新聞記者をしていた時、部下の私にいつも敬語で話す上司がいた。「渡辺さん、原稿のこの箇所はもうちょっと説明が必要ではないでしょうか」。こんな感じで話してくる。
私はいつも現場を駆け回り、「オモロイ話を獲ってきたで !」と勢い込んでくるタイプだが、彼は違った。考えに考え抜いた結果、言葉を絞り出してくる。哲学者の佇まいだ。
彼と連載に取り組んだことが、私のジャーナリストとしての大きな糧となった。例えばこんなことがあった。
私はインパクトを重視し、初回に派手な話を持ってこようとした。しかし彼は「面白ければいいのですか。社会を変えようと思えば、読者に深く理解してもらうことが大切です」。初回を含め連載の前半は、読者にそのテーマの基礎知識を吸収してもらうことを重視したラインナップにした。
私の個性を生かすこともちゃんと心に留めていた。連載が後半に入っていく前、「さあ渡辺さん、ここからは自由演技です」と書かれたメールをくれたのが忘れられない。
私が会社を辞める時、中華料理店で2人だけの送別会をしてくれた。ジャーナリズム精神を失った社の姿勢を踏まえ、彼は言った。
「普通、こんな会社辞めますよねえ。私も状況が許せば渡辺さんのように挑戦したいのですが。陰ながら応援しています」
彼は会社を辞めることができない経済的な事情があった。その日は送別会ということでご馳走してくれたが、普段は外食もなかなかできない。お昼は自分で作ったおにぎりをラップに包んで持ってきていた。
その後Tansaを創刊し、いろんな人から「陰ながら応援しています」という言葉を、幾度となく聞いてきた。同業者に言われることもあれば、寄付をお願いに行った先で言われたこともある。
Tansaの活動を進めるのは困難だらけ。いつの間にか「何だよ、陰ながらじゃなくて表でしっかり応援してよ、リスクを取らないと何も変わらないんだから」と思うようになっていった。特に同業者は闘うことを忘れ、安全地帯で保身に汲々としていることが多い。ジャーナリストなのか会社員なのかはっきりしろ、と言いたくなることもしばしばだ。
だが最近、ふと当時の上司のことを思い出した。私はハッとした。人それぞれ、経済的な困窮や健康不安、家族関係など様々な事情を抱えていて、その深さは外からは窺い知れない。センシティブな事情であればあるほど、他人には分からないだろう。
「応援している」と言ってもらえること自体、どれほどありがたいことか。中華料理店でのお別れ会で、上司に抱いた心境に立ち戻ろうと思う。

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