編集長コラム

『非常戒厳前夜』からの伝言(181)

2025年10月11日12時51分 渡辺周

ニュースタパに強制捜査で入ろうとする検察官に対し、一致団結して抗議するタパのメンバー(ニュースタパ提供)

韓国のニュースタパ(打破)が制作した映画『非常戒厳前夜』が、日本で公開中だ。

監督はタパの創設者、キムヨンジンさん。私はキムさんと2014年にサンフランシスコへの出張で出会って以来、交流を続けている。Tansaを立ち上げる際、ソウルでマッコリを酌み交わしながら、背中を押してくれたのもキムさん。この道の先輩だ。

『非常戒厳前夜』は、ユンソンニョル前大統領とタパとの闘いを描いている。

2023年9月14日、ソウル中央地検特別捜査チームがタパの強制捜査に着手した。タパには20人の検察官らが捜索令状を示して、オフィスに入っていった。担当記者の自宅にも、彼が子どもを学校に送っていこうと家を出た瞬間に検察官ら8人が踏み込んで来た。

韓国大統領選3日前の2022年3月6日、タパはユン氏が検事だった時代に、都市開発をめぐる融資ブローカーへの捜査を行わず容疑を揉み消したと報じた。ソウル中央地検は、この報道が虚偽で名誉毀損にあたるという理由で強制捜査を行なった。

ユン大統領とその取り巻き政治家たちとの闘いに、タパは決して屈しなかった。冒頭の写真は、タパのメンバーが検察官たちを前に、一致団結して抗議する場面だ。

ソウルへの出張がこの9月末にあり、キムさんらタパのメンバーと、3軒はしごして飲んだ。『非常戒厳前夜』は、権力と闘うジャーナリストの息づかいが聞こえてくるような素晴らしい映画だと感想と伝えた。ジャーナリズムとは何か、キムさんと深い話をするにつれ、この映画には三つの大切なメッセージが込められていると感じた。

①ジャーナリストは同業者間で競争などしている場合ではない。

政治・経済権力にしてみれば、ジャーナリストたちが互いに競争してエネルギーを消耗してくれる方がありがたい。ジャーナリストは協力し、結集したエネルギーを権力との闘いに向ける必要がある。

②ジャーナリストが覚悟を決めれば、市民が応援してくれる。

強制捜査後、タパを市民が激励した。以前タパのメンバーに聞いたところによると、市民からはメッセージだけでなく、海苔巻きやお菓子、栄養ドリンクも届けられた。寄付者は1日で100人増えた。

③市民もまた、暴走する権力と闘う主役である。

映画のタイトルは『非常戒厳前夜』。戒厳令の前のタパの闘いがメーンだか、実際に戒厳令が出た時、市民は即座に結集して反撃。あっという間にユン大統領を押さえ込んだ。

「0からの足し算」を意気に感じる人たち

日本はどうだろう。戒厳令は出ていないが、とっくに権力機構は暴走中。国が壊れていると思う。

安保3文書も原発再稼働も安倍晋三元首相の国葬も、国会そっちのけ。大臣だけの閣議決定で決めてしまう。自民党と連立を組んできた公明党を「ブレーキ役を果たした」と評価する論調もメディアでみられるが、ブレーキがあったらこんなことにならない。そして壊れた車には、世間の歓心を買うため「奈良公園の鹿を外国人観光客が蹴り上げている」と公言する自民党総裁が乗り込もうとしている。

このような権力機構に対し、伝言①の「ジャーナリストは同業者間で競争などしている場合ではない」には、残念ながら反した状況だ。ほとんどのメディアの記者は、同業他社との競争に心身をすり減らしている。権力に意識が向かない。

しかし、②の「ジャーナリストが覚悟を決めれば、市民が応援してくれる」と③の「市民もまた、暴走する権力と闘う主役である」には、手応えを感じている。

Tansaが国を提訴した「安倍晋三国葬・公文書隠蔽裁判」が好例だ。

国を相手に裁判を仕掛けることは、覚悟が必要だ。テーマが、権力の中枢による重要文書の隠蔽工作だから、相手も本気になる。

Tansaは覚悟を決めた。すると、市民が応援してくれるようになった。毎回、東京地裁の大法廷で開かれる裁判は傍聴席が埋まる。Tansaの応援をしてくれている人がほとんどで、雰囲気は完全に「ホーム」。裁判長もノリノリで被告の国を追い詰めている。「国のキーパーソンが浮かび上がりつつある」と、早期の証人尋問を原告に勧める裁判官などみたことがない。

応援だけではない。先日の第4回口頭弁論後、Tansaの弁護団と報告会を開いた際は、市民も権力の暴走と闘う主役だと実感できた。「なぜマスコミの記者は傍聴に来ていないのか」、「内閣法制局が職務を果たしていないのではないか」、「日本では三権分立が機能していないではないか」ーー。核心を突いた質問が、絶え間なく寄せられたのだ。ああいう質問は、当事者として考え抜いていないと出てこない。報告会後も会場を後にせず、私に質問に来る人たちがしばらく続いた。

韓国に比べれば、日本の市民社会はまだまだ熱量が小さいかもしれない。

しかし、100からの引き算ではなく、0からの足し算を意気に感じる人は確実にいる。増えてもいる。

この10年、当初はタパのキムさんと会うと「いやー、日本で非営利独立の探査報道組織を続けるのは大変だ」と言っていた。だが最近は、「手応えが出てきた」と自信を持って言っている。

キムさんは、今年3月にニューヨークタイムズがTansaを取り上げた記事を読んで、メッセージをくれた。

「Tansaが力強く活動を続けていることを心から嬉しく思います。ニューヨーク・タイムズはあなたの活動を素晴らしく紹介していましたね。特に記事中のあなたの『決して屈しないメディアの存在が、これまで以上に必要とされるでしょう』という言葉が私の心に深く響きました」

キムヨンジンさん(左)と渡辺周=2019年3月8日、ソウルの酒場で

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