編集長コラム

「3中」の末路、「The Story」の可能性(167)

2025年06月28日18時37分 渡辺周

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朝日新聞の角田克社長・CEOの言葉に、強い違和感を覚えた。東洋経済のインタビューで、「どのようなメディアでありたいか」と聞かれ、こう語っている。

「私は『3中』と言っているが、中心的メディア、中立、中庸でありたい。とくに中心的メディアでありたいと思っていて、そのために中立、中庸が必要になる」

なぜそう考えるのか。

「えてして、朝日新聞の記事は記者の取材の中に主張が入り込むような形で、これまでいくつか失敗してきたというのが私の認識だ。今の人は、『朝日新聞の意見はいいよ』『ほかにこのテーマに対してはどんな意見があるの? それは自分が決める』というのが、メディアに対する視線だと思う。そういうときに強い主張を繰り返していくと、次世代の人たちに親しまれるメディアにはなれない」

私には、角田氏が「嫌われたくないから意見は持たない」「当たり障りのない記事でみんなに好かれたい」と言っているようにしか思えない。

意見を持って何が悪いのか。理不尽な目に遭っている人の役に立ちたい、社会を変えたい。そういう思いがあってこそ、ジャーナリストであり報道機関だ。私たちはAIではない。

そもそも、中立、中庸の記事などない。「私はこう思う」と書かなかったところで、森羅万象の中で特定のテーマを選んで取材する。取材した内容を全て報じるのではなく、さらに選ぶ。その時点で記者と報道機関の主観が入っている。

重要なことは、主張の根拠となる事実が十分にあるか、取材は尽くしたかということだ。中立であることではない。

「3中」のような考え方は、朝日新聞の角田氏だけが持っているわけではない。日本の新聞社やテレビ局の社員に蔓延している。そこに、私は危うさを感じる。

「3中」に縛られている人たちは、角田氏が言う「今の人」たちからどう見られているかに鈍感だ。多くの人たちは、新聞やテレビが「中立」だとは思っていない。「権力寄り」だとみている。

安倍政権下で消費税が10%に上がった時、なぜ軽減税率の8%を適用されたのは食品以外で新聞だけだったのか。記者クラブの記者たちはなぜ、冤罪を招くような警察や検察のリーク情報で報道合戦をするのか。枚挙にいとまがないが、このような行状が「権力寄り」だと捉えられているのだ。

読者・視聴者の見方と距離があるまま、中立、中庸であろうとする。自分の感情を殺し、世間の反感を買わないよう神経をすり減らす。萎縮の連鎖を断ち切らなければ、新聞やテレビは早晩、自壊する。

6月26日、「これだ!」と思ったことがあった。Tansaの各シリーズを動画で解説する「The Story」が始まったのだ。

この企画の立ち上げに、私はタッチしていない。3月に毎日新聞からTansaに加入した千金良航太郎が主導した。千金良が、辻麻梨子、中川七海とともに撮影部屋に向かう背中を、私は眺めていただけだ。

中身も良かったが、嬉しくなったのは「The Story」というタイトルだ。

私たちは無味乾燥な情報の運び屋ではない。「性暴力を画像で拡散し金儲けするなど絶対に許さん」とか「公害で住民を苦しめる大企業とはとことん闘う」とか、それぞれの思いを、地べたを這って得た事実に込める。ストーリーとは、血肉が通った事実で構成されたものであり、だからこそ読者・視聴者の心に届く。

すべては、個の思いから始まる。

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