編集長コラム

カオナシからの10万円(152)

2025年03月15日9時51分 渡辺周

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取材を終え車に乗り込もうとした時、見送りにきた社長の秘書役が、私に封筒を差し出した。

「これ、社長からです」

現金で10万円が入っている。私はそのまま返した。

「こういうことをされると、今後取材もお会いすることもできなくなります」

15年前のことだ。取材の過程で何かを要求されたわけではない。だが記者に金を渡す時、思惑のないはずがない。金で手なづけ、心理的な自由を奪っていく。その先には、意のままに自分たちに有利な記事を書かせる、あるいは不正を黙認してもらうという目的がある。そう疑うべきだ。

外からどう見えるか

Tansaの場合、寄付金で活動資金を賄っている。広告を掲載しないし、購読料金も取っていない。広告を掲載しないのは、スポンサーから独立しているため。購読料金を取らないのは、所得が低い人でも記事を読めるようにしておきたいからだ。探査報道を社会の「公共財」として位置付け、共感してくれる市民に支えてほしいという思いが私たちにはある。

取材相手も、Tansaの取り組みに共感して寄付をしようとしてくれることが度々ある。相手によこしまな気持ちがあるわけではない。接していれば分かる。

それでも、金額の多寡に関わらず返金している。

Tansaは資金難の上に、日本では寄付文化が定着していない。いつも寄付集めに必死だ。でもだからこそ、ズルズルと堕落しないよう一線を引く必要がある。

外からどう見えるかも重要だ。「寄付を受けているから、あんな風に好意的に報道してもらっているんだ」と読者に思われないようにしなければならない。そうなったら、取材相手にも申し訳ない。

「田中軍団」の残滓

石破茂首相が、初当選の15議員に10万円分の商品券渡していたことを、3月14日夜に朝日新聞が報じた。各社が一斉にこのニュースに追随し、石破首相はその日のうちに記者会見を開いた。

質疑応答で記者は、政治資金規正法に抵触しているのではないかと問うた。だが、石破首相から「政治資金規正法の何条のことを言っているのか」「その条文のどこに抵触するのか」と逆質問され、すぐに答えられない。グダグダの記者会見だった。石破首相は、「法には抵触しない」で切り抜けたいのだろう。

しかし、政治資金規正法は政治家の都合の良いように作られた「ザル法」だ。法に抵触するかどうかで応酬することは本質的な問題ではない。

私が知りたいのは、10万円の商品券を「お土産」として秘書に持って行かせた石破首相の思惑だ。

石破首相は田中角栄を師と仰ぐ。その心酔ぶりは、自著『保守政治家』(講談社、倉重篤郎編)に表れている。

「父・石破二朗が心の底から敬愛していた田中角栄先生。銀行員だった私を政治家の道にいざなったのは角栄先生でしたし、政治のイロハを教えてくださったのも角栄先生でした。まさに、田中角栄なかりせば、政治家として今の石破茂はなかったのです」

田中角栄とその配下の政治家集団を、石破首相は「田中軍団」と呼んでいる。力の源泉は田中角栄の人間的な魅力だけではなく、金にあったことを認識していた。田中角栄のこんな言葉を紹介している。

「100万円ほしい奴には200万円、500万円ほしい奴には1000万円を渡せ、カネが生きるということはそういうことだ」

石破首相はこの言葉について、自分は金がないから田中角栄のようなことはできないと断りつつ、「正直言って感心しました。政治家にとってお金というものはそういうものなのかと」と書いている。

金のない中でも、師匠である田中角栄のようなことをしてみたい。新人議員への商品券10万円は、田中軍団の残滓の所業なのだ。

しかし、それではあまりに情けない。

まず、外からどう見えるのかに鈍感すぎる。石破首相の頭の中が「角栄先生の古き良き時代」からアップデートされていない。

より深刻なのは、石破首相が金で人心を掌握しようとしているところだ。

宮崎駿監督のアニメ『千と千尋の神隠し』でカオナシというキャラクターが登場する。金を渡すと相手が喜ぶと知って、何でも金で解決しようとするのだが、実は寂しくてたまらない。

私には石破首相がカオナシに重なって見える。少数与党である上に、自民党内での基盤が弱い。何とか仲間を作ろうと必死なのではないか。

だが、金で結びついた関係は脆い。志と使命で繋がっていなければ、政治の世界で事を為すことはできない。そのことは石破首相自身がよく知っているはずだ。田中角栄が病に倒れた後、彼を訪れる人が少なくなったことに、自著でこう述べている。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。平家物語ではありませんが、あの角栄先生の絶頂期を知る者の一人としては、権力というのはかくも儚いものなのか、ということを実感したものでした」

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