飛び込め! ファーストペンギンズ

31円の恩恵(1)

2022年08月09日16時05分 辻麻梨子

大学生の頃、親の反対を押し切り実家を出た。知人から特価で借りた西早稲田の1軒家で友人3人とルームシェアをしていたが、生活費を工面するためにアルバイトは必須だった。最初は居酒屋でホールの仕事をした。時給は1000円だ。しかし学業や就活もしなくてはならず、働けるのは週に3〜4回。月の収入は5〜6万円にしかならなかった。

やむを得ずガールズバーの仕事を掛け持ちした。基本時給は1200円で、客から酒をもらったり指名されたりすると100円〜1000円が加算される。遅い日は朝方の3時か4時頃まで働き、店から家まで30分歩いて帰る生活が続いた。客と話をするのは面白かったが、酔った相手に「ブスだな」と暴言を吐かれたことがあった。酒をたくさん飲むので体もきつかった。 

8月に入り、最低賃金が上がると報じられた。全国の平均時給は961円になる。前年度からの上げ幅は31円で、過去最大だ。この数字をニュースで聞いた時、学生時代の記憶が蘇った。すぐさまスマートフォンを開き、電卓を叩いた。

パートタイムで働く学生や主婦の場合、1日5時間、週3日働いたとすると1ヶ月当たり1860円の賃上げとなる。年間では約2万2000円だ。フルタイムで1日8時間、週5日働いたとすると1ヶ月当たり4960円。年間で約6万円だ。

一方、食品や生活用品の価格は上昇を続ける。東洋経済オンライン編集部運営の「国内で販売されている主要商品の価格推移」によると、昨年12月と比べ、例えば食パンは15円、袋インスタント麺は37円、トイレットペーパーは25円、子ども用紙おむつは75円程度値上がりしている。 

私は暗澹たる気持ちになった。時給が31円上がったところで、生活はさほど楽にはならないだろう。

ガールズバーの同僚には、昼間は派遣や介護士、保育士として働いている女性が何人もいた。笑顔が柔らかく、優しい言葉遣いをする同僚は、幼稚園の先生だった。コロナ前から日頃の仕事だけでは十分な収入が得られず、みんな、昼も夜も働いていた。

働いて働いて納めた税金はしかし、湯水のごとく消えていく。

今年春、私はコロナ対策と地方創生を目的とした「地方創生臨時交付金」の無駄遣いを検証するシリーズを報じた。岸田文雄首相は今年7月、この交付金の増額を表明している。

取材で明らかになったのは、交付金を持て余している地方自治体が少なからずあることだ。着ぐるみやレプリカづくり、花火大会などに対する数百万円の浪費が、全国で横行していた。夜も昼も働く人たちから税金を取りながら、そうした無駄遣いがおそらくこれからも続く。

今、ガールズバーの彼女たちが、生活に絶望していないか気がかりだ。この不条理の根源を、必ず追及したい。

 

 

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