「記憶にございません」という言葉を、報道機関の幹部から聞くとは思わなかった。しかも法廷で。
共同通信の常務理事、江頭建彦氏のことだ。昨日の「『記憶にございません』法廷で繰り返した共同通信・江頭建彦常務理事 長崎新聞への謝罪根拠を問われ/9月26日に元福岡支社長が追加で出廷へ」で詳報している。
江頭氏の証人尋問が終わり休憩に入った時、彼は法廷を出た。「トイレに行くのではなく、このまま帰るな」と直感した。普通に考えたら、法廷に残って原告の石川陽一氏の証人尋問も聞く。共同通信が元社員から訴えられているのだから、裁判の行方が気になるはずだ。だが、江頭氏の目には精気がない。このめんどくさい場所からさっさと引き揚げよう。そんな雰囲気を醸し出していた。
江頭氏を追いかけ、声をかけた。
共同通信はTansaに散々、批判されている。批判相手を直撃する場合、相手は睨んできたり不機嫌になったりすることが多い。だが江頭氏は物腰柔らかだ。足を止めた。
私の質問に対する応答は、「今は担当ではない」「裁判中なので」といい加減そのもの。このやり取りが、そのまま記事になると分かっているのか。こちらが心配になるくらいだった。
報道機関の幹部がこうだと、困るのは現場だ。取材相手にいい加減な態度をとられても、「あんたのところの偉いさんだって、『記憶にございません』と言っているじゃないか」と言われてしまう。
実際、私が駆け出しの記者だった20年前、同じようなことを取材先で言われたことがある。
当時の朝日新聞の社長は、秋山耿太郎氏。朝日で不祥事があったのに、記者会見を開いて説明責任を果たさなかったことがあった。私は取材先の市役所で「朝日の社長だって都合の悪いことがあれば記者会見を開かないんだから、ウチもこれからはそういう対応にしようかな」と言われた。
そりゃそうだと思った。相手を批判するならば、まずは報道機関が自らを律する必要がある。
秋山社長とは面識がなかったが、本人にメールを送った。「なぜ記者会見を開かないのですか。現場が迷惑します」と抗議した。
秋山社長からは「同じようなお叱りは他の社員の方々からもいただいています。今回は私の判断ミスでした。これからもご意見ください」と返信があった。
犠牲者に向けられた刃
共同通信が危機的なのは、社員から声が上がらないことだ。共同通信労組も動かない。
これは、江頭氏が常務理事という重職に就いていることよりも深刻だ。江頭氏だけの問題なら更迭すれば済む。だが組織の体質となれば、そうはいかない。
共同通信の加盟社である全国の地方紙も、沈黙を貫いている。Tansaが質問状を送っても無視を決め込んでいる。地方紙は、共同通信の理事会社として経営に参画している。理事会の会長は、西日本新聞会長の柴田建哉氏だ。法廷で共同通信の幹部が「記憶にございません」などと発言したら、猛然と怒るのが筋だ。
地方紙の骨のなさは、Tansa(当時ワセダクロニクル)の創刊時に体感した。
創刊シリーズは「買われた記事」。共同通信が、電通グループからの対価が伴う医薬品の記事を、地方紙に配信していたという内容だ。本来なら広告なのに、一般記事に見せかけた「ステルス・マーケティング」だ。
創刊前に、気骨がありそうな有力地方紙8社の編集局長や役員を訪ねた。「買われた記事」をリリースしたら、加盟社として共同通信に抗議し、二度と同じことをさせないでほしいと思ったからだ。
ほとんどの幹部が「それは酷い話だ」と私の話に共感してくれた。何人かとは飲み交わし、ジャーナリズムについて語り合った。
ところが記事をリリースしても、8社は沈黙した。そんなはずはないと思って連絡しても無視。携帯に電話しても出ない。
酒を飲んで語り合った何人かはその後、出世して社長になった。
私は、自分が無視されたから腹を立てているのではない。犠牲者が無視されていると思うから怒りがつのっている。
「買われた記事」では、対象を医薬品の記事に絞った。命と健康に関わる医薬品の記事に、製薬会社の思惑が反映する土壌をなくしたかったからだ。
ある父親は、難病の娘に効く薬を新聞記事で知ったと、記事の切り抜きを医師に持って行った。その薬を処方してもらったが、副作用で娘は命を落とした。創刊前で組織の形もない私たちの取材に応じてくれたのは、二度と娘と同じ犠牲者を出したくないという思いがあったからだろう。
江頭氏の「記憶にございません」という発言、それを黙認する社員や地方紙に対してもそうだ。私が批判するのは、犠牲者を無視していると思うからだ。
考えてみてほしい。
ある日、高校2年生がいじめを苦に自死する。その後、学校、行政、地元紙の長崎新聞がもたれ合う。その構図を共同通信の記者が批判したら、今度は共同通信が長崎新聞を守るため記者を追い込む。保身に走る者たちの頭の中に、自死した高校生の存在はない。
挙げ句の果てには「記憶にございません」と、とぼける者まで出てくる。これは、単に法廷で質問されたことへの言葉ではなく、少年がいじめを受けて自死した事実を切り落とす刃だ。私にはそう思えてならない。
共同通信と地方紙の皆さんは、それでも沈黙しますか?

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