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製薬会社から医師への謝礼 年間1000万円超が110人 知られざる利益相反関係とは

2023年05月30日17時14分 渡辺周

日本には現在、30万人を超える医師がいます。講演料やコンサルタント料などで製薬会社から年間1,000万円を超える金銭を受け取っている医師たちがいました。その数、110人です。そうしたケースを含め、医師個人に直接支払われる金額は2016年度の1年間で総額250億円を超えていました。私たちの取材の結果、わかりました。

ドラッグストアなどで市販されている薬と違い、処方箋が必要な薬のことを「医療用医薬品」といいます。その医療用医薬品は製薬会社の売り上げの約9割を占め、年間10兆円にもなります。

医師には臨床現場で薬を処方する権限があります。製薬会社から多額の金銭を受け取ることで、薬の処方に偏りが生まれることはないのでしょうか。もしそうだとしたら、患者さんは金銭で左右された処方による、適正ではない医薬品を使われる可能性があります。

製薬会社は医師に支払った金額を、毎年自社のホームページで公表しています。しかしこれまで、一般の患者さんにとって、医師と製薬会社の間の利益相反(COI)関係を把握するのは簡単ではありませんでした。

私たちは会社ごとのデータを整理し、一つの製薬マネーデータベースとして統合しました。医師名をデータベースで検索すると、どの製薬会社からいくら受領したかがすぐに出てきます。特定非営利活動法人の医療ガバナンス研究所との共同研究として作成し、これまでに2016〜2020年度のデータを集計し、公開しました。2020年度分からは医療ガバナンス研究所の単独プロジェクトとして制作・運営しています。

日本は国民皆保険です。このため、税金や公的医療保険の保険料が薬の代金には含まれていることになります。製薬会社が医師に支払う金銭は、それらの薬の売り上げ代金が元になっています。製薬会社から医師への支払いをチェックすることは、私たちの税金や保険料の使い道をチェックするということでもあります。

製薬会社の「お客様」は患者ではない。薬を処方する医師だ。年間1000万円超が、学会の推奨薬を決めたり薬の値段を決めたりする医師に「ポケットマネー」として渡る。「政治とカネ」を凌ぐ癒着の構造が、そこにあった。本記事は2018年6月〜2021年8月に配信したシリーズ「製薬会社と医師」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

支払い総額266億円

日本製薬工業協会(製薬協)に加盟する製薬会社71社が、2016年度に医師に支払った講師謝金やコンサルタント料などを集計したところ、総額が約266億円に上ることが分かった。

年間で「1,000万円以上」を受け取った医師が110人いた。その約8割が大学教授だった。「2,000万円以上」も6人いた。大学教授や学会幹部、病院長ら、医学界で影響力が強い医師たちに、多額の金銭が製薬会社から支払われていた。

この事実は、Tansaと特定非営利活動法人の医療ガバナンス研究所が作成したデータベースと、それを元にした取材でわかった。

受領医師の5%に「100万円以上」が集中

国内の医師の総数は約30万人。そのうち、約10万人に製薬会社から謝金などが支払われていた。

総額は約266億円。医師が受け取った金額は、「2000万円以上」が6人、「1000万円以上」が110人、「500万円以上1000万円未満」が約400人、「100万円以上500万円未満」が約4200人だった。

これからわかることは、謝金など副収入を製薬会社から得ている医師約10万人のうち「100万円以上」を受領しているのは約4700人で、約5%にすぎなかったということだ。一部の医師に製薬会社からの支払いが集中している。

副収入の種類には、講師謝金、コンサルタント料、原稿執筆・監修料がある。

講師謝金は、製薬会社が主催する講演会やセミナーへの謝礼だ。この講演会は医師向けのもので、薬の知識や治療法を解説することへの謝礼。約8割にあたる約223億円が支払われた。

コンサルタント料は、新薬開発への助言などに関連する報酬で約32億円。

原稿執筆・監修料は、製薬会社が発行するパンフレットなどに書く原稿の執筆・監修料。約11億円だ。

接待規制で、講演会が「販促活動の場に」

なぜ製薬会社は講演会を開くのか。

ある製薬会社の幹部は「接待に対する規制が厳しくなったので、販促活動として講演会ぐらいしか方法がない」という。

製薬会社でつくる医療用医薬品製造販売業公正取引協議会は2012年4月、医薬情報担当者(MR)による医師への接待規制を強化した。製薬会社と医師との癒着を防ぐためだ。内容は以下のようなものだ。

○医薬情報活動に伴う医師への飲食の提供は、1人5,000円まで

○医薬品説明会に伴う茶菓、弁当代は1人3,000円まで

○医師の費用を負担する娯楽は禁止。娯楽は旅行、観戦、観劇、ゴルフ、釣りなど

それにしてもなぜ講演会が販促活動になるのか。

講演会で講師を務めるような医師や研究者は、大学教授や学会の幹部が多い。そうした医師の発言は、他の医師が薬の処方をする上で参考にすることから、製薬業界では業界用語で「キー・オピニオン・リーダー(KOL: Key Opinion Leader)」と呼ばれる。キー・オピニオン・リーダーは製薬会社の販売促進に影響力を持っている医師たちだ。

製薬会社の幹部は「露骨な宣伝はできないが、使用経験や薬の効果についてのエビデンス(科学的根拠)を語ってもらうことで宣伝になる」。

別の製薬会社の元MRは「講演会で自社の薬に有利なデータをいかに語ってもらうかが営業の勝負だ」と話す。

国も規制 「50万円超」で審議会の議決に参加できず

製薬会社から多額の報酬をもらうことは、製薬会社との利害関係が生まれ、医師としての公正さを損なう可能性がある。

そのような事態を防ぐため、例えば厚生労働省は審議会で新薬を審査する医師に対して次のような規定を設けている。

①過去3年のうち審議に関係する製薬会社1社からの受取額が年間500万円を超える年度がある場合は審議に参加できない。

②審議に関係する製薬会社1社からの受取額が、年間50万円を超える年度がある場合は議決に参加できない。

だが2016年度、薬の値段を決める中央社会保険医療協議会(中医協)の「薬価算定組織」の委員11人のうち、9人が製薬会社から講師謝金やコンサルタント料などを得ていた。平均受領額は502万円だった。委員長の秋下雅弘・東京大学教授(老年病科)ら3人の委員が受け取った金額は、それぞれ1,000万円を超えていた。

薬の値段は、製薬会社の売り上げを左右する。その決定に影響力を持つ委員たちが、製薬会社から多額の副収入を得ていた。 受け取った金額によっては、委員は審議そのものにも参加できない。ところが厚生労働省は、各委員がどの製薬会社からいくら金銭を受け取っているのかを示す文書を公開していない。製薬会社と医師の利害関係を透明化するために欠かせないものだ。

受領委員の平均は502万円 / 歯科の専門家2人は受領なし

薬価算定組織の委員名簿は、厚労省のホームページ上では公開されていない。このため、Tansaは情報開示請求を厚労省にかけ、委員名簿を入手した。薬価算定組織の委員は、本委員の11人と、医学や薬学など分野別専門委員の42人で構成される。

Tansaは、本委員11人が2016年度に製薬会社から受領した講師謝金やコンサルタント料などを調べた。もとになったのは、製薬マネーデータベースだ。

薬価算定組織では、委員に対して規制がある。過去3年度のうち、審議に関係する製薬会社から50万円を超える金銭を受け取った年度があれば議決に参加できないほか、500万円超なら審議にも参加できない。

製薬会社から受け取った金額が最も多かったのは、倉林正彦・群馬大教授(循環器内科)の1171万円。次いで、委員長の秋下・東大教授の1157万円、弦間昭彦・日本医科大学学長(呼吸器内科)の1043万円。平均は502万円だった。

歯科の専門家2人は受領していなかった。

以下の表になる。

データベースから集計。千円単位以下は切り捨て。

製薬会社が「列をなす審議会」

薬価算定組織とはどんな組織なのだろうか。

医師が処方する医療用医薬品については、新しい医薬品の製造販売が許可された後、中医協が価格を決める。

この中医協の下部組織に薬価算定組織がある。ここで具体的な価格の算定作業を行っている。年に4回程度、算定組織の委員長が中医協の総会に報告、承認を得るという手続きを踏む。算定組織が薬の値付けに大きな影響力を持っている。

中医協が開催されると、会場の受付には製薬会社の関係者が列をなしている。Tansaもその状態を実際に確認した。『行列のできる審議会~中医協の真実』という本まで出版されているほどだ。

製薬会社の関心が高いのは、薬価が企業の業績を大きく左右するためだ。

例えば、2014年8月に中医協で保険の適用が決まったがん治療薬オプジーボ。算定組織は100mgの1瓶あたり約73万円の値を付けた。画期的な薬と判断されたからだ。

「オプジーボ効果」で、販売元の小野薬品工業は2017年3月期決算で売上が前年比53%増の2448億円に上った。最終利益は2倍増の558億円。いずれも過去最高だった。

厚労大臣、委員の利害関係を「不開示」 / 「個人の権利権益を害するおそれ」

厚労省は、薬価算定組織の委員が製薬会社から多額の副収入を得ていることを把握しているのだろうか。

Tansaは、厚労省に対して、薬価算定組織の委員が製薬会社から得た金銭について情報開示請求をした。

加藤勝信・厚労大臣が出した決定は「不開示」。理由は以下のようなものだった。

●公開することで、個人の権利権益を害するおそれがある

●人の生命や健康を保護するために公開することが必要な情報ではない

ところが、厚労省は、新薬の審査や薬の副作用の調査などをする別の薬事・食品衛生審議会では、その委員が審議に関係する製薬会社から受け取った金額について、委員の申告書をホームページに掲載している。

その審議会では、製薬会社と委員との金銭が絡む関係が適切かどうか、私たちもチェックすることができる。

薬価算定組織は違う。

委員が提出した申告書が公開されていないので、製薬会社と委員との関係について、外部から確認しようがない。情報開示請求をしても「不開示」の決定になった。

製薬会社から得た金額により委員を退席させるなど、利害関係に関する規制通りに審議を運営しているのだろうか。Tansaは、薬価算定組織の秋下委員長に話を聞いた。

2018年5月13日、東京都千代田区の都市センターホテルで、学会の講演を終えた秋下委員長に会った。約45 分間にわたって話を聞いた。

情報公開請求で入手した薬価算定組織、本委員の名簿(2018年4月12日時点)

ルール通りに運営されたか?

私たちの集計によると、秋下委員長は2016年度、製薬会社から講師謝金、原稿執筆料・監修料、コンサルタント料の名目で計1,157万円を受け取っている。

支払った側の製薬会社は、第一三共が562万円、武田薬品工業が240万円、MSDが100万円などだ。

薬価算定組織では、過去3年度のうち、審議に関係する製薬会社から50万円を超える金銭をもらった年度があれば、議決に参加できないという規則がある。さらに、500万円超なら審議にも参加できない。委員は、審議に関係する製薬会社からもらった金銭を自己申告しなければならない。これがルールだ。

ルール通りだと、秋下委員長の場合、第一三共が製造か販売する薬に関する審議には参加できないことになる。さらに、武田薬品工業とMSDの場合は議決に参加できない。

2016年4月13日から2018年5月16日まで、価格が決まった新薬は208あった。このうち、第一三共が製造か販売する薬は14、武田薬品工業は7、MSDは13だった。

ということは、薬価算定組織の委員長が、少なくとも1割の新薬の審議・議決にかかわれないことになる。

これらの薬の審議で秋下委員長は、ルール通りに退席したり議決から抜けたりしたのだろうか。

「退席することも結構あった」

秋下委員長は次のように答えた。

「僕ね、記憶もあんまり定かじゃないですけど、秘書が全部やってますので。秘書が全部計算しています。厚労省の方は厚労省の方で、確認をして」

「退席することも結構あったかと思います。審議に加わらない、一切」

秋下委員長が製薬会社から受け取った講師謝金など計1,157万円のうち、第一三共、武田薬品工業、MSDの3社で計902万円と約8割を占めている。

なぜこのような偏りがあるのか。

秋下委員長はいう。

「僕はプライマリ・ケアに関わっている。血圧であったり糖尿であったり、そういうようなことの集合としてやっている。つまり総合製薬会社が多くなってしまうということなんですね」

プライマリ・ケアとは、初期診療で幅広い疾患を総合的に扱う診療のことをいう。

「委員の裁量ない」「権威も何もない」

さらに秋下委員長は、製薬会社のために「値段を上げようとしたことはない」といった。

「審査って、委員の裁量ないんですよ。(薬価を算定するための)ルールががっちりしているんで。ルールを決めるのは僕たちじゃない」

「『もうちょっとこの薬高くていいんじゃない? 高すぎるんじゃない?  でもルールは動かせないのでしょうがないよねって』っていう、大体その議論なんですよ」

「僕たちはもっと(薬の値段を)上げようと動いたことなんて全然ない」

審議も事務局である厚労省主導で行われるという。

「質問が出ると、(厚労省の)専門官が答える。場合によっては医療課長が。僕なんか全然いわない。間違っちゃったら困るので。細かい話で『うーん』と思いながら、後でちょっと確認することはありますけど。まあそれくらいのもんです。(算定)組織は思ってらっしゃるほど権威も何もない」

しかし、この秋下委員長の認識は、算定組織の趣旨とは明確に異なっている。

ここでもう一度、薬の値段の決まり方を整理しておく。

医師が処方する医療用医薬品については、新しい医薬品の製造販売が許可された後、中医協が価格を決める。この中医協の下部組織にあるのが薬価算定組織だ。ここで具体的な価格の算定作業を行う。

そして、年に4回程度、算定組織の委員長が中医協の総会に報告、承認を得るという手続きを踏む。

算定組織が、薬の値付けに大きな影響力を持っているとされるのはこのためだ。

しかし、その算定組織のトップである秋下委員長は、自らがトップを務める算定組織についてこういった。

「組織は権威も何もない。だから僕もすっごい絶対嫌だったです」

「質問が出ると(厚労省の)専門官が答える。場合によっては医療課長」

「厚労省任せ」であることを認めたのだ。

ということは、薬の価格は厚労省が主導して決めているということなのだろうか。

委員長に選ばれたのは「ネームバリュー」「東大教授」

審議で積極的に発言するわけでもなく、質問に答えるのも厚労省の役人という。であるなら、なぜ秋下氏は薬価算定組織の委員長に選ばれたのか。

秋下委員長はこう答えた。

「まあ、ある程度のネームバリューとか、東大の教授だとか、取り組んでいることがこういうところ(高齢者を総合的に診療する)だから、まあ少なくとも不都合はないって感じですかね」

では、算定組織の責任者である委員長は、製薬会社と薬価算定組織委員との利害関係が非公表であることについてはどう考えるのか。さらには、医師が製薬会社から多額の金銭を受け取ることについてはどう考えるのかーー。

秋下委員長からは意外な答えが返ってきた。

秋下委員長は副収入の大半を占める講演会の謝金について、「薬の宣伝をしているわけではない」と断った上でこう語った。

「言い訳的になりますけどね、知ってる先生に『先生講演来てください、いついつで』って講演の予定を組み込まれた。で、実はそれにスポンサーがついてます。これ結構あるんですよね。(講演の依頼を)受けた後に、(製薬)会社の人が来て。結構困るんですよね」

「教授になり講演会に呼ばれる機会が増えた」

では秋下委員長は、製薬会社の講演会では講師を務めたくないのだろうか。

「教授とかの立場になって、講演会に呼ばれる機会が増えて、アカデミック・アクティビティ(学術活動)としても講演会に行くっていうことは重要なわけですよね。それが、『製薬会社の講演であったりっていうのはどうなの?』っていう。医師会だったらいいのに、『なんで製薬会社なの?』とかね。僕としては、残念な思いもあります」

「今(講演会を)頼まれるうち9割くらい断っています。なるべく行かないように自分の中で自粛、自主規制をかけないといけない」

そして、秋下委員長は「特に東大の人は自主規制かけている人が多い」といって、自身が所属する東大病院で、患者の個人情報が製薬大手のノバルティスに渡っていた事件に言及した。

「(ノバルティスの事件で)世の中的にガッと変わった。それじゃなくても全体的にそういう方向に向かっているんだなって思う」

「ネガティブなことは書かないで」

では、医師が製薬会社から得ている副収入を公開されることについてはどう考えるか。

秋下委員長は「誰でも見れるっつったらちょっと嫌ですね」といって理由をこう述べた。

「例えばうちの隣の人がですね、『あの秋下さん、大学の先生でいろいろ、どうなってるんかね』っていわれたら嫌ですよね。それだったら、支払いの請求書とか女房もゴミ出すのも気をつかいますもんね。興味本位で見られちゃうのは、医師としては嫌だろう」

「女房がゴミを出すのも気をつかう」というのは、出したゴミの中に金銭関係の書類が入っていて、人に見られたら困る、という意味だ。

しかし、医師の全ての収入が公開される訳ではない。製薬会社から得た金銭が明らかにされるだけだ。製薬会社から金銭を受領することで、その製薬会社の薬を優先的に処方することがないかチェックするためだ。

そのこと伝えると、秋下委員長は「それはわかっています。そういう仕組みが必要なのもわかっています」といった。

秋下委員長は取材の中で、「あんまり変なこと書かないでね、ネガティブなこと」といい、記事を出す前に再度会うことを要請した。

私たちはそのため、要請に従って再度の取材を秋下委員長に求めた。ところが秋下委員長は応じてくれなかった。理由は「多忙」。結局、書面でこちらの質問に回答した。

薬価算定組織の委員が製薬会社から得ている副収入を公開していないことについては、以下のような答えだった。

「開示の在り方については、今後の社会情勢を鑑みながら、関係各省・各機関と連携をもちつつ検討していく課題と考えます」

具体的に何も答えていない。もちろん「公開する」とは一言も書いていない。

ゲルシンガー事件で「透明化」が加速、「10ドル以上」公開に

製薬会社から医師への金銭支払いを「透明化」しようという試みが本格化したのはアメリカからだった。

1999年、ペンシルベニア大学で実施していた新薬の実験で、被験者である18歳の少年が死亡した。担当医は新薬を開発する会社の大株主で、少年に新薬の副作用などリスクをしっかり伝えていなかった。この事件は、亡くなった少年の名をとってゲルシンガー事件と呼ばれている。

この事件以降、製薬会社と医師との金銭が絡む関係を透明化しようとする動きが加速し、オバマ大統領が進めた医療保険改革法のもとサンシャイン条項ができた。この条項によって、製薬会社から医師への10ドル以上の金品は、医師の個人名とともに情報公開することが2013年から義務付けられた。

ところが日本ではまだまだ「透明化」とは言い難い状況がある。

日本学術会議は「データベース化」提言

アメリカでの動きを受け、日本でも大手製薬会社が加盟する業界団体・日本製薬工業協会(製薬協)が2011年に「透明性ガイドライン」をつくった。ほぼ同時に日本医学会も指針をつくり、「多額の金銭が提供されると研究成果の解釈や発表でバイアスがかかる」と、情報公開の動きに歩調を合わせた。2013年から毎年、製薬各社は自社のホームページで医師への金銭の支払い情報の公開を始めた。

しかし、製薬会社と医師との利害関係を正確に把握するには、どの製薬会社から、どの医師が多く金銭の支払いを受けているのか、それを比較することが必要である。特定の製薬会社から1,000万円をもらっているのと、10社から100万円ずつもらっている場合では、前者の方の利害関係が濃くなり、偏りが生じる可能性はより高くなるからだ。

比較するためには、医師名を入力すればどの製薬会社からいくら支払われているか一覧できるデータベースが必要だ。

日本学術会議の臨床試験制度検討分科会は2014年3月27日、次のように提言している。

「製薬協は、各企業が開示する医療施設・機関等、医師への支払額などの情報を、全てデータベース化する。また、各企業は、公表した全ての項目について社会から疑義等が指摘された場合、迅速に調査を行い、疑義等を払拭する説明責任を適切に果たさなければならない」

ところが、製薬協はデータベースをつくっていない。このため、Tansaは、医療ガバナンス研究所とともにデータベースをつくることにしたのだ。

製薬各社の情報は複数のサイトにまたがり、掲載システムや様式も異なる。データをPDF化できないようしたり、膨大なデータを閲覧するのに1件ずつを閲覧申請をさせたりする社もあった。様々な障壁を何とかクリアし、処理したデータは各年数十万件に上る。初年度のデータベースの作成作業には延べ3000時間以上がかかった。

米国とドイツの非営利型ニュース組織がデータベースを公開

こうしたデータベースづくりは、アメリカとドイツが先行している。

いずれも、Tansaと同様、非営利型の探査報道ニュース組織が作成した。

そしてそのデータベースは、患者さんが自分の医師と製薬会社との利害関係をチェックする目的で、一般に公開された。誰でも簡単に利用することができる。

アメリカでは、探査報道の非営利型ニュース組織プロパブリカ だ。このデータベースの名称は「Dollars for Docs(医師へのカネ)」。医師の名前などを検索窓に入れると、その医師が製薬会社からどのくらいの金銭を受け取ったのかが簡単にわかる。

ドイツでは、探査報道の非営利型ニュース組織コレクティブが「Finde Deinen Arzt(あなたの医者を見つけよう)」というデータベースを一般公開している。「あなたの医者は製薬会社からお金をもらったか?」と読者に問いかけ、医師の名前、市町村名または郵便番号を入力して検索できる仕組みだ。

「医師が『産業の歯車』になったら」

薬害HIVの被害者である花井十伍さんに話をうかがったことがある。

血友病患者に投与された非加熱製剤が問題になる前のことだ。血友病の子どもたち、親、医師らが、その非加熱製剤を扱っている製薬会社のサポートで、治療法を学ぶキャンプがあった。参加者の中にはその後、エイズで亡くなった少年もいた。

一緒に参加した医師は「医師も製薬会社も頑張ったのに、なんでこんなことになったんだろう」と振り返ったという。

花井さんはこう思ったそうだ。

ーー「みんな頑張った」じゃなくて、薬害エイズは防げたんだ。誰かが処方したから薬害になったんだ。「国が薬を安全だと言った」と言い訳する医者がいるが、それなら処方権を放棄しろといいたい。

サイエンティストが自然と産業の歯車になってしまっている。構造の問題だ。医療が産業化してしまっている。薬学部の学生に授業をする時は、産業の立場に立つか、命を守るサイエンティストになるか、選択を迫られる時が来ると言っている。

確かに血友病は製薬会社の薬で改善された。そこは彼らの成果だ。だが製薬会社は有効性を証明する研究には熱心でも、副作用の研究には熱心ではない。それが産業の論理だ。薬害被害者にしたら、医者は有効性を証明している間よりも、問題が起きた時への対処で製薬会社との利害関係が効いてくる。対処が遅れ、被害が大きくなる。

国民皆保険であることは肝中の肝。適切に国民の命のために使ってるか、チェックしなければならない。ーー

医師は、患者のことを第一に考える存在であってほしい。製薬会社は医師との利害関係を透明化した上で、患者さんの命と健康を守る薬を売ってほしい。

製薬会社の「お客様」は患者ではない。薬を処方する医師だ。年間1000万円超が、学会の推奨薬を決めたり薬の値段を決めたりする医師に「ポケットマネー」として渡る。「政治とカネ」を凌ぐ癒着の構造が、そこにあった。本記事は2018年6月〜2021年8月に配信したシリーズ「製薬会社と医師」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。製薬会社から医師への資金提供を透明化した製薬マネーデータベースはこちらです。

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