編集長コラム

逆境でユーモアを(193)

2026年01月03日11時14分 渡辺周

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大学生や市民に、労働組合「関西生コン支部」への刑事弾圧について話をする機会がちょくちょくある。関生支部ってどんな組織か。そのことを知ってもらうため見せるのは、西島友子さんのインタビュー動画だ。

友子さんは保育士。自身も関生支部の関連労組に入っている。夫で関生支部組合員の西島大輔さんが逮捕された。「インタビューは夫だけで」と言われたが、こちらが「ぜひ友子さんに語ってほしい」とお願いした。

カメラを向け、合図とともにインタビューが始まると、圧巻だった。辛い体験を語るのにしんみりするかと思いきや、よく笑うのだ。

早朝にいきなり自宅にズカズカと入ってきた大阪府警。ここでシュンとしたら負けだ。わざとふざけた感じで捜査員に尋ねた時のことを、ゲラゲラ笑いながら再現した。

「荷物は全部持っていかなくていいんですか? 」

「これは置いていっていいんですか? 」

「あれも入れておきましょうか? 」

「何か要りますか? 」

「荷物持ちましょうか? 」

「写真撮ったらダメですか? 」

「えっ? 手錠をつけて出ないんですか? 」

家宅捜索が終わり、いよいよ夫が連行される時は、「楽しんでおいでやー! なかなか出来ひん経験やでー!」と送り出した。このエピソードもおかしくてたまらないという感じで、笑いながら語った。

もちろん、本当に楽しい体験をしたわけではない。夫がある日突然、警察に逮捕されるというのは修羅場だ。

それでも小学生の息子2人の前では、気丈に振る舞わなければならない。長男は自分なりに弾圧のことを調べて「父ちゃんは悪くない」という結論に達した。母親の自分がメソメソしてどうする。そんな気持ちだったという。

関生支部を取材していると、「よく笑う人たちだなぁ」と感心する。逆境にあっても、ユーモアを忘れていない。

昨年11月、委員長の湯川裕司さんへの控訴審判決が大阪高裁であった。一審の大津地裁では恐喝が認定され、執行猶予なしの懲役4年。これに対して大阪高裁は、恐喝は無罪と判断し実刑はなくなった。

もし大阪高裁でも実刑判決が出ていれば、そのまま勾留される可能性が高かった。湯川さんはその時に備えて「お泊まりセットを用意せなあかんのですわ」と言っていた。湯川さんは644日の勾留を経験している。はらわたが煮えくりかえっているはずなのに、「勾留」を「お泊まり」と言い換えて冗談が言える。

大阪高裁の判決の後、湯川さんが「お泊まりセット使わずに済みましたわ」と笑顔で中身を見せてくれた。

部活動の学生が使うようなスポーツバッグに、防寒のための衣類や腰痛防止グッズ、勾留中の退屈しのぎに読む本が何冊か入っていた。本は、猪木啓介さんが著者の『兄 私だけが知るアントニオ猪木』(講談社)や、私が執筆した『消えた核科学者』(岩波書店)があった。なんだか嬉しかった。

「1、2、参政党!」に腹が立っても

探査報道は、「怒りのジャーナリズム」と言われる。理不尽と闘うのだから、当たり前だ。怒りは原動力であり、怒れない人は探査報道には向いていない。

だがギリギリの闘いの中に身を置く人こそ、ユーモアを大切にしていると思う。

2年に1回、開催国を変えて開かれる「世界探査ジャーナリズム会議」には、毎回1500人のジャーナリストが集まる。探査報道を手がけているジャーナリストたちだ。政治権力や犯罪組織、大企業と闘っている。暗殺や投獄の危険と隣り合わせのジャーナリストたちも多い。厳しい闘いの渦中にあるが、みんなユーモアにあふれ、よく笑う。実に明るい。会期中の最後の夜は、パーティーで踊りまくる。

Tansaのメンバーも普段からよく笑う。「何とかせねば」という理不尽な事態を次から次へと取材し、その度に怒りが込み上げる一方で、ユーモアを大切にしている。

なぜ、ユーモアが必要なのか。

一つは、怒ってばかりでは自身の精神がきしんでく。例えばTansaのような小さなチームでは、1人が複数のテーマを同時並行で取材するから、意識してユーモアを持つようにしないと、知らず知らずのうちにコップの水があふれる。

もう一つは、怒りしか身にまとっていない人の言葉は、これだけ分断が進んだ社会では届かないということだ。

昨夏の参院選。参政党の集会では排外主義に怒る人たちが抗議していた。すごい剣幕で参政党の支持者たちを威圧していた。気持ちはわかる。「1、2、参政党!」と支持者たちが声を合わせた時、私も腹が立って仕方がなかった。

だが参政党の支持者たちには、怒りに満ちて抗議する人たちの声は届いていなかった。「うるさくて怖い人たち」として無視しているようだった。神谷宗幣代表も「参政党にイチャモンをつけるアンチなどへっちゃらだ」というスタンスを見せることで、支持者たちの結束を固めていた。

2026年、政治経済権力は、社会の分断にますますつけ込んでくる。民主主義社会にとっては逆境だ。

だからこそ必要なのは、ユーモアを持とうとする心だと思う。ユーモアには、精神の疲弊を癒す力と求心力がある。

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