批判相手に質問状を出す際、Tansaでは回答を事前に予想する。反論や肩透かしに対し、次のステップを準備しておくためだ。大抵、予想は当たる。
だが久しぶりに「まさか」という予想もしない回答が返ってきた。ダイキン労組の回答だ。ダイキン淀川製作所で、PFOA製造に従事していた労働者が間質性肺疾患を患っていることについて、Tansaが労組としての責任や今後の対策を問うていた。
「会社の広報に確認いただければと思います」
労組の役割は、働く人の命と健康を守り、待遇を改善するために会社の経営陣と対峙することだ。会社の広報に丸投げしてどうする。
日本の労働組合は、企業ごとに組織化されている場合がほとんどだ。労組の組合員にはその会社の社員しかいないので、人事処遇など社員の生殺与奪を握っている経営側が強い。構造的な欠陥がある。
だが構造的な欠陥だけだろうか。多くの社員が「会社は自分のことを考えてくれていて、守ってくれる」という心情を抱えてはいないか。陰では会社の悪口を言っていても、「じゃあ、辞めれば」とこちらが言うと、会社を擁護し、自分が会社にとっていかに重要な人物かを語り出す。こんな人は多い。特に大企業の社員に多い。
しかし、それは幻想だと思う。
私が2016年に朝日新聞を退社する際、所属長に退職届を出したら「ファイナルアンサー? 」と尋ねられた。慰留でもするのかと思いきや、違った。
彼は私の退職理由を気にしていた。所属長に対する不満が理由だと、自身の社内での立場が悪くなるから心配しているのだ。「そういうことですか」と聞くと、彼は素直に頷いた。私は苦笑し「所属長の責任は関係ない。自分自身が目指すことがあってのことだから、編集局長なり人事部なり必要なところに早く退職届を持っていってください」と告げた。退職面談はすぐに終わった。
こんなもんだ。自分が会社を辞めたところで、会社は何事もなかったかのように回っていく。
会社が一社員に真剣に向き合う時は、その社員が内部告発者である時くらいだ。これまで数々の内部告発者と付き合ってきたが、会社の告発者に対する仕打ちは苛烈そのもの。裏切り者扱いし、退職せざるを得ないところまで追い込んでいく。
会社を全否定しているわけではない。自分が所属する組織に誇りを持つことは何も悪いことではない。
だが会社に忠誠を誓い、身を委ねてしまうことは危険だ。働く人に必要なのは、会社への忠誠ではない。職業への忠誠、社会への責任、そして同僚への思いやりだ。
PFOA製造に携わり、間質性肺疾患になったダイキン職員は言っている。
「症状を会社に訴えたら、僕、クビになるんかな」
被害者にこんなことを言わせていいのか。会社の責任であるだけではなく、会社に付き従って安穏としている社員たちの責任だ。

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