公害「PFOA」

承諾一転、ダイキン井上会長は取材辞退/幹部たちは社外秘資料を「破棄した」(23)

2022年06月21日23時00分 中川七海

ダイキン工業の2000年から2003年の「社外秘資料」には、大阪・摂津のダイキン淀川製作所周辺で起きている高濃度のPFOA汚染を裏付けるデータが詰まっていた。実在したダイキンの部署や担当者たちの名前が記載されていた。

ダイキンが公開を頑なに拒んできた淀川製作所の敷地外へのPFOA排出量も記されていた。国内のPFOA研究の先駆者である京都大学名誉教授・小泉昭夫が言う。

「排出量がメチャメチャ多い。高濃度汚染との整合性が取れている」

社外秘資料には、地域の用水路にPFOAの排水を直接流していた事実も書かれていた。大阪府による直近の調査では、現在もこの用水路のPFOA値が格段に高いことが判明している。

PFOAの危険性が米国発で判明したのは2000年前後。その時から約20年にわたりダイキンのトップとして舵取りをしてきたのは、1994年に社長に就任し今も会長として留まる井上礼之(87)だ。PFOA汚染の原因がダイキンであることが明らかになった今、井上は自身の責任をどう考えるのか。

2021年12月に広報を通し井上への取材を申し込んだ時は断られた。今回は直接、自宅を訪ねることにした。

ダイキン工業の井上礼之会長を突撃取材=2022年6月2日(撮影/渡辺周)

井上会長の報酬、十河社長より1億円高い4億円超

2022年6月2日朝8時50分、私は兵庫県にある井上の自宅に到着した。高級住宅が集まる地区だ。

井上は同志社大学を卒業後、1957年にダイキンに入社。配属されたのは、淀川製作所だ。淀川製作所では当時から公害が多発していた。敷地外に何度も有毒ガスを漏出させ、地域の農作物は焼け焦げた。住民が避難を強いられることもあった。

度重なる公害に1973年、淀川製作所内で「地域社会課」が発足した。課の責任者に就いたのが、井上だった。入社から15年余り。淀川製作所の副所長にまでなっていた。井上は、地域住民を招待する盆踊り大会を考案したり、低価格の飲み放題バスツアーを実施したりした。

井上は1979年に取締役、1989年には専務取締役と出世の階段を駆け上がり、1994年に社長に就任した。2014年に代表権は移譲したが、現在も会長兼グローバルグループ代表執行役員を務め、今も本社に出勤する。年間報酬は、代表権をもつ社長の十河政則(73)を約1億3000万円上回る4億1200万円(2020年度)で、役員の中でも最高額だ。

裸の王様?

インターホンを鳴らすと、「はーい」と女性の声がした。

「おはようございます。東京にある報道機関Tansaの記者の中川と申します。井上会長に取材したく、お伺いしました」

程なくして、エプロン姿のハウスキーパーが玄関先までやって来た。

「井上はこれから出勤で時間がないんですけど、本社の方まで来ていただいたらいいですよ、とのことです」

ここでも挨拶だけしたいと伝え、私は名刺とTansaのパンフレットを彼女に預けた。

数分後、井上が姿を現した。ダークスーツを身にまとい、玄関から迎えの車までの数メートルをゆっくり歩く。「おはようございます」と声をかけると、私の名刺を見ながら、「(Tansaは)知らんなあ。何のお話?」。

Tansaはこれまで7カ月にわたってダイキンとやり取りしている。広報に取材を重ね、連載は20回を超えた。PFOA汚染に関するダイキンの対応、住民が1565人分の署名を集めダイキンの情報公開を求めていること、摂津市議会が全会一致で汚染対策に関する国への意見書を可決したことを報じてきたが、井上はピンときていない。

私は言った。

「淀川製作所の周りで起きている、PFOA汚染についておうかがいしたいんです」

井上が答える。

「私じゃなくて、担当役員や関係者でもいいですか」

それでは困る。PFOAの危険性を20年前には把握していながら、ブレーキを踏まなかったトップとしての見解を問いたいのだ。

井上は2002年に、雑誌『イグザミナ』3月号でのインタビューで「フッ素化学事業においては、世界でナンバーワンもしくはナンバーツーにならないと負け組に入ってしまう」とPFOAを含むフッ素化学事業に意欲を示している。2002年は、ダイキンの取引先でもある米国の3Mが、危険性を理由にPFOA製造を打ち切った年だ。

さらに米国では、ダイキンによるPFOA汚染が裁判に発展している。2005年、市民の飲み水に使うテネシー川から高濃度のPFOAが検出。地域住民のPFOA濃度の上昇との関連が認められた。川の上流にはダイキン・アメリカなどPFOAを製造する各社の工場があったのだ。住民らが提訴した結果、ダイキンは400万ドル(約4億4000万円)を支払うことで、2018年に和解が成立した。

私は「企業トップの井上さんに、おうかがいしたいんです」と言った。井上は自身の名刺を取り出し言った。

「そしたらね、スケジュールを、秘書室にミナミという秘書部長がおりますんで、そこへ電話してくれますか。12時頃に電話をください」

迎えの車に乗り込む前、井上は「東京ですか、この会社? 」と言った。やはりTansaを知らない。ダイキンでは、Tansaのシリーズ「公害 PFOA」について、井上の耳に入れていないのだろうか。

私は「井上会長は裸の王様だな」と思った。

会長秘書「井上の自宅には行かないで」

正午、井上が指定した番号に電話をかけると、「秘書部長のミナミ」が応じた。

「井上から指示を受けてまして。この件に関しては弊社の担当役員から回答するように指示が出てるんです。調整は広報としてください」

さらに秘書部長は言う。

「あと井上は、かなりというか、めちゃくちゃ忙しいんで、自宅の方に行くのは控えてほしいんです」

朝と話が違う。井上は自分で取材を受けることを承諾した。私は、淀川製作所周辺でのPFOA汚染については、井上がきちんと対応すべき問題であることを改めて伝えた。

それでも秘書部長は、「井上の指示」の一点張りだ。

「いやそこはもう、明確に指示が出ておりますので」

私は最後に確認した。

「井上さんは取材を辞退されるということですか」

秘書部長が言う。

「そう捉えてもらって、、、そうですね」

広報に連絡すると、これまでやりとりを続けてきたコーポレートコミュニケーション室・広報グループの野田久乃が出てきた。ダイキンの担当役員が取材に応じることが決まった。野田からのメールには、次のように書かれていた。

今回、Tansa様へ当社の考え等を正確にお伝えしたいと考えております。動画の撮影については、説明の妨げになる可能性があるためお控えいただきたく。ご理解いただけますと幸いです。

執行役員「だいぶ探してみたんですけど・・・」

5日後の6月7日、私は編集長の渡辺周と共に大阪・梅田のダイキン本社を訪ねた。指定のフロアである19階でエレベーターを降りると、すでに広報の野田が待っていた。

通された部屋には、3人の社員が待っていた。

平賀義之 執行役員 化学事業、化学環境・安全担当

小松聡 化学事業部 企画部 環境技術・渉外専任部長

阿部聖 コーポレートコミュニケーション室 広報グループ長・部長

部屋には長方形のテーブルが一つ。ダイキンとTansaが3対2で向き合う形で座った。

「Tansaさんはしばらく長い間報道いただいているのと、いろんなところに取材活動されているということで、一度弊社の方からご説明させていただくのが良いだろうと・・・」

広報グループ部長の阿部はそう言いながら、私から質問するよう促した。野田からは電話で「説明したいことがある」と言われていたが、そうであればと私から切り出した。

まずは、2000年から2003年の「社外秘資料」についてだ。

取材に先立つ5月26日、私は広報部に質問状を出していた。入手した「社外秘資料」の日付と名称を伝えた上で、その中身に関していくつかの質問を送った。ダイキンは、各質問に対する見解を回答してきた。つまりダイキンは、当該の社外秘資料を確認、精査したことになる。

ところが、執行役員の平賀はこう言った。

「その内部文書はですね、我々の方で手持ちにないものでして、我々としてはまだちょっと見れてないというのが実情ですね・・・」

渡辺が驚いて尋ねる。

「ないというのは、もう破棄されたんですか」

平賀

「だいぶ探してみたんですけど・・・」

渡辺

「何年で破棄か決まってるんですか」

これには、渉外専任部長の小松が答えた。

「だいたい10年ですね」

再度渡辺が「書類自体がないと。破棄したということですね」と確認すると、平賀たちは頷いた。

なぜ2000年から2003年のPFOA資料を捨てるのか。その時期はすでにPFOAの危険性が国内外で認識されている。ダイキン自身、Tansaの質問状に対しこう答えている。

2000年、米国においてPFOAのヒトへの蓄積性が注目されるようになってきたことから、米国政府(米国環境保護庁)と情報の共有化や共同研究を行うとともに、大阪府・摂津市とも連携しながら、2015年の全廃に向けて取り組んできました。

ダイキン工業本社が入る梅田センタービル=2022年6月5日(撮影/中川七海)

渉外専任部長「コピー取ってもいいですか? 」

資料がないと、話にならない。私は持参した「社外秘資料」をダイキン側に見せた。小松と阿部は身を乗り出し、平賀はかけていた眼鏡を上げて食い入るように読んでいる。小松は最後に「コピー取ってもいいですか? 」と求めたため、私は承諾した。

後日、ダイキンが社外秘資料のコピーを検証した結果を伝えてきた。

受領致しました3つの資料はいずれも18年以上前に当社内での検討のために作成された資料ではないかと推定しますが、当該資料の存在及び記載内容に係る事実関係を確認できませんでした。

弊社と致しましては、当社が裏付けを持って公表した公式文書ではなく、作成途上と思しき資料で、記載内容の信憑性も確認できない以上、当該資料に対してコメントすることは適切ではないと考えます。当該資料へのコメント、記載内容に基づくご質問にはお答え致しかねますのでご了承いただければと存じます。

社外秘資料には、大阪・摂津の高濃度汚染を裏付ける淀川製作所から敷地外へのPFOA排出量が記されていた。だがその資料をダイキンは破棄したという。

では、敷地外へのPFOA排出量をダイキンは把握しているのか。ダイキンは汚染への責任についてどう考えているのか。

次回は、ダイキン幹部とTansaとの応酬を報じる。

=つづく

(敬称略)

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