編集長コラム

媚びてどうする(184)

2025年11月01日16時23分 渡辺周

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高市早苗首相が、ドナルド・トランプ大統領を「接待」するニュースを見ていて、ゲンナリした。トランプ大統領をノーベル平和賞に推薦すると伝えたり、金のゴルフボールを贈ったり。そこまで媚びるか。

だが高市首相が特別なわけでもない。自分より権力を持つ人に媚びる。そんな人たちは古今東西たくさんいる。

労働組合「関西生コン支部」が提訴していた国賠訴訟で、東京地裁が黙秘権すら認めない判決を出した。検察の主張をそのままなぞった。大寄麻代裁判長もまた、検察、そして背後に控える政治権力に媚びたとしか思えない。関生支部の湯川裕司委員長が「弱い立場の人のため、これからもあきらめず闘う」と言ったのとは対照的だ。

マスコミもまた、媚びることに慣れきっている。高市首相のトランプ大統領への「おもてなし」を外交成果として称賛したり、関生支部への東京地裁の判決を無批判に報じたりしたのはそのためだろう。

私が本格的な媚びへつらいの現場に初めて遭遇したのは、20年前のことだ。私は2カ所目の赴任地として、朝日新聞の阪神支局で記者をしていた。

1987年5月3日、阪神支局に散弾銃を持った犯人が押し入って来て、小尻知博記者を射殺、犬飼兵衛記者に重傷を負わせた。犯人は不明のまま2002年に時効を迎えた。鈴木規雄編集局長は時効の日の紙面で、「私たちに時効はない。脅しには屈しない」と書いた。だが時効後は、社を挙げて取材するようなことはなかった。時効後まもなく阪神支局に赴任した私は、「なんだ、犯人を突き止める取材を朝日としてはしてないじゃないか」と拍子抜けした。

セレモニーはあった。毎年5月3日は、阪神支局に朝日新聞の重役たちがやってきて追悼した。

これが、醜悪だった。

小尻記者への献杯を朝日放送が撮影した後は、そのままその場で飲み会に。部長は局長に、局長は役員にという具合に酒をついで「媚び売り合戦」が始まる。私たち支局員は、ビールをせっせと運ばされる。飲むなら外に行って飲めばいいのに、その場で飲む。

会場には、小尻記者の血に染まった原稿が展示されているショーケースもあった。その上に、ビールを残したグラスを置いたまま帰った幹部もいた。

小尻記者は29歳で、未来を絶たれた。妻と2歳の娘がいた。ジャーナリストとしてやりたい仕事もあっただろう。対外的にはジャーナリズムへの挑戦として事件について発信する一方、裏では自分たちの出世を目指して媚びている幹部たち。私は自宅に帰った後、なかなか眠れなかった。

当時の私の日記に、次のように書いてある。

「初めて決意を強くした。何か隠してるんか、それともよっぽど堕落した集団なのかは知らないが、酒を食らい単なる同窓会と化しているオッサンとその予備軍を見て『こりゃ自分でやるしかない』と思った。二次会が終わり偉いさんたちが帰った後、支局長が『今日はみんなありがとう』と言った時は何で感謝されてるのかよく分からなかった。要するに『接待は成功した』という意味らしい」

私は今も、事件の真相を明らかにするため取材している。ジャーナリストとして、しっかりカタをつけるつもりだ。

媚びて短期的には得をしても、いつかは必ずしっぺ返しがくる。信頼を失うからだ。媚びるところを冷ややかな目で目撃している人が、周囲にはいることを忘れるべきではない。

首相官邸ホームページより

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