保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【学校編】

弟が来たがった兄の入学式 別れ際に「またね」(3)

2025年12月04日 14時53分  中川七海

取材に応じる福浦直斗さん=2025年11月28日、千金良航太郎撮影

2017年4月20日午後9時ごろ。福浦直斗はスナック菓子と炭酸飲料を手に、新しくできた友人たちとの時間を楽しんでいた。

つい3週間前、京都の大学に入学したばかり。気の合う友人たちもできた。この日は同じ学生寮に住む友人の部屋に7〜8人で集まり、友人の誕生日を祝っていた。

そこへ、長崎の実家にいる母・さおりから着信が入る。「急に、どうしたんだろう」。廊下に出て電話に出ると、母が言った。

「ナオあのね、勇斗(はやと)が帰ってこないんだよね」

弟への注意

「どういうこと?」。直斗は尋ねた。

一度学校から帰ってきた形跡はあるが、スマートフォンを家に置いたままどこかへ行っているという。書き置きもない。

大学進学を控えた直斗が、まだ実家に住んでいた先月にも、同じようなことがあった。

勇斗は海星高校への進学に合わせ、両親からスマートフォンを買ってもらった。家の中でも肌身離さず持っているタイプだった。ところがある日、スマートフォンを置いたまま出かけた。1時間以上も出歩き、家に戻ったのは日が沈んだ後の夜7時過ぎ。

直斗が理由を尋ねると、「コンビニに行っていた」。だが、最寄りのコンビニまでは徒歩5分だ。直斗は「コンビニにしては長過ぎでしょ」と言い、「スマホを持っていないと連絡が取れないから、ちゃんと持って行ってよ」と注意した。勇斗は不貞腐れた態度で「うーん」と返した。

今回もそのうち帰ってくるだろうと、直斗は思った。それでも母は「さすがに、こんな時間までおかしいよね」と不安げだ。父は単身赴任中。現在実家に暮らすのは、母と勇斗だけだ。1人で帰りを待つ母が心配で、こう伝えた。

「もう高校生だし出歩くこともあるとは思うけど、念の為、警察に連絡した方がいいんじゃないかな」

唯一撮れた家族写真

2017年4月2日の大学入学式での直斗さん(左)と勇斗さん(画像の一部を加工しています)=遺族提供

電話を切り、友人の部屋に戻った。だが、落ち着かない。次第にパーティーを楽しめなくなってしまった。友人には悪いが、寮内の自室に戻ることにした。

とはいえ、両親からの連絡をただ待つことしかできない。夜中0時を回っても、勇斗は帰ってこない。「連れ去られたのではないか」「殺人事件だったらどうしよう」と、さすがの直斗も不安が募ってきた。

寮は、同級生との2人部屋だ。夜通し起きていると、ルームメイトに迷惑をかける。直斗は寮の職員に事情を話し、風邪をひいた学生が泊まれる別室を使わせてもらえることになった。

寝られずにいると、母から新しい情報が入った。警察官が自宅を捜索したところ、1枚の紙が見つかった。1カ月ほど前に書かれたもので、学校で嫌がらせを受けていることが、勇斗の字で綴られていた。

「まさか、いじめを受けていたの?」

直斗は驚いた。つい3週間前、4月2日に弟に会ったときは元気そうだったからだ。

4月2日は、直斗の大学入学式。

勇斗が「行きたい」と言った。せっかくだからと、家族で参加することにした。母と勇斗は長崎から、単身赴任中の父・大助は福岡から向かい、現地で合流した。

大学のキャンパスで行われた入学式は、人でごった返していた。小さなキャンパスに、全学部の新入生とその家族が集まっており、声を張らないと会話もままならない。落ち着いて写真も撮れず、唯一撮影できた家族写真が、兄弟のツーショットだった。

入学式が終わるとすぐ、直斗は入寮式に出席せねばならない。父は仕事のため、福岡へ戻る。母と勇斗は、京都観光をしてからユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行くというので、そこで解散することにした。

勇斗は、自宅から持ってきたお気に入りのペンギンのぬいぐるみを見せながら、直斗に言った。

「ナオ、またね」

「落ち着いて聞いてよ」

直斗は全く眠れないまま、朝を迎えた。

朝7時、寮生が参加必須のラジオ体操が行われる。直斗は無理やり体を動かした。

今日の授業は、10時45分開始の2限から。それまでは部屋で過ごした。

9時半ごろ。スマートフォンを握りしめていると、父から着信が入った。

「小柄な男性の遺体が見つかったらしい」

「身元の確認はこれからだって。また連絡するから」

血の気が引いた。直斗は、その時点で覚悟した。

冷静にはいられない。だが、次の連絡が来るまではいつも通り過ごし、授業に向かおうと準備を始めた。

10時半ごろ、いつもより早めに学校に到着した。時間があるので、友人と共に学内のファミリーマートに入った。そこで、父からの電話が鳴った。

「落ち着いて聞いてよ。さっき、遺体が見つかったって話したやろ?」

「勇斗やったわ」

「ナオ、ごめんねえ」

「今からパパも帰るから。ナオも帰って来れるか」

直斗は急いで寮に戻った。

まもなく2限目の授業が始まるが、一緒にコンビニにいた友人も、寮まで着いてきてくれた。その友人も、長崎出身だった。高校は違うが、たまたま隣の部屋になったのをきっかけに、仲良くなった。帰宅の準備をしている最中も心配し、部屋を覗きにきてくれた。

ほかの友人たちも、直斗のために協力した。次の授業の先生や寮の職員に事情を伝えたり、忌引きとして休ませてほしいと大学の事務局にお願いしたり。

直斗は友人たちと別れ、京都駅へ向かった。新幹線で福岡駅へ。さらに乗り継ぎ、長崎駅からはタクシーで葬儀場へと急いだ。

到着する頃には、日が暮れていた。

葬儀場の1階まで迎えにきた父と合流する。「こっちも、さっき着いたんよ」と言う父。

部屋に入ると、母が泣き叫びながら抱きついてきた。

「ナオ、ごめんねえ」

(つづく)

*敬称略

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