編集長コラム

リスクをとらないリスク(117)

2024年06月22日15時54分 渡辺周

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NHKスペシャル「調査報道・新世紀/子どもを狙う 性的搾取の闇」が6月15日に放送された。Tansaとの共同取材の成果だ。

これまでTansaは、韓国のニュースタパやドイツのコレクティヴ、イギリスのガーディアンなど様々な外国の報道機関とコラボしてきた。だが国内の報道機関と本格的に手を組んだのは初めてだ。一つの報道機関で全てを完結させる時代は終わった。特に手間隙と専門技術、大きなインパクトを必要とする探査報道ではなおさらだ。TansaとNHKのコラボがいい前例になって、日本でもこうしたコラボがどんどん増えてほしい。

共同取材をするにあたり、TansaとNHKは確認書を交わした。主な内容は以下だ。

「互いの取材成果は共有し、それぞれの媒体で使用できる」

「編集は、それぞれの判断と責任のもとに行う」

つまり取材では協力するが、編集ではTansaがNHKの番組に干渉することはないし、NHKがTansaの記事に干渉することもないということだ。番組や記事に対して名誉毀損の裁判が起こされた場合には、それぞれが単独で責任を負う。

同じ取材成果を得ながら、編集ではTansaとNHKで判断が分かれたことがあった。性犯罪の温床となったアプリ「アルバムコレクション」などを運営していた2人を、匿名にするか実名で報じるかだ。

NHKスペシャルはそれぞれ、「T氏」「N氏」と匿名にした。

Tansaのシリーズ「誰が私を拡散したのか」では、2人を一貫して実名で報じている。彼らはシンガポール在住の高浜憲一氏と、マレーシアにいる新田啓介氏だ。

実名報道をすれば、リスクがあることは承知の上だ。実際、高浜、新田の両氏は昨年11月、代理人弁護士を通じてTansaの記事を削除するよう文書で要求してきた。代理人弁護士とは、TMI法律事務所(東京都港区六本木)の寺門峻佑氏と上村香織の両氏だ。

文書では、Tansaが記事の削除に応じなかった場合のことを次のように記している。

「仮に貴殿らが誠実に対応しない場合には、やむを得ず、民事・刑事の両方を含む法的措置を検討せざるを得ませんので、この点念のため申し添えます」

しかし、Tansaへの「民事・刑事の両方を含む法的措置」よりもはるかに重大なリスクがある。

それは、犠牲者がさらに増えるリスクだ。私たちがリスクをとらないことで生じる。

Tansaの辻麻梨子が取材する中で「とりわけ耐え難かった」と語るのが、子どもの被害だ。3歳ほどの幼児も被害に遭っていた。子どもへの性暴力を撮影した動画が、アプリを通じて取引され拡散しているのだ。

大人との性交や性的行為を強制されている映像まである。子どもたちは、笑顔で応じている子もいれば、呆然としていたり、泣き声を上げて身をよじったりしている子もいる。

なぜアプリの運営者は、こうした画像や動画を取引する場を設けて金儲けをしたのか。被害者への責任をどのようにして取るのか。

そこを明確にし、同種のアプリを撲滅しなければならない。運営者を実名で報じるのは当然だ。辻も私もそこに何の迷いもない。匿名では責任の追及が曖昧になる。「名前がバレないならやったもん勝ちだ」と、これから同じようなアプリを作ろうとする者が出てくる可能性も高まる。

実名で報じたことで、裁判を起こされるならば編集長として私は喜んで法廷に立つ。そもそも彼らに勝ち目はない。私たちは取材を尽くしている。

「蛮勇」との違い

Tansaは2017年の創刊以来、リスクをとり続けてきた。

例えば中川七海が手がける「公害 PFOA」では、汚染原因企業であるダイキンの名前を、2021年11月にシリーズを始めた時から報じている。

一方で、新聞社やテレビ局は当初、企業名を出さなかった。今も企業名を出しているのはごくわずかだ。ダイキンの広告が入ってこないリスク、訴訟を起こされるリスクがあるからだろう。

だがダイキンを匿名にして責任を曖昧にすれば、どうなるか。

ダイキンのトップとして30年間君臨した井上礼之氏は今月、43億円の「特別功績金」をもらって辞める予定だ。彼は全国一のPFOA汚染を大阪で引き起こしたことに、最も責任がある人物だ。汚染原因の淀川製作所の副所長を務めた経験があり、現場のこともよく知っている。それにもかかわらず巨額の功績金を受け取るのは、井上氏は何の責も感じていないということだ。ダイキンは公害の検証や犠牲者への補償をしていない。

犠牲者を出すリスクを減らすため、自分たちはリスクをとる。それがTansaの方針だ。

ただし、リスクをとるということは、決して「蛮勇」ではない。身の危険を含め、あらゆるリスクに細心の注意を払って脇を締める。すり足で真実にたどり着く。それができてこそ、プロのチームだと思っている。

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