん、おじいちゃんたちを無視してまで進める事業か」と食い下がった。

だが私の力は及ばず、拡幅工事は予定通り実行された。島根の県民1人あたりの公共事業費は1988年度から99年度まで日本一。地元の建設・土木業者は公共事業で潤ってきた。いったん計画した道路拡幅を中止することは、あり得なかったのかもしれない。

地下ネットワーク

なぜ島根は10年以上、県民1人あたりの公共事業費がトップだったのか。

それは自民党の有力政治家を輩出していたからだ。特に元首相の竹下登氏、元内閣官房長官の青木幹雄氏の力は絶大だった。公共事業連続日本一が始まった1988年は、竹下氏が首相に就任した翌年である。

島根の有権者は、圧倒的な勝利で自民党の政治家たちを当選させた。自民党の候補者の選挙集会には、建設・土木業者の社員が自社のジャンパーを着て集まった。選挙を支えていることをアピールしていたのだ。

「保守王国」を取材していて困ったことがあった。それは、どこで物事が決まっているのかが見えづらいことだった。

ある時、隠然たる力を持った人物がいることを知った。

土居靖周氏。たたら製鉄で財をなした島根の山林王、田部家の番頭的な存在だった。

田部家は政界に影響力があった。第42代の当主、田部長右衛門(朋之)氏は、島根県知事と衆議院議員を務め、元首相の佐藤栄作氏とも親しかった。竹下氏が衆議院議員に初当選した際、門下生として佐藤氏に託した。

私が土居氏の存在に気づいた時、彼は山陰中央テレビの会長だった。同社の会長室をアポなしで訪ねたが、入院中で会えなかった。秘書に「退院したら会いたい」と取材趣旨を告げた。

「土居さんが政治に影響力を持っていると聞いた。影でやらずに表立って行動するべきだ。しかも今は山陰中央テレビというメディアのトップではないか」

秘書がにこやかに応じる。

「記者さんがこんな感じで5年に1回くらい訪ねてくるんですよ。せっかく来てもらったので、写真だけでも見ますか」

写真の中の土居氏は、眼光の鋭い人だった。

翌日、県庁内を歩いていると県幹部に声をかけられた。「渡辺さん、きのう土居さんのところへ行ったんだってね」。

地下に張り巡らされている保守王国のネットワークに、舌を巻いた。

土居氏はその後退院することなく、死去した。

保守王国で勝たずに政権交代なし

その保守王国に2003年7月、民主党幹事長の岡田克也氏がやってきた。衆院選挙を控えていた。民主党が掲げたのは「政権交代」。その年の始め、岡田氏は菅直人代表と伊勢神宮を訪れ、政権交代を祈願した。

記者会見が松江市内で開かれた。私が岡田幹事長に尋ねたのは、県内のどういった団体や有力者に支援を求めたのかということだ。

これに対する岡田幹事長の答えは、それまでも支持を受けてきた労働組合・連合を回ったという程度のものだった。私は言った。

「政権交代を目指すなら、保守王国の島根で自民党に勝つつもりで取り組む必要があるのではないですか。何しに島根に来たのですか」

岡田幹事長は「君はどこの記者だ」と憮然としていたが、これは島根で取材をしている記者であれば共通の疑問だったと思う。記者会見が終わった後、毎日新聞の先輩記者が私に言った。

「みんなが聞きたいことを君が言うたな」

千載一遇のチャンスに

あれから20年余り。2024年4月の衆議院島根1区補欠選挙で、自民党の候補者が敗れた。立憲民主党の亀井亜希子氏が、2万5千票近くの差をつけて勝った。

裏金問題にまみれた自民党にお灸を据えるという程度なら、票を減らすことはあっても負けることはないだろう。だが負けた。保守王国で、自民党への信頼が根本から崩れているのだと思う。

野党にとったら、政権交代に向けて千載一遇のチャンスだ。公明正大な政治を打ち出し、長年にわたる自民党政治が溜め込んだヘドロを一掃できる。岡田氏も20年前と違って、今の自民党ならやる気満々になるのではないか。

ところが・・・。

立憲の岡田幹事長と大串博志選挙対策委員長には、それぞれ政治資金パーティーを開く予定があった。立憲は「政治資金パーティーの開催の禁止に関する法律案」を提出している。幹事長と選対委員長が、党の法案と真逆のことをするのは理解に苦しむ。

岡田幹事長はきのうの記者会見で「我々が企業団体献金やパーティーの禁止を言っているからといって、自分たちだけ縛っては競争にならない」。泉健太代表も同じ日の記者会見で、「自民党だけパーティーをどんどんやり続けると、競争条件が違ってくる。法案を提出した時点でパーティーを禁止することは現実的ではない」と言った。

結局、今日になって岡田幹事長も大串選対委員長もパーティーは開催しないことを決めた。マスコミ各社が報じている。だが、手遅れだ。自民も立憲も「どっちもどっち」ということで、有権者の信頼は取り戻せないだろう。

腹を括れないのなら、政治家という職業には就かないでほしい。

立憲民主党の候補者公募サイトより

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