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米誌TIME「岸田首相が望む軍事大国化」の見出し変更で何が?  外務省とのやりとりを情報公開請求で入手

2023年12月08日18時47分 辻麻梨子

昨年末、安保3文書を改訂し、日本の防衛政策を大転換させた岸田文雄首相。現在世界10位の日本の防衛予算は、2027年には3位にまで上がる見込みだ。国の財政は、借金である国債残高が1000兆円を超えて火の車。膨張する防衛予算の財源を賄うため、増税もする。

今年5月、米国の雑誌『TIME』が岸田首相の顔写真を表紙にし、次のような見出しを載せて報じた。

「岸田文雄首相は数十年続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」

ところがその直後、TIMEは見出しを変更する。

何があったのか。TansaはTIMEとやりとりした外務省の内部文書を情報公開請求で入手した。

米誌「TIME」の岸田首相インタビュー掲載号=撮影/辻麻梨子

「G7前のパーフェクトなタイミング」

TIMEは1200万人以上が読む、世界最大の週刊英字ニュース誌だ。政治、経済、環境などのテーマのほか、毎年「世界で最も影響力のある100人」のリストを発表している。

TIMEから外務省に対してインタビューの申し込みがあったのは、今年2月6日。シンガポール支局に勤務する、チャーリー・キャンベル記者からの依頼だ。キャンベル記者はアジア各国に関するテーマを幅広くカバーしている。

インタビューの依頼は、5月に開かれるG7広島サミットを見据えたものだった。キャンベル記者のメールには、こう書かれている。

「G7広島サミットが近づいている中、私たちは岸田首相が日本の地域防衛に関する新たな積極的役割について話すのに、今がパーフェクトなタイミングだと考えます」

さらに「宣伝効果」についても、こう伝えた。

「このインタビューはG7会議の直前に、TIMEの表紙として取り上げられる可能性があります」

メールには18の質問項目も添付されていた。岸田首相の生い立ちから、米国のジョー・バイデン大統領との協調体制まで、質問の内容は多岐に渡る。

最初に書かれていたのが、日本の防衛政策の転換に関わる質問だった。

「なぜ今が、日本の防衛政策を転換し、地域の安全保障においてより大きな役割を果たすべきタイミングなのでしょうか」

4月3日、シンガポールにある日本大使館のテラド・ヒロツグ氏(メールでは英語表記のため漢字表記が不明)が調整し、大使の石川浩司氏とTIMEの関係者の面会が実現した。開示された資料では、TIME側の担当者の名前は黒塗りになっていた。

外務省がTansaに開示したメールのコピー=撮影/辻麻梨子

「発売前に100部欲しい」官邸

首相インタビューに向けて、具体的なやりとりが進んでいった。

メールの内容からは、政府が今回のインタビューに期待をかけていた様子がうかがえる。翌月に迫るG7広島サミットの開催と、岸田首相の存在感を世界に印象付けられる機会と捉えたのだろう。

例えば4月11日、テラド氏は外務省のホームページに記事を無料で掲載できるかをTIMEに尋ねた。外務省としての依頼だという。外務省のホームページには外国メディアが報じた首相や大臣のインタビュー記事のリンクを、一覧にして公開している。そこに今回のインタビューを掲載できるか、という確認だ。TIME側はこれを了承した。

24日には、外務省の岩渕系氏が官邸からの要求だと伝えた上で、TIMEに問い合わせのメールを送った。岩渕氏は外務省の大臣官房国際報道官室に勤める人物だ。

官邸が知りたかったのは、TIME誌の入手ルートだ。日本でTIME誌を取り扱う業者の連絡先を、尋ねた。雑誌が店頭に並ぶ前に、官邸内で紙面を確認したいという。

29日にも同様のメールを送った。

「官邸が出来るだけ早く、雑誌を100部入手することを希望しています」

「官邸スタッフはインタビューにとても満足していた」

岸田首相へのインタビューは首相公邸で、4月28日午後6時30分から7時30分まで実施されることになった。この1時間でインタビューと表紙の写真、記事内に掲載する写真の撮影も行われた。

当日、取材は和やかに行われたようだ。同日の深夜1時すぎ、岩渕氏がTIMEにメールを送った。掲載日の確認などの連絡と合わせて、インタビューの感想を英語でこう綴っている。

「首相官邸のスタッフはインタビューにとても満足していたように見えました」

記事は5月10日にオンラインで公開、11日、13日にそれぞれ雑誌の米国版とアジア版が発売されることになった。

NY総領事館にTIME編集担当を呼び出し

TIMEは雑誌の表紙とオンラインで、それぞれ次の見出しをつけた。

雑誌表紙:「岸田文雄首相は数十年続いた平和主義を捨て、日本を真の軍事大国にすることを望んでいる」

Prime Minister Fumio Kishida Wants to Abandon Decades of Pacifism-and Make His Country a True Military Power

オンライン記事:「岸田文雄首相はかつて平和主義だった日本を、軍事大国に変えようとしている」

Prime Minister Fumio Kishida is turning a once pacifist Japan into a military power

5月9日、在NY総領事館で日本情報センターのディレクターを務める森和也氏が、TIMEにメールを送った。

「1〜2日後に出る岸田首相のインタビュー記事に関して、TIMEの編集担当者に会って話がしたい」

「記事に関して、官邸からいくつか緊急の問い合わせがある」

同日の午前中、NYの総領事館で両者は面会した。

その場でどんな話し合いが行われたのかは、わからない。その後も何通かのメールが交わされたが、話し合いに関するほとんどの部分が不開示になっている。

だが翌日10日、TIMEが森氏に送ったメールには、次のように書かれていた。

「もし他にも心配事があれば連絡してください」

首相発言自体が実態と乖離

印刷してしまった雑誌の見出しは変更できない。だが、5月9日の在NY総領事館との面会を経て、TIMEはオンライン版の見出しを変更した。オンライン版の見出しは雑誌の表紙ほど踏み込んだものではなかったが、それでも表現を変えた。

変更前:「岸田文雄首相はかつて平和主義だった日本を、軍事大国に変えようとしている」

Prime Minister Fumio Kishida is Turning a Once Pacifist Japan into a Military Power

変更後:「岸田総理大臣は、平和主義だった日本に国際舞台でより積極的な役割を持たせようとしている」

Prime Minister Fumio Kishida Is Giving a Once Pacifist Japan a More Assertive Role on the Global Stage

5月11日になり、日本国内のメディアが見出しの変更を報じ始めた。

定例の大臣記者会見の場で質問された茂木敏充外務大臣は、「表題と中身に乖離があることを指摘した」とだけ答えている。

表題と中身の乖離というのは、何を指すのだろうか。

記事の中では、日本が戦後最大規模の軍備の増強を行ったことが説明されている。

「岸田首相は12月、第二次世界大戦以来最大規模の日本の軍備増強を発表したが、これは日本と同様に戦争で打撃を受けたドイツを含む欧州全体の国防費の増加を反映したものである。この約束により、2027年までに防衛費がGDPの2%に引き上げられ、日本は世界第3位の防衛予算となる。そして、これまでの日本の指導者たちが国際制裁の発動をめぐって迷っていた一方で、岸田氏は米国主導の措置に機敏に参加した」

この後に続く段落では、岸田首相が「自分の唯一の目標は広島のような悲劇が再び起こるのを防ぐことだ」と語ったコメントが紹介されている。

確かに岸田首相は、TIME誌の表紙にあったように「日本を真の軍事大国にしたい」とは発言していない。茂木外務大臣はそのことで「表題と中身が乖離している」と言っているのだろう。

だが、記事中にある「第二次世界大戦以来最大規模の日本の軍備増強」、「2027年までに防衛費がGDPの2%に引き上げられ、日本は世界第3位の防衛予算となる」はいずれも事実だ。記事では「日本の指導者たちが国際制裁の発動をめぐって迷っていた」とも書いているが、戦後の歴代首相が憲法9条の制約のもとで踏みとどまっていた一線を岸田首相が越えたことも事実だ。

岸田首相は「自分の唯一の目標は広島のような悲劇が再び起こるのを防ぐことだ」とインタビューで言っている。しかし、日本は世界で唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約に参加していない。この言葉の方が現実と乖離している。

2023年5月開催のG7広島サミットで議長国記者会見を行う岸田首相(出典:首相官邸ホームページ)

TIMEからは返信なし

TIME側に掲載許可をとっていたはずの当該記事は、外務省のホームページで掲載されなかった。

Tansaは11月13日、外務省に対し記事を掲載しなかった理由をメールで尋ねた。20日に返信があった。「同記事のURLを掲載しました」。質問を受けて、記事の掲載を行なったのだ。

なぜ質問を送った後に記事を掲載したのか、理由を尋ねたが回答はなかった。

TIMEにも見出し変更の経緯を尋ねた。インタビュー記事を執筆したチャーリー・キャンベル記者とサム・ジェイコブス編集長に、メールで質問を送ったが、両者から返信はない。

情報公開で入手した資料を公開します。使用する際は、Tansaが開示請求で入手した点を表記してください。

Interview Request(2023年2月6日)ほか

Embassy of Japan(2023年5月2日)ほか

Inquiry from CG of Japan(2023年5月11日)ほか

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