編集長コラム

「めんどくさい奴」たち(115)

2024年06月08日10時56分 渡辺周

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中川七海がきのう、「目を通してください」と文章を見せてきた。「記事の原稿かな」と思ったが、違った。岡山県に送付する「審査請求書」だった。

吉備中央町の水道水が、公害物質のPFOAで汚染された問題に関し、中川は岡山県に対して情報公開請求をしていた。PFOAがなぜ水道水に混入されることになったのか。県はその原因を調査している。調査のプロセスや判明したことを公開するように求めた。

しかし、県は町職員の名前や汚染に関係する企業名、調査内容を黒塗りにしてきた。PFOAは、がんや妊娠高血圧症など様々疾患の原因となる。そういう毒物を何年間も飲まされてきた町民にしたら不安で仕方がない。町職員や企業を守って、情報を出さないなどあり得ない。そこで、中川はそれらの情報の開示を求めて、岡山県の伊原木隆太知事に審査請求をすることにしたのだ。

中川の審査請求書を読んだ。怒りに駆られて感情的な文章になっているかと思いきや、裁判書類のようにカチッとしていた。黒塗りになった部分と、岡山県の情報公開条例で該当する条文を照らし合わせている。理詰めだ。

一部抜粋する。「貴殿」とは伊原木知事のことで、「審査請求人」とはTansaのことを指す。

貴殿がその氏名を不開示とした吉備中央町職員は、地方公務員法で規定された公務員である上、「当該公務員等の職及び氏名並びに当該職務遂行の内容に係る部分」に該当している。貴殿は本条例を違反しているに他ならない。

さらに、本条例第7条二ハで規定された内容は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(通称「情報公開法」)ならびに各行政機関の情報公開条例でも同様の内容が定められている。

審査請求人に対して、それら法令を根拠に当該公務員等の職及び氏名並びに当該職務遂行の内容に係る部分を公開した省庁および行政機関の一例は次のとおりである。外務省、防衛省、環境省、経産省、総務省、文科省、厚労省、農林水産省、内閣官房、内閣府、宮内庁、公正取引委員会、全国の都道府県、京都大学。貴殿が当該内容について非公開決定を下すことは、他の行政機関や独立行政法人が情報公開に関する法や条例を遵守する中で、例外的に条例に違反することになる。

情報公開請求を駆使するのは、マスコミの記者では少ない。記者クラブにいて、行政から情報を提供してもらう「効率的な取材」をしている。

だが記者クラブに提供されるのは、行政が出したい情報だ。法的な義務が課される情報公開制度で出てくる情報の方が、質も量も充実している。

行政にしたら、情報公開請求をしてくるTansaはさぞ「めんどくさい存在」だろう。ごかまして黒塗りにしたら、審査請求までしてくるので尚更だ。私が別件で審査請求をした時は、総務省に審査の進捗を電話で尋ねたら、一方的に電話を切られた。

こちらにとっても、法律や条文を読み込み、書類を作成するような地道な作業はめんどくさい。

だが、めんどくさい作業は私たちが職業人として担う必要がある。水道が汚染された吉備中央町の町民にしたら、不安な日々を送っているだろうし、自分の仕事や家事がある。

諦めと追認の繰り返し

私たちジャーナリストは、犠牲者や窮地にある人のためにめんどくさいことをする「代理人」なのだと思う。

児童ポルノなど犯罪の温床になったアプリの取材では、辻麻梨子と私はアプリの運営に携わった人物を追ってシンガポールまで行った。

その人物は私たちがシンガポールに行く直前、もうひとりの仲間と共に、弁護士を通じてTansaにそれまでの記事取り消しを求める要求書を送ってきていた。彼にしてみれば、あとは弁護士に任せて自分は厄介なことから解放されたかったのだろう。

ところが、シンガポールまで辻と私が追いかけてきて、目の前に現れた。さぞ、めんどくさい奴らだと思っただろう。

私たちだってめんどくさい。海外取材はお金もかかる。だが自分の性的画像を拡散された子どもや女性に、シンガポールまで行って直撃取材はできない。どんなに手間隙がかかっても、それが私たちの仕事だ。喜んで引き受ける。

自民党が提出した政治資金規制法の改正案が、6月7日に衆議院で可決された。

これは、めんどくさいことをするジャーナリストがあまりに少なかったからではないか。めんどくさいことをしないまま諦めて、現状を「仕方がない」と追認する。この繰り返しだ。

政治とカネの問題を、こんないい加減な形で決着させていいわけがない。Tansaは今、めんどくさい作業を進めている。

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