編集長コラム

暴力が入り込む隙(177)

2025年09月13日12時11分 渡辺周

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テロを起こした人物と酒を飲んだことがある。取材の一環だ。

イメージとは裏腹に、相手はいたって陽気で社交性がある。なーんだ、身構える必要なんてなかったと安心した。

ところが、ある話題がその人物の心の地雷を踏んだ。一瞬にして目つきが変わった。獲物を狙うヘビのような冷たい目だった。警戒を解いていた自分の甘さを、痛感した。

それまでも、「渡辺を殺してやる」という手紙が来たり、「銃を持って押しかける」と言われたり。脅されることはあったものの、いずれも迫真性はなかった。さほど恐ろしくはなかった。

だがその人物の目つきは、違った。実際に銃の引き金に指をかけた者の凄みがあった。

9月10日、米ユタ州のユタバレー大学で、政治活動家のチャーリー・カーク氏が銃撃され死亡した。カーク氏はトランプ大統領の当選に貢献した人物で、右派の若者に人気があった。ユタ州出身の22歳の容疑者が拘束された。

この事件が「対岸の火事」でないことは、安倍晋三元首相が射殺された事件や、岸田文雄前首相が爆弾を投げられた事件でも明らかだ。

人の命を奪おうとするのだから、大抵、強い動機がある。その動機には、虐げられて募った無念や、大切な人が苦しんでいる状況を変えたいという気持ちがある場合もある。

しかし理由が何であれ、私は暴力には絶対反対だ。社会を恐怖が支配するようになるからだ。その萎縮効果は、日本特有の「同調圧力」の比ではない。

日本が破滅的な戦争への突入していく過程が、そうだった。

満州事変の翌年の1932年、「血盟団事件」が起きた。右翼青年たちが「一人一殺」を掲げ、大蔵大臣を務めた井上準之助と三井財閥の團琢磨を殺した。

2カ月後には、海軍の青年将校たちが、犬養毅首相を暗殺。政党政治が絶え、軍部が跋扈する時代に入った。

1936年、今度は陸軍の青年将校たちがクーデターを起こそうとした。2・26事件だ。大蔵大臣の高橋是清や内大臣の斎藤実ら9人を殺害した。

それぞれに言い分はあった。2・26事件を起こした青年将校たちは、娘の身売りが横行する農村の窮乏に心を痛めていた。

しかし暴力に対する恐怖が、言論の自由を奪った。その結果、軍部に逆らえる人が政治家、メディアの中で激減し、日本は国が破滅するまで戦争をやめられなかった。戦争という最大の暴力が、国内外におびただしい犠牲者を出した。

思想信条の垣根を越え、一致団結して暴力を憎む。それができているだろうか。自分と対立する考えを持つ人が暴力の犠牲になった時、「自業自得だ」などと心のどこかで思っていないだろうか。

隙を見せれば、暴力はあっと言う間に社会を席巻する。

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