消えた核科学者

大阪府警外事課、「茨城県警のホンマのところを知らん」(51)

2024年05月22日13時41分 渡辺周

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1972年に失踪した動燃の元プルトニウム製造係長・竹村達也について、竹村の家族は、1997年に大阪府警に捜索願を出していた。

この年は北朝鮮による横田めぐみの拉致疑惑がクローズアップされた。政府が初めて、横田めぐみの拉致の可能性を認めた。竹村の家族は、こうした動きに触発されたのだろう。

竹村の家族は、1972年の失踪当時から北朝鮮による拉致を疑っていたと考えるのが自然だ。

竹村が失踪してすぐ、家族は茨城県警に届けている。茨城県警の刑事は動燃での竹村の部下に「(竹村は)北に持っていかれたな」と言った。家族もまた、茨城県警から同様の説明を受けただろう。

では家族からの届け出に対して、大阪府警はどのような判断で捜査に着手したのか。竹村の家族が「拉致かもしれない」と言っていることだけが根拠だったのか。

「これは拉致の可能性があるな」と判断

大阪府警外事課調査官、村岡修一が説明する。

「詳細まではお答えできませんが、ご家族が拉致を疑っているから拉致の可能性が排除できないということで捜査しているわけではありません。ご家族による届け出の内容を精査した上で『これは拉致の可能性があるな』という捉え方をして捜査をスタートしています」

大阪府警独自の根拠をもとに、「拉致の可能性がある」と判断したということだ。

大阪府警が、竹村の職業から拉致の可能性を判断していることは間違いない。竹村の高校と大学の同級生たちには、大阪府警から電話がかかってきて「竹村は動燃で核を扱う仕事をしていたから拉致されたかもしれない」と伝えられた。

問題は、竹村が核科学者であったということだけではなく、拉致についてのより具体的な根拠を大阪府警が掴んでいるかどうかということだ。

茨城県警勝田署の刑事は、竹村の失踪直後に「北に持っていかれたな」と言った。なぜそう言ったのか。大阪府警が茨城県警の初動捜査の情報を引き継いでいれば、拉致を疑う大きな根拠となる。

架空の転職話は把握

 大阪府警外事課の調査官、村岡にその点を尋ねた。

 ――茨城県警から失踪当時の捜査情報を直接聞いたのですか。

「それはちょっと分からない。ご家族が茨城県警から失踪当時の捜査状況を聞いているかどうかは」

大阪府警が茨城県警に捜査状況を聞いたのかを、私は尋ねたつもりだ。だが村岡はなぜか、家族が茨城県警に聞いているかどうかを尋ねられたものと受け取ったようだ。

再度聞いた。

――家族のことではありません。大阪府警が茨城県警に聞いたのですか。

「繰り返しになって申し訳ないんやけど、動燃に勤めていた竹村さんが行方不明になったという届け出を受けて捜査しているんです。家族から茨城県警の捜査状況を私たちが聞いているかどうかというんは、聞いているとも聞いていないとも言えないです」

どうも村岡は、この質問をかわそうとしているようだ。

私はもう一度、尋ねた。

――単刀直入に聞きます。大阪府警は、茨城県警から初動捜査の情報を聞いているのですか。

「それは明確には答えられへんけども、必要な連携はします」

やはり、茨城県警から事件当時の情報をしっかりと引き継いでいないようだ。

そもそも警察は、竹村失踪から25年間、何をしていたのかという疑問が浮かぶ。大阪府警が届け出を受けたのは1997年だが、茨城県警は1972年の時点で届け出を受理している。

竹村の実家をはじめ、卒業した高校と大学は大阪にある。茨城県警が大阪府警に協力を仰いでいれば、捜査は進展したのではないか。その点を問うと、村岡は言った。

「その辺りについても渡辺さんに聞かれるんちゃうかなと思ったけど、行方不明の発覚から我々が届け出を受けた1997年まで、警察は手をこまねいていたわけやない。行方不明になった時点で捜索願が出てるわけやから、やるべき捜査はやってると思いますよ。僕らは茨城県警のホンマのところを知らんから、答える立場にはないけど」

「茨城県警のホンマのところを知らん」・・・。大阪府警は、茨城県警がどういう捜査をしたのかをよく知らないということだ。

動燃の竹村の部下は、茨城県警勝田署の刑事から「北に持って行かれたかもしれない」と言われた。そのことも、村岡は知らなかった。私がそれに言及すると、村岡は「なんや怪しげな言葉」と言った。

ただし、竹村の転職話については大阪府警も把握しているようだった。竹村には京セラや旭化成、三菱原燃など転職話があったことを伝えると、村岡はこう言った。

「渡辺さんがおっしゃった、竹村さんの転職話を調べるために聞き込みする先は都道府県をまたぐので、各地の警察と必要な連携はしています」

本当に竹村が動燃から転職していたのなら、大阪府警は竹村の行方を掴む可能性が高い。だが大阪府警は行方を知らない。やはり竹村の転職話は架空であったということを村岡の言葉は示していた。

かつての茨城県警勝田署は、ひたちなか署に(撮影=渡辺周)

=つづく

(敬称略)

消えた核科学者は2020年6月に連載をいったん終了した後、取材を重ねた上で加筆・再構成し、2023年11月から再開しています。第25回「アトム会の不安―刑事が言った『北に持っていかれたな』」が再開分の初回です。

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