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逃げた最高裁/憲法第28条はどこへ?/産業労働組合「関生支部」大弾圧事件

2023年09月11日23時40分 中川七海、渡辺周

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最高裁は、働く人の賃金や職場の環境を向上するための活動について、どのような判断を下すのか。

2023年9月11日、産業労働組合「関生支部」の組合員を被告とした最高裁の判決があった。

関生支部は、関西で生コンを運ぶミキサー車の運転手らがつくる労働組合。警察と検察は2018年以降、関西一円の組合活動を「強要未遂」や「威力業務妨害」と見なし次々に検挙している。逮捕者数は89人に上る。 

今回の判決は、京都府の「村田建材」に対する2017年の組合活動をめぐるものだ。村田建材が、運転手が保育所に子どもを預ける際に必要な就労証明書を発行しなかったため、関生支部が証明書を出すよう求めたところ、その行為が脅迫と強要未遂に問われた。2021年12月13日の大阪高裁の判決では、京都地裁の判決をくつがえして一部無罪判決が出ていた。

これに対して、最高裁第一小法廷は有罪か無罪かの判断をせず、大阪高裁に審理をし直すよう求めた。最高裁第一小法廷の裁判長は、元東京地検特捜部長の堺徹氏。堺氏を含む5人全員の裁判官が、審理差し戻しで意見が一致した。

一連の弾圧事件をめぐっては、和歌山で起きた案件に関しても大阪高裁が無罪判決を出している。憲法第28条で認められた、産業労働組合の権利を尊重した。

しかし、最高裁は憲法第28条について触れることはなかった。被告の組合員と弁護士は「最高裁の逃げ」と判決後の記者会見で語った。

東京・千代田区にある最高裁判所=2023年9月11日、中川七海撮影 

労組加入した途端、会社側が証明書発行を拒否 

発端は、2017年11月に遡る。 

当時、京都府木津川市にある村田建材で、M氏はミキサー車の運転手として働いていた。村田建材では2012年に日雇いの運転手として働き始めた。妻とは共働き。子どもを保育所に預けるため、2013年からは毎年、村田建材から保育所に提出する「就労証明書」を発行してもらっていた。

2017年に入ってM氏は、関生支部の組合員となった。11月、例年通り村田建材に就労証明書の発行を求めた。ところが、村田建材は発行を拒否した。近く廃業することを理由に挙げたが、木津川市役所に証明書を提出する時点で働いていれば関係ない。関生支部執行委員の安井雅啓氏と組合員の吉田修氏は、M氏の就労証明書の発行を求めて村田建材との交渉に入った。村田建材は、取締役の村田保美氏が対応した。

交渉の際の関生支部の態度に、行き過ぎがあったかどうかが大きな論点になった。

例えば11月27日のこと。

村田氏は、就労証明書がなくても保育所は利用できると市役所の担当者が言っていたと語った。このため、吉田氏はその場で市役所の担当課に電話し、就労証明書が必要であることを確認。さらに村田氏にも担当課に電話するよう促し、村田氏は担当者から就労証明が必要な旨を告げられた。

ところが村田氏はその電話の最中、突然体調不良となり、ぐったりした。救急車を呼ぶ事態になった。安井氏と吉田氏は「急にそんなん、なるわけない」と仮病を疑った。

この出来事に関し、一審の京都地裁は「体調不良に陥っていることが明らか」なのに、「執拗に要求した」と判断し、脅迫であると認定した。

大阪高裁は、「(村田氏への役所の担当職員の説明により)村田建材が就労証明書の作成等を拒むことが困難になるという状況的に追い詰められた際の突然の出来事」と捉えた。その上で「仮病を疑ったことは無理からぬ面」があると判断した。

最高裁は、関生支部側の行為に行き過ぎがあったかどうか、もっと調べる必要があると述べるのに留まった。

「なんで判断ができへんねん」

関生支部側の行為に行き過ぎがあったかどうか判断しなかった最高裁だが、もっと重要なことの判断がなされていない。それは、憲法第28条に照らしたとき、産業労働組合の活動をどう考えるのかということだ。 

一連の弾圧事件のうち、和歌山の事件でも関生支部の組合活動が威力業務妨害と強要未遂に問われた。これに対して、2023年3月6日に大阪高裁が下した判決は、憲法第28条を踏まえている。和田真裁判長は判決の中で次のように述べている。

「産業別労働組合である関生支部は、業界企業の経営者・使用者あるいはその団体と、労働関係上の当事者に当たるというべきだから、憲法28 条の団結権等の保障を受け、これを守るための正当な行為は、違法性が阻却される」

憲法に保障された労働組合活動を鑑みない今回の最高裁の裁判官たちに対し、関生支部側は判決後の記者会見で、不信感をあらわにした。

吉田氏は、憮然とした表情で語った。

「最高裁だから(労働組合活動であると)判断していただけると思っていたら、差し戻し。なんで判断ができへんねん。そういう証拠も全部出ているはずだから、そういうのも全部見ていったら自分らで判断するべきところではないんかな。正直、情けないなと」

安井氏は、自らの組合活動の経験を踏まえて語った。

「『お願い』で聞いてくれるなら労働組合はいらない。『お願いします』で聞いてくれないから、争議権やストライキ権がある。ここをなぜ、憲法判断する最高裁が判断してくれなかったのかというのが、非常に残念です」

弁護士の久堀文氏は「最高裁として判断してほしかったのに、なぜか逃げる形になった」ことが残念だと言い、今回のことが罪にされてしまうことに危機感を示した。

「団体交渉する権利は憲法第28条で保障されている。今回のケースは、まさに労働組合が力を発揮すべき場面。証明書を発行してもらうために足繁く通ったことで逮捕・起訴された。そうなれば、労働組合の存在意義が失われてしまうし、不誠実な対応をした者勝ちになってしまう」

「本来であれば、罰せられるべきは会社であると思う。それが会社が不誠実な対応をしたがために、組合側が粘り強く交渉した。そしたら組合の方が刑事罰に問われてしまうというあり得ない事件。こんなことが罪にされる、本当に恐ろしい事件」

裁判後の記者会見にて。左から、久堀文弁護士、吉田修氏、安井雅啓氏、森博行弁護士=2023年9月11日、渡辺周撮影 

最高裁裁判官たちの「心構え」とは 

判決を出した5人の裁判官はどのような人物なのか。最高裁の公式サイトから、経歴を抜粋すると共に、「裁判官としての心構え」を引用する。

裁判長の堺徹(さかい・とおる)氏

2010年 東京地検特別捜査部長

2020年 東京高検検事長

2021年 最高裁判所判事

 

裁判官としての心構え

我が国を取り巻く内外の社会環境の変化には著しいものがあり、その影響を受けて裁判所に持ち込まれる事件は複雑困難化、多様化していますから、適正妥当な判断を下すためには、新しいことを積極的に学んでいくことが不可欠だと思います。国民から信頼される司法を実現していくことができるよう、学び続ける意識と謙虚な姿勢で誠心誠意努めていきたいと考えています。

山口厚(やまぐち・あつし)氏

2012年 司法試験委員会委員(委員長)

2014年 早稲田大学大学院法務研究科教授

2017年 最高裁判所判事

 

裁判官としての心構え

毎日が新たなことの勉強だと思います。その上で、自分が持てるものを生かしつつ、公正・公平な立場で判断していくことを心がけたいと思っています。

深山卓也(みやま・たくや)氏

2008年 法務省大臣官房司法法制部長

2017年 東京高裁長官

2018年 最高裁判所判事

 

裁判官としての心構え

最高裁判所に係属する事件は、難しい法律問題や価値判断の分かれる論点を含んでいるために判断の難しいものが少なくありませんが、それぞれの事件における適正妥当な判断、とりわけ、法律審としての適正妥当な法の解釈及び適用を見出すことに力を尽くしたいと考えています。

安浪亮介(やすなみ・りょうすけ)氏

2011年 最高裁人事局長

2018年 大阪高裁長官

2021年 最高裁判所判事

 

裁判官としての心構え

一つ一つの事件について、誠実に真正面から向き合って判断することが大切だと思っています。その際には虚心坦懐にじっくり記録を読み、多くの人の意見を謙虚に聞くことが大切だと思います。

岡正晶(おか・まさあき)氏

2015年 日本弁護士連合会副会長

2019年 株式会社三井住友銀行社外取締役

2021年 最高裁判所判事

 

裁判官としての心構え

日本国憲法76条3項の「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」を常に念頭に置き、根本原理とします。

そして、従うべき「良心」の充実・向上に日々努め、「独立」はするが独善に陥らないよう常に自戒し、「職権」行使に当たっては「記録・資料をよく読み、自分の頭でよく考え、わかりやすく自分の意見を言い、同僚裁判官と多面的で深みのある熟議を尽くす」ことを信条に、一つ一つの事件に全力で取り組みます。

また同憲法81条の「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」を心に刻み、この憲法上の職責を全うします。

左から、安浪亮介氏、山口厚氏、堺徹氏(裁判長)、深山卓也氏、岡正晶氏=裁判所公式サイトより

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