30代後半のAさんは、私に不安そうに聞いてきた。
「渡辺さん、Bさんを見かけませんでしたか? 姿が見当たらなくて」
2009年の夏。名古屋市内の公園で、カレーライスの炊き出しが行われていた時のことだ。
AさんとBさんは、派遣労働者として自動車工場や警備会社を転々としながら働いていたが、リーマンショックを機に「雇い止め」に。私は職を失った派遣労働者たちの取材をする中で、彼らに出会った。
彼らは、滋賀県内で警備員として働いていた時の同僚だった。そこは「手配師」に紹介された職場だったが、1日8時間7000円と聞いていた給料が、なぜか5600円。3000円の日もあった。2人で夜逃げして名古屋に来た。
AさんとBさんは、昼間は職探し。夜はネットカフェやサウナで寝泊まりしていた。いつも一緒で、お互いが心の支えに。カレーの炊き出しの際、Bさんの姿が見えなくなってAさんが不安になったのはそのためだ。
Bさんは、炊き出しの列から少し離れたところにいただけだった。あの時のAさんのホッとした表情が忘れられない。
「トヨタ自動車のお膝元だから仕事があるのではないか」。彼らはそういう期待を持っていた。
だが仕事はなかなか、見つからない。面接を受けても、自分よりも若い人から仕事が決まる。事情をよく知らない実家の母親から、Aさんの携帯に電話がかかってきたことがあった。「仕事は大丈夫なん。ご飯はちゃんと食べてるのん」と聞かれた。
「何とかやってるで」。そう答えて安心させた。
空騒ぎの自民総裁選
トヨタがあるから仕事があるのではないか。Aさんのように考えて名古屋に来た人は、取材をしていると多かった。
だが皮肉なことに、派遣労働者たちの受難は、トヨタの奥田碩会長が経団連の会長を務めたことに原因がある。経団連が自民党に、製造業の派遣労働解禁を働きかけたのだ。奥田氏は「企業が強くならなければ、個人の生活も、日本の経済も決して良くはならない」と言った。要は景気が悪くなった時に、派遣労働者を「使い捨て」にできるようにしようということだ。
2004年、製造業での派遣労働が解禁された。この年の自民党への企業献金額トップは、トヨタで6440万円。トップ10は全てメーカーだった。自民党は、とっくの昔に大企業の御用聞きに成り下がっていた。
今日投開票の自民党総裁選には、5人が立候補している。ところが、誰も企業団体献金の禁止を言わない。引き続き大企業の御用聞きに徹し、党としての延命を図ろうということだ。「政治は誰のためにあるのか」という議論が欠けたまま、空騒ぎしている姿は醜悪でさえある。
企業団体献金を禁止し、大企業の意向に反しても非正規雇用を減らす政策は必須だ。給付金のバラマキや減税が実施されたとしても、正社員として働かない限り、生活苦の根本的な解決にはならないからだ。
恐ろしいのは、生活苦で募る不満が外国人排斥に向かうことだ。日本に来る外国人が増えることと、日本人の生活苦とは何の関係もない。怒りの矛先は、外国人ではなく自民党と大企業の癒着にこそ向けるべきだ。
「そっちじゃなくて、こっち!」と言いたい。

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