デジタル性暴力の温床となった「アルバムコレクション」は、Appleのアプリストア「App Store」で人気のアプリだった。写真関連アプリのカテゴリで、YouTubeやInstagramをしのぎ、1位になったこともある。
アルバムコレクションを運営していたハワイの「Eclipse Incorporated」(イクリプス社)には、AppleやGoogleから年間百万ドル単位の金が入っていたという。会計事務所の担当者が証言した。
巨額の収入が、アルバムコレクションを運営する動機となったことは明らかだ。なぜAppleやGoogleは、犯罪を引き起こしたビジネスを放置したのか。
Tansaはこれまで、Appleの日本法人に複数回にわたって取材依頼や質問を出してきた。しかし、回答はない。
私は、NHKスペシャル「調査報道・新世紀」の取材班と共に米国に渡り、Appleの内情を知る元幹部に話を聞いた。
App Storeの責任者の一人を務め、ストアのガイドライン作成にも関わったPhillip Shoemaker(以下フィリップ・シューメイカー)だ。
米カリフォルニア州・クパチーノにあるApple本社=NHKスペシャル「調査報道・新世紀」取材班撮影
スティーブ・ジョブズから怒りの電話
2024年4月、私たちは米・ネバダ州のシューメイカーの自宅を訪れた。にこやかな表情で、取材班を受け入れた。
シューメイカーは、2009年から2016年までApp Storeの統括を務めていた。ストアに掲載するアプリの審査ガイドラインを定めるなど、審査に関わるチームを率いてApp Storeの基礎を作り上げた。
Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズとも、一緒に仕事をした。
「アプリの審査ガイドラインを作る必要があると判断してからは、スティーブと密に連携して仕事をしました」
スティーブ・ジョブズはどんな人だったのか。シューメイカーは「彼は素晴らしく、とても頭のいい人でしたが、自分と同じものを見ていない周りの人たちにはすぐにイライラしていた」と話す。
「当時の私にとっては痛い出来事でしたが、ある時、私たちのチームが承認すべきでないアプリを承認したことがありました。オフィスに入ってから、最初にかかってきたのが『スティーブ・ジョブズのオフィスから』と表示された電話です。私が冷や汗をかきながら電話をとると、スティーブが電話口に出て一言こう言いました。『お前はバカで、バカな部下を雇っている』。それで電話が切れました」
「私は何のアプリの話をしているのか、すぐにわからなかった。でもこのようなことが二度と起こらないよう、私たちはプロセスを変えました。この出来事を通じて、私はスティーブと彼のリーダーシップについてよく理解することができました」
「スティーブはしばしば感情的に多くのことを行いましたが、その背後には、常に論理的な理由があったのです。スティーブは自分の言いたいことをできるだけ早く、簡潔に伝えたがりました。後に私たちはガイドラインを一緒に作成することになりますが、私は彼の文章やガイドラインの中に、少ない言葉で非常にクリアに伝える手法を見ました」
3つの目的
そもそもApp Storeが設けるガイドラインとは、どのようなものか。シューメイカーは言う。
「長年に渡り、私たちはAppleのために多くのガイドラインを定義してきました。当初スティーブがホワイトボードに書いたのは、6つの原則だけです。そのうちの一つが『予期できないもの』でした」
予期できないものとは、ユーザーからお金を盗む詐欺アプリのような、好ましくないものを指すという。それらをストアから排除するため、シューメイカーらは主にアプリの開発者に向けたガイドラインを作成することになった。
シューメイカーによると、Appleには重要な3つの目的がある。それらに基づき、ガイドラインが作られた。
「一つ目は自分たちのブランドです。Appleという重要なブランドに対し、汚点となるようなものをストアに出したくないのです」
「二つ目は、顧客を傷つけたくないということ。顧客に害を与える可能性のあるものです」
シューメイカーは、害を与える可能性のあるアプリとして、車の運転中にしか機能しないアプリや、社会保障番号などの個人情報を入力させるゲームアプリなどを挙げた。また、ゲームに見せかけたアプリを作り、ユーザーに扮した運営者が課金を繰り返すこともあった。これはApp Storeを使ったマネーロンダリングの手法だった。
「三つ目は、自分たちの取り分を確保することです。アプリで支払いをしたとすると、Appleはそのうちの30%を要求します。ガイドラインの大半は、この3つの目的に基づいて作られているのです」
イラスト:qnel
1アプリ13分、人の目で審査
ガイドラインに基づいてどのような項目をチェックするのか。
「App Storeにはさまざまな問題があると言えます」
シューメイカーがまず挙げたのは、全ての審査が人間の手作業によって行なわれていることだ。App Storeに掲載されるアプリの審査には、AIや機械学習は一切取り入れられていないという。
「私たちがどのように仕組みを構築してきたのか、お話ししましょう。現在は私のいた頃と完全に同じではないかもしれませんが、Appleの中にはアプリを審査するチームがあります。おそらく今は450人以上のスタッフがいるはずです。彼らはアプリをチェックすることだけに注力している人たちです」
このチームが1週間あたり、約10万のアプリを審査する。1つのアプリの審査にかかる時間は、約13分。既存のアプリに修正を加えるアップデートの場合は、6分ほどだという。
「彼らはたくさんのアプリをダウンロードし、通常の顧客と同じようにアプリを操作してあらゆるプロセスを確認します」
「開発者が記入した宣伝用の文章を確認し、スクリーンショットやアプリの画面の見え方を確認し、アプリが途中で止まらず宣伝している通りに機能するか、情報を盗んだりするような悪いことをしていないか、必要な場面でアプリ内の課金機能を使っているかなど、すべての段階を踏みます」
コインロッカー型には対応できず
審査チームには、それぞれのアプリが利用される国の言語に基づいたメンバーが配置される。例えば日本のユーザーが使用するアプリの審査であれば、日本語のわかるスタッフが日本の法律に基づいて審査をするということだ。
アルバムコレクションも、この手続きを通過したことになる。
だが実際には、明らかに子どもとわかる性的な画像や盗撮画像などがやり取りされていた。これらをApple側が目にしていたら、アルバムコレクションは即座に取り下げられていたはずだ。
Appleがアルバムコレクションを問題なしと判断したのには、アプリの仕組みが関係しているのではないか。アルバムコレクションは、アプリをダウンロードしただけでは違法画像などを見ることはできない。誰かが投稿した違法画像のパスワードを入力する必要があるからだ。
「審査の段階でコンテンツがないアプリの場合、レビュアーはコンテンツを追加してみて、動作を確認します。うまくいけば、次に進みます」
「コンテンツを入手するためにパスワードや鍵が必要な場合、Appleには当然それを見る能力はありません。アプリに不適切なコンテンツが含まれることもありますが、 Appleには中に何が入っているかはわからないのです」
例えるなら、コインロッカーだ。新しく作ったばかりのコインロッカーをどれだけ調べても、違法なものは出てこない。だがそれが設置されると、利用者が違法なもののやり取りに使ってしまう。
確かに、アプリに含まれるコンテンツをくまなく確認するのには無理がある。プライバシーの侵害にも繋がる。だが、その点がまさにデジタル性暴力の売買に悪用されてきたのだった。
ユーザーのレビューは無視
全てのコンテンツを見なくても、アプリの問題を見抜く別の手があるはずだ。その一つが、App Storeのユーザーレビューである。
App Storeには各アプリのページに、ユーザーがアプリの評価を記入できるレビュー欄がある。アプリをダウンロードしようとページを訪問した人は、レビューを参照できる。アルバムコレクションや同種のアプリの場合、レビューでアプリが違法画像の取引に使われていることが指摘されていた。
Appleはこれを見ていないのか。シューメイカーに尋ねた。
「残念ながら、App StoreのレビューのほとんどをAppleは無視しています。私がAppleにいた当時、Appleができたのは、『アプリが落ちる』『うまく動作しない』『起動しない』などといった言葉があるかを確認することだけでした」
機能的な問題には対処するが、それ以外は気にしないというスタンスだ。
「もし子どものコンテンツや搾取するようなもの、性的に不適切なものがあると言われているなら、Appleは絶対にそれを確認するべきです。でもやはりほとんどが無視されているんです」
「レビューには、Appleが各国で法的な問題を起こしている可能性があることを指摘するコメントが書かれています。ですから、私には、なぜ彼らがそれを見ないのか不思議でなりません」
なぜそれほど重要なレビューを、Appleは無視するのか。
「なぜかと聞かれると、答えるのは難しいです。いい答えが見つかりません。私も社内にいた時、みんなが目の前にあるレビューを気にしていなかったことにイライラしました」
しかし、シューメイカーは別の重大な理由も語り始めた。
=つづく
敬称略
誰が私を拡散したのか一覧へシリーズ「誰が私を拡散したのか」の取材費をサポートいただけませんか。巨大プラットフォームも加担して違法な性的画像や児童の性的虐待の動画などが売買・拡散され、多くの被害者を生み出しています。私たちは2022年から、被害を止めるための報道を続けています。海外出張などを含む徹底的な取材には、資金が必要です。こちらから、ご支援をお願いいたします。