NGO「国境なき記者団」(本部パリ)が5月2日、2025年度の「報道の自由度ランキング」を発表した。
日本は66位。2024年度は70位、2023年度は68位だった。大して変わらない。総評は昨年度と全く一緒だ。
「議会制民主主義国家の日本は、一般的にはメディアの自由と多元主義の原則を尊重している。しかし、伝統的な利害、ビジネス上の利害、政治的圧力、ジェンダー不平等が、権力監視の『番犬機能』を、ジャーナリストが完全に果たすことをしばしば妨げている」
しかし、世界全体の状況は変わった。「これまでにない低水準に達した」というのだ。
「国境なき記者団は初めて、世界中の報道の自由を『困難な状況』と分類した。数年間をかけて世界の半数の国でジャーナリズムの環境が『貧弱』と評価された。評価対象国の平均スコアが55に低下し、これまでにない低水準に達している」
理由は何か。
「ジャーナリストに対する物理的な攻撃が報道の自由の最も目立つ侵害である一方、所有権の集中、広告主や資金提供者からの圧力、公的資金の制限など、経済的圧力はより深刻だ。じわじわと深刻化している」
国境なき記者団のアンヌ・ボコンデ編集長のコメントが、的を射ている。
「今日のメディア環境において、自由、独立性、多様性を保証するためには、安定的で透明な財政条件が不可欠です」
「メディアの経済環境を、ジャーナリズムに適したものにして、信頼できる情報の生産を保証する状態に緊急に回復する必要があります。これは本質的にコストがかかるものです」
「経済的独立がなければ、自由な報道は存在しません。ニュースメディアが財政的に苦境に立たされると、質の高い報道を犠牲にして視聴者・読者を獲得する競争に巻き込まれます」
日本でも同じ状況が出現している。
ネットメディアやYouTube番組の隆盛に伴って、数の奪い合いがかつてないほど激化。右肩下がりの新聞、雑誌、テレビもそこに参戦している。「今、何の話題が数字を取れるか」がメディア業界に従事する人たちの最大の関心事だ。
当然、取り上げるテーマは重なってくる。競争で勝つためには、刺激と発信量が必要だ。取材は効率が悪いからしない。扇情的な言葉や映像を群衆に投下することに腐心する。もはや報道とは言えないほど質が低下していくーー。
結局、どのメディアも運営が財政的に苦しいのだ。ペンが剣と闘う以前に、パンに負けている。
多数を獲得しようという競争は、ジャーナリズムとは相容れない。ジャーナリストは、苦境にある少数派の側に立つからだ。ほっとかれている人を「ほっとけない」のがジャーナリストだ。私はそう思っている。
誰かの欲望を満たして得る対価で活動を続けていると、ジャーナリズムは死に絶える。
ジャーナリズムが死ねば、ビジネス体としてのメディアも信頼を失って早晩滅びる。法律で受信料を徴収できることになっているNHKは生き残るだろうが、そんなことでいいのだろうか。
誰がジャーナリズムを支えるコストを負担するのか。メディア業界の人だけではなく、良質な報道を必要とする全ての人が、当事者として考える時が来ていると思う。
国境なき記者団のwebサイトより
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