2006年、朝日新聞の阪神支局で記者をしていた私は、「戦争のこと 若い人たちへ」という聞き書きの連載をした。大人として戦争を経験した人たちが健在なうちに、しっかり話を聞いておこうという趣旨だ。
三宅梢さんの話が今も心に留まっている。
1941年12月8日、三宅さんが長男を連れて伊丹市の自宅近くにある稲野神社の前を通りかかった時のことだ。ラジオ放送が聞こえてきた。
「帝国陸海軍は米・英軍と戦闘状態に入れり」
足が震えた。「何でそんな大それたことをするの。勝てると思ってるんやろか」
その年の4月、外務大臣の松岡洋右が日ソ中立条約を結んできて、空港で得意そうに手を挙げている写真を新聞でみた。「ソ連にだまされているんじゃなかろうか」と直感した。夫は日中戦争で戦地に行き、足に銃弾が貫通。負傷して帰ってきたが、中国との戦争が長引いている。すでに食糧不足が始まり、近くの土手に豆や芋が植えられていた。こんな状態で、アメリカ・イギリスと戦争をして勝てるわけがない。
だが国民は熱狂した。
岡山の夫の実家に食べ物をもらいに行ったら、義父が「また勝った」と喜んでいた。三宅さんが「こんなことしてたら危ないよ」と言っても、逆に「何でじゃ」と怒られた。
戦況が悪化し、1945年3月13日には大阪空襲があった。身ごもっていた三宅さんは、空襲を見ていたら気持ち悪くなった。予定日より2カ月早い。空襲警報が出ていて火が使えないので、夫が七輪で湯をわかし自転車で産婆さんを呼んできた。この日に長女を出産した。
昭和天皇の玉音放送は自宅で聞いた。涙なんか出ない。ホッとした。「いらぬ戦争をしたものだ」と思った。
取材している間、三宅さんの話はよく脱線した。若かった頃の写真を持ってきて思い出話をしたり、息子さんの近況を語ったり。当時は駆け出しの記者で、いろんな仕事をやらされていたので、あまりゆっくりとはしていられない。参ったなぁと思いつつ、「戦争は絶対にしてはいけませんよ」と言う時の三宅さんの眼光の鋭さに引き込まれた。長居して話を聞いた。
ナイフを盗んだ生徒から先生への便り
根拠のない熱狂を、日本社会は戦後も繰り返してきた。
1980年代から90年代初頭にかけての「バブル経済」もそうだ。
土地の値段は上がり続けるという「土地神話」に酔いしれた。ちょっと考えれば、何かが永遠に上昇することなどあり得ないと分かりそうなものだが、熱狂した。
小泉純一郎氏が「自民党をぶっ壊す」と言って登場した時も、国民は熱狂した。「純ちゃんフィーバー」が起きた。
だが小泉氏は、自民党をぶっ壊したわけではなかった。大企業を守るために非正規労働者を増やし、市井の人たちの暮らしをぶっ壊した。
そして今また、高市早苗氏が「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」とか「日本列島を強く豊かに」とか言って、国民が熱狂している。「人」ではなく「列島」が豊かなるとか、ちょっと考えれば意味不明なことが多いが、熱狂の渦の中では言葉はただの音になる。根拠がないからこそ、人は熱狂するのかもしれない。
問題は、熱狂が犠牲者を出すということだ。
ハガキ道伝道者の坂田道信さんが、コラム「教員の仕事は教壇に立って教えることだ」で、戦前のある教師と生徒の話を書いている。『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(致知出版社)に収録されている。
熊本に徳永康起という小学校の教師がいた。徳永先生は、30代で校長になったが、「教員の仕事は教壇に立って教えることだ」という信条を持っていて、5年で校長職から一教員に戻った。
徳永先生は、行く先々で教師たちが敬遠している難しいクラスを受け持って、子どもたちを勉強好きに変える。子どもたちは授業の前に徳永先生を迎えに行き、騎馬戦みたいに担いで「ワッショイ、ワッショイ」と教室に連れていく。
工作で切り出しナイフを使う授業があった。徳永先生はその前日、児童たちにナイフを買ってくるよう言った。
翌朝、買ったばかりのナイフがなくなったと申し出る児童がいた。徳永先生にはどの子がナイフを盗んだか分かった。クラス全員を外で遊ばせておいて、その子の机を確認すると、持ち主のナイフがあった。
徳永先生は、すぐに近所の文房具店に行き同じナイフを買って、盗られた子どもの机の中に入れておいた。子どもたちが教室に帰ってくる。徳永先生が「もう一度ナイフを探してごらん」とナイフを盗られた子に言うと、「先生、ありました」。「むやみに人を疑うものじゃないぞ」。ナイフを盗った子は先生を見て黙って涙を流していた。
その後、日本は戦争をした。
ある日、ナイフを盗った子から徳永先生に遺書が届く。特攻隊員となっていた。遺書の書き出しには、こうあった。
「先生、ありがとうございました。あのナイフ事件以来、徳永先生のような人生を送りたいと思うようになりました。明日はお国のために飛び立ってきます」
「徳永先生のような人生を送りたい」と願った若者の命を奪ったのは、戦争の原動力となった国民の熱狂だ。私たちが依拠すべきは、熱狂ではなく、若者にこういう犠牲を二度と強いないという情熱ではないのか。

自民党のウェブサイトより
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