山上徹也被告が12月4日、法廷で安倍昭恵さんに謝罪した。初めて遺族への謝罪の言葉を口にしたと、マスコミ各社が報じている。
命を奪った以上、遺族に謝罪するのは当然だろう。山上被告は「安倍昭恵さんをはじめ、安倍元首相のご家族に何の恨みもありません。殺害したことでつらい思いをさせてしまったのは間違いない。私も肉親を亡くした経験があるので」と語った。
だが、山上被告には誰が謝罪するのか。
母親が旧統一教会に多額の献金を続ける中、山上被告と妹は「2人で児童養護施設に逃げれば生きていける」と思い詰める。学校や行政がその状況に気づいて、救いの手を差し出すことはなかった。
希望ある未来は全く描けない。高校の卒業アルバムでは、将来の夢を書く欄に「石ころ」と記した。
2015年には兄が自死した。山上被告は一晩中、遺体の横で「俺のせいだ」と泣いた。
母親は法廷で「徹也は本当は優しい子です。私がちゃんと対応できていたら事件は起きなかった」といい、「てっちゃんごめんね」と謝罪した。
しかし、母親が山上被告に謝罪すれば済む話ではないと思う。それに、結局のところ我が子より旧統一教会を優先した。謝罪の気持ちは本心だろうが、山上被告はどう受け取っただろうか。
必要なのは、山上被告を絶望させたことに、家族以外の人たちが謝罪する気持ちを持つことだと思う。
家族だけでは解決できないから、教師や公務員、福祉従事者や弁護士、ジャーナリストらが存在する。広く捉えれば社会がある。家族という空間は誰にとっても幸福に満ちているわけではない。地獄と化していることが往々にしてある。地獄で苦しんでいる人がいれば、社会から救出に向かう必要がある。
「無力感でいっぱいだよ」
山上被告側の証人として法廷に立った、山口広弁護士のインタビューが朝日新聞に掲載されていた。山口弁護士は、全国霊感商法対策弁護士連絡会の代表世話人。全国弁連が結成された1987年から、旧統一教会の被害者救済に取り組んできた。インタビューで次のように語っている。
「宗教2世に対するケアや対策をもっと早くやっていれば、事件は防げたのではないか。2世の問題がかなり深刻だという話題は、全国弁連では出ていました。悩んでいる2世の方々が気楽に相談できる窓口を作っていれば、一緒に対策について考えたり、相談に応じたりできたでしょう」
法廷で証言したのは、「わびの気持ち」があったからだという。
「人を殺すということは決して許される行為ではないと思いますが、山上被告がその窓口にアクセスしてくれていれば、ああいうことはしなかったのではないかという気持ちがあります。対策が不十分だったことについてわびの気持ちを込めて、どんなにしんどくても、証言をしなければいけないと思いました」
2006年、全国弁連の弁護士や牧師ら旧統一教会の被害者救済を取り組んでいる人たちの会合が大阪で開かれ、取材で参加したことがある。
あの日のことは、日記に書いている。
いっぱい飲んでいっぱい話したが、山口弁護士の言葉がずしっときた。
「あの時青年だった我々は、もうおじさんですよ。これだけ一生懸命やっても統一教会はびくともしない。最近は心底悩む。無力感でいっぱいだよ」
16年後、山口弁護士に無力感を抱かせた旧統一教会に、大打撃を与えたのは山上被告だった。
自分たちがもっとしっかりやっていたら、事件を防げたのではないか。山口弁護士たちは一生懸命に被害者救済に取り組んできたが、それでも「わびの気持ち」を込めて法廷で証言した。
19年前の日記には、弁護士1年目のAさん、検事に任官予定のBさんと私が握手したことも書いている。それぞれ職種は違っても、統一教会の被害者をなくすために頑張ろうという握手だった。
私もまた、山上被告に謝罪しなければならない一人だ。

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