
海星学園高校に入学した勇斗さん(写真の一部を加工しています)=遺族提供
2017年4月20日、午後7時半ごろ。仕事を終えた福浦さおりは、長崎市内のマンションに帰宅した。
私立・海星学園に通う高校2年の息子・勇斗(はやと)と2人暮らしだ。早く夕飯を用意しよう。
「ただいま〜」と言いながら家の中に進むと、リビングの明かりが点いていた。キッチンには、空になった勇斗の弁当箱が置いてある。
だが、本人がいない。スマートフォンも、リビングのテーブルに置きっぱなしだった。
普段なら家にいる時間だ。そのうち帰ってくるだろうと、さおりは夕飯の準備に取りかかった。
しかし、いくら待てども帰ってくる気配がない。勇斗と仲の良いクラスメイトの母親に電話をかけた。勇斗はすでに家に帰ったはずだとクラスメイトが言っているという。夫の大助にも念の為連絡したが、心当たりはなかった。
さおりは、勇斗がいそうな近所の本屋に電話をかけたり、自宅付近のコンビニを回ったりした。つい数日前にも、勇斗がスマートフォンを持たずに出歩き、午後8時を回って帰宅したことがあったからだ。その時は「コンビニに漫画を買いに行っていた」と言っていた。
手がかりもないまま、夜の0時を迎えようとしていた。
将来の夢は、ディズニーで働くこと
福浦家は、4人家族。母のさおり、父の大助、兄の直斗、2つ年下の勇斗だ。
大助は、2年ほど前から福岡県に単身赴任している。大学1年の直斗は海星学園高校を卒業し、この春から大学のある京都で一人暮らしを始めたばかりだ。
直斗は高校から海星に入学したが、勇斗は兄より先に中学から海星に通っていた。
入学は2013年4月。勇斗が中学受験に臨んだのは、将来のために勉強を頑張りたかったからだ。
勇斗は、東京ディズニーリゾートで働くことを夢見ていた。
勇斗は昔から、兄の直斗とは正反対の性格。活発で戦隊モノが好きな直斗に対し、穏やかで可愛いキャラクターが好き。特に、ディズニーの「ダッフィー」というクマのキャラクターがお気に入りだった。家族で東京ディズニーリゾートを旅行した際に買ったダッフィーのぬいぐるみを、ずっと大切にしていた。
海星は勇斗の第一志望ではなかったが、母のさおりは、最終的に海星に入学できたことを嬉しく思っていた。
海星に対して、昔は男子校でスポーツ強豪校というイメージを抱いていたが、最近では有名大学への進学率も高くなっている。ディズニーという人気業種で働く夢に近づけると思った。
それに、海星には学食がある。長崎市内の私立中学は給食のない学校がほとんどで、毎日お弁当を作らねばならない。海星では中学生も学食を利用できるため、フルタイムで働くさおりにとっては嬉しい環境だった。
何より、長崎市内の公立中学ではいじめが多いという話をよく耳にしていた。私立に入れば、勇斗がいじめに遭うことなく過ごせるだろうと安心していた。
勇斗が選んだ母の日の花

勇斗さんが高1の時に行った家族旅行の写真。左から、父・大助さん、勇斗さん、母・さおりさん、兄・直斗さん(写真の一部を加工しています)=遺族提供
父・大助の単身赴任は、直斗が中学1年、勇斗が小学5年のときに始まった。息子たちが多感な時期だ。だからこそ、大助は家族とのコミュニケーションを欠かさないよう努めていた。
毎月必ず長崎に帰ってきて家族と過ごしたり、息子たちと一対一で話したり。年に何度か家族旅行にも行った。毎年の年賀状には、家族写真を使うのが恒例だった。
さおりも、毎日仕事で忙しい。それでも子どもたちとは毎日顔を合わせて食事をとり、その日あったことを親子3人で話した。
直斗が友人たちと夕食をとって帰ると連絡があった日は、さおりと勇斗で回転寿司の「若竹丸」によく行った。勇斗は魚が大好きだが、直斗は寿司が苦手だったため、家族みんなではなかなか行けなかったのだ。
さおりが「今日はナオがいないから、若竹丸に行こうか」と言うと、勇斗は喜んだ。勇斗の大好物は、サーモンと納豆巻き。サーモンは何皿も食べていたほどだ。
勇斗はさおりに、何でもよく話した。学校での出来事は、クラスメイトの名前や性格も含めて教えてくれる。母の日には、息子たちが毎年カーネーションをプレゼントしてくれた。直斗曰く、率先するのは勇斗の方。母が喜びそうな花を、勇斗は熱心に選んでいたという。
家族みんなが忙しくても、心は通じ合っていると日々感じていた。
警察官が見つけたA4用紙
2017年4月20日、まもなく日付が変わりそうな時刻にもかかわらず、勇斗は帰宅しない。
さおりは近所の交番へ向かった。無人だったため、交番内の電話で事情を伝えた。
少しして、自宅に4人の警察官がやってきた。事件か事故かは分からない。警察官たちは勇斗の写真を求めたり、家中をひっくり返して手がかりを探ったり。どんどん大ごとになっていく。
日付が変わってしばらくすると、一人の警察官が何かを見つけた。A4サイズのコピー用紙だ。勇斗の字で、びっしりと何かが綴られている。
お腹の音が鳴って同級生たちにからかわれたことや、音を録音しようとお腹にタブレットを向けられたこと、そういった行為によって体や手足が震えるようになったことなどが書き殴られていた。
1カ月ほど前に書かれたものだった。
炊飯器が故障した朝
勇斗が体や手足が震えるまで追い詰められていたことを、さおりは初めて知った。
ただ、1年半前のある出来事を思い出した。
学校から帰宅した勇斗が「授業中にお腹の音が鳴って、みんなにからかわれた」と言ってきたことがあった。
当時、勇斗は中学3年生。食べ盛りで、お弁当だけじゃ足りないのかもしれない。さおりは、お弁当とは別に、おにぎりを持たせることにした。
ところがある朝、予約したはずのお米が炊けていなかった。炊飯器が故障していたのだ。
すると、勇斗が激怒した。「どうするんだ!」と声を荒げる。
さおりが謝っても、収まらない。車で学校に送り届ける途中でコンビニに寄り、おにぎりを買った。
勇斗は落ち着いたが、さおりは絶対にご飯を切らしてはいけないと思うようになった。
勇斗は温厚な性格だ。あれほど怒りを露わにし慌てふためく姿を、さおりは見たことがない。
思い起こしても、勇斗の怒った顔はあの時ぐらいだ。あまりに印象的だったので、さおりは覚えていた。
紙に綴られた内容や、自宅での捜索の結果、警察官は「事件性はない」と判断した。しばらくして帰って行った。
一睡もできず迎えた朝に
一人になった家で、さおりは一睡もできなかった。
外はとっくに明るくなっている。
海星高校には、勇斗の欠席の連絡を入れた。
午前9時半ごろ、電話が鳴った。
警察からだった。
「息子さんと似た服装の子どもが、遺体で見つかりました」
(つづく)
*敬称略
(2025年11月30日訂正)
「父・大助の単身赴任は、直斗が高校2年、勇斗が中学3年のときに始まった」と記述していました。実際には、「直斗が中学1年、勇斗が小学5年」でしたので、本文を訂正しました。
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