ピックアップシリーズ

都の公営住宅で毎日1人が孤独死 政策が封じ込めた「貧困」と「高齢化」

2023年06月02日14時30分 渡辺周

孤独死が、東京都が運営する公営団地で後を立ちません。2018度は501人が孤独死しました。毎日1人以上のペースです。さらにその数は、年を追って増えている状況です。

人生の終幕。家族にも看取られず、独りぼっちで息を引き取ることになるとしたら、そして、亡き骸を引き取りに来る家族がいなかったとしたらーー。

国は戦後の住宅不足を解消するために公営住宅を建てました。地方から上京し、経済成長を支えた人たちにとっては「希望の住宅」でした。

しかしバブル経済崩壊後の1990年代後半、国は公営住宅の役割を大きく変えました。収入の少ない人や体の不自由な人たちが暮らせる「セイフティー・ネット」の役割を持たせようとしたのです。

その結果、公営住宅には貧困と高齢化がつきまとうことになりました。孤独死が多発しています。

しかし国は「公営団地と孤独死」の問題に真剣に向き合おうとしているようには見えません。全国の公営住宅でどのくらいの孤独死が発生しているのか。そのデータすら把握していないのです。

私たちは都営団地の孤独死の現場を訪ねることにしました。東京都の郊外にある都営の愛宕団地。「夢の住宅街」と呼ばれた巨大住宅群・多摩ニュータウンの一角にあります。

東京は日本のGDPの5分の1を占め、予算規模はスウェーデンの国家予算を凌ぐ。だがその繁栄とは裏腹に、取り残された人たちがいる。都営団地では高齢者が毎日1人、孤独死していた。英紙「ガーディアン」とのコラボ企画。本記事は2019年6月に配信したシリーズ「東京物語 Tokyo Stories」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

夕景の愛宕団地=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年5月24日午後5時42分(C)Taishi Sakamoto

東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課調べ。同課は孤独死数を「居室内で単身で死亡した人数」と定義。「入居者」は契約者を指す

一人、ベンチで座っていた

都営愛宕団地は、新宿から京王線で30分ほど、京王永山駅から徒歩約20分にある。斜面の坂道に沿って建つ団地は5つのブロックからなり、総戸数は1,698戸ある。スタジオジブリの代表作の一つ、映画「耳をすませば」の舞台にもなった。

その団地で今、高齢者の孤独死が相次いでいる。

5階建ての団地の3階。エレベータはない。鉄扉の玄関には、男性の表札がかかっていた。

〈大塚一良〉

郵便受けはガムテープで塞がれていた。空き部屋のままだった。

大塚さんは独り暮らしで、2年ほど前に部屋の中で亡くなったという。

同じ棟や近くの棟に住む住民に話を聞いた。

大塚さんは、以前は映画会社・松竹の大船撮影所で衣装係として働いていた。俳優の市原悦子と衣装合わせのことで言い合いをしたこともある、と自慢話を聞かされた人もいた。

愛宕団地は1970年代から入居が始まった。1970年代と言えば、日本経済が大きく飛躍した時期だ。大塚さんはその1971年に入居した。妻と息子2人の4人家族だった。

映画マンだっただけあって、おしゃれだった。出かける時は、首元にネッカチーフを巻いていることもあった。コーヒー好きで、豆は専門店で買って自分で挽いていた。

1980年代後半、くも膜下出血で倒れた。都内の大学病院に入院した。しかし、足と左手に麻痺が残った。杖をつくようになった。

ところが、退院して戻ってくると、妻と子どもは家にいなかった。大塚さんは独り暮らしになった。団地の中のベンチに1人で座っている姿を見かけるようになる。「情けない」と泣いていた。

大塚一良さんが座っていたとみられる公園のベンチ=東京都多摩市和田3丁目、2019年6月1日午後6時10分(C)Taishi Sakamoto

亡き骸の引き取り手もなく

大塚さんは、弁当の宅配サービスを利用し、毎日弁当を届けてもらっていた。

同じ棟の住民が弁当の宅配人に聞いた話によると、大塚さんに弁当を届けた際、容体が悪そうだった。そして、応答がなくなった。自宅を訪問しても返事がなかった。本社に連絡した上で警察に知らせた。

警察と消防がやってきて、3階までハシゴをかけて窓から部屋の中に入っていった。

大塚さんは死んでいた。孤独死だった。部屋には血の痕があった。

しかし、大塚さんの別れた家族は現れなかった。遺骨の引き取り手もいなかった。

孤独死は「394戸で14人」

自前の車で地域の見守りを続ける松本俊雄さん=東京都 多摩市愛宕4丁目、2019年5月24日午後5時32分(C)Taishi Sakamoto

愛宕団地で自治会の役員を務める松本俊雄さん(71)は「孤独死は増え続けている」という。

松本さんが住むブロックは394戸。2018年は14人が孤独死だった。松本さんによると、14年ほど前から孤独死が次第に増加したという。ちょうど、日本の人口が減少局面に入り、少子高齢化が一段と進んだ時期だ。東京都によると、都営団地の契約者で65才以上が占める割合は、67パーセントだった(2017年3月末時点)。東京都全体の高齢化率の23%を大きく上回っている。

私たちは団地を歩いていた人に声をかけた。

若い頃は鮮魚店で働いていた73歳のその男性は、母親を18年前に亡くしてから独り暮らしだ。毎日の楽しみは酒を飲んでタバコを吸うことだけ。足が不自由で杖をついている。

「もう3年くらいしたら、今度は俺が死んじゃう」

杖をつきながら団地の坂道を上っていった。

高低差の大きい愛宕団地(国土地理院の情報サイト電子国土webから作成)

「俺も人ごとじゃないよ」

自宅からバス停に向かう途中の田中嘉一郎さん=東京都 多摩市愛宕1丁目、2019年6月3日午後5時4分(C)Taishi Sakamoto

やはり独り暮らしの田中嘉一郎さん(73) はいう。

「俺も人ごとじゃないよ」

妻には2007年9月に先立たれた。結婚した娘には1年に1度、墓参りで会うくらいだ。

田中さんは愛宕団地にあるコミュニティーセンター「愛宕かえで館」に毎日のように顔を出す。そこで碁を打ち、タバコを吸うのが日課だ。週に一度は仲間とカラオケで好きな歌を歌う。

「『そういえば、あの人最近来ねえなあ』と思ったら、死んでたなんてよくあるよ」

2018年夏、田中さんが暮らす棟で高齢の女性が亡くなった。

近所の人が女性の部屋の前を通ったとき、おかしな臭いがした。警察に通報した。女性はベッドの上で亡くなっていた。

田中さんはその女性の名前を知らない。年齢も、80歳くらいだろうとしか言えない。

「一度『おはようございます』と挨拶したことがあったけど、無言だった。年をとると、近所付き合いがどうしてもおっくうになる人もいる」

「付き合いもなかったから、葬式にも行けない」

「これまで楽しかった時期も、幸せだった時期もあるはずなんだがね」

「人は、20年後の自分を想像することはできないんだ。どうなるかわからない。だから、今を楽しもうと思っている。孤独死が怖いかって? 覚悟している」

田中さんは年金が生活の頼りだ。食費は1日1,000円以内と決めている。

「そうしないと生きていけない」

バスを降りて自宅に帰るお年寄りの男性=東京都多摩市愛宕1丁目、2019年6月3日午後5時54分(C)Taishi Sakamoto

東京都多摩市愛宕4丁目の幹線沿いに、木々が取り囲む広大な空き地がある。多摩市立西愛宕小学校の跡地だ。愛宕団地の子どもたちが通った。

西愛宕小学校は2016年3月に閉校した。校舎や体育館はすでに撤去され、黄土色の更地になっている。胸の高さほどのくすんだ白い塀と、校門の一部だけが、学校の面影を残す。

西愛宕小学校ができたのは1976年だった。市教委によると、児童数は1981年には720人に達した。しかし児童数は団地の高齢化とともに減った。閉校したときは68人だった。現在は、近くの1校と統合された。

廃校になった多摩市立西愛宕小学校の跡地=東京都多摩市愛宕4丁目、2019年5月24日午後5時31分(C)Taishi Sakamoto

国交省、公営住宅の働き盛りを「きちんと追い出す」

公営住宅法は1996年に大改定された。時期としては、バブル経済が崩壊し、日本経済が低迷を始めた頃だ。

改定では、収入が入居基準を上回ると公営住宅の立ち退きを求めることができるようにした。それによって、稼ぎのある若い世代を、民間の住宅や不動産を買ったり借りたりするように誘導したのだ。経済を刺激するのがねらいだった。立ち退かない場合は、近隣の民間住宅家賃の最大2倍の金額を徴収する方法もとった。

その結果、1951年に公営住宅法ができた時には80%の世帯に入居資格があったのに、1996年の改定では、それが所得が低い25%の世帯に絞られてしまった。政府は当初のスローガンである「国民住宅」を捨て、低所得者の「セーフティネット」を強調するようになった。

この改定は、民間業者の住宅市場に公営住宅の住民を誘導するもので、「新自由主義政策による『住宅システムの市場化』」「新自由主義的な住宅市場化政策の転換」などと指摘された。

働き手の若い世代が出て行ったら、公営住宅はどうなるだろう。

コミュニティーセンター(愛宕かえで館)にあるデイサービスの送迎バスに乗るお年寄りの女性=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年6月3日午後4時28分(C)Taishi Sakamoto

1996年4月、衆議院建設委員会で批判の声があがった。

「現在でも公営住宅は高齢化している。それがますます促進されてしまう」

しかし政府は経済活性化を優先させ、公営住宅から働きざかりの人たちを退去させることに手を緩めなかった。

国土交通省の担当者は2002年10月、公営住宅についての審議会でこんな発言をしている。

「高額所得者ないしは収入超過者もきちんと追い出すという仕組みが十分でなかったものですから、2年の経過措置できちんと追い出すという体制を組んだ結果、収入超過者も減りました」

「収入超過者ないしは高額所得者につきましては、割増賃料を取ったり、追い出し措置を起こすような仕組みで対応しているところでございます」

「従来は特に貧乏な人と中ぐらい貧乏な人という1種・2種という区分がございましたが、それを廃止している」

国の政策が高齢化と貧困を公営住宅という場所に閉じ込めた。

5年で2,344人が孤独死するという「セーフティーネット」

愛宕団地を走る多摩市ミニバス=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年6月3日午後3時39分(C)Taishi Sakamoto

そもそも、公営住宅は本当に社会的弱者の最後の拠り所(セーフティネット)の役割を果たしているのだろうか。

東京都営団地では高齢化が進んだ。

そして、「孤独死」が多く起きている。2014年度から2018年度までの5年間で、計2344人が孤独死した。

愛宕団地も例外ではない。

子どもが成人して仕事に就き、所得を得るようになった場合、世帯の所得制限を超えてしまう。例えば、家族4人の場合、年収447万円を超えてはいけない。子どもは都営団地から出ていかなくてはいけなくなるケースが多いという。その結果、親だけが残り、高齢化が進む。

2016年に小学校が閉校しただけではなく、2001年には大型スーパーが撤退した。団地付近は標高差が最大で40メートルあるが、5階建てまでの棟にはエレベーターは設置されてなく階段ばかり。足腰の弱った高齢者がたどたどしく歩いている。

窓から見た愛宕団地=東京都多摩市和田3丁目、2019年5月24日午後5時17分 (C)Taishi Sakamoto

あたご自治連合協議会の総会に参加し、議案に賛成の拍手を送る人たち=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年5月26日午後12時20分(C)Taishi Sakamoto

高齢化が進む中で、団地の自治会は何とか孤独死を防ごうと奮闘している。

「おむすびプロジェクト」では、独り暮らしのお年寄りたちが梅干しなどを具に持ち寄る。その場でおにぎりを作り、わいわいがやがやとおしゃべりをしながら、口にする。

夏には盆踊り大会。どれも、独り暮らしのお年寄りが自室に引きこもって孤立してしまわないようにするための取り組みだ。

だが、若い人が少ないので活動には限界がある。

愛宕団地では、週3回、移動スーパーがやってくる。スーパーが団地から撤退した後、自治会の役員を務める松本俊雄さん(71)が中心となって、買い物に困っている高齢者のため行政に働きかけた。

6月10日の午前10時30分頃、1台の軽トラックが到着した。特別にしつられた荷台には肉や魚、野菜、調味料などが並んでいる。お弁当もあった。

この日は雨だった。雨傘をさした住民たちが、開店時間の40分間に次々と買い物に訪れた。

「半額の野菜なんかはすぐに売り切れちゃうのよ」

「ほんと、助かるのよ。こうしてここまで来てくれると」

自治会の松本さんは「お年寄りは駅まで買い物に行くのはつらい。バスのステップだってつらいのに、雨に降られてごらんなさい。暑い日や寒い日は大変ですよ。階段が多い街だから、これを行政になんとかしてほしいと思うけど」。

「亡くなった人の後に入ってくる人がまた高齢者では、将来は灰色だ。若い人を団地に取り込まないと、将来はバラ色にならない」

愛宕団地に来た移動スーパー=東京都多摩市愛宕4丁目、2019年6月10日午前10時58分(C)Taishi Sakamoto

「危機感を持っている」というけれど

愛宕団地の中にあった商店街はシャッター街になっている=東京都多摩市愛宕1丁 目、2019年6月3日午後1時56分(C)Taishi Sakamoto

都営団地には、東京都内で計25万6300世帯が入居している。2014年度から2018年度までの5年間で、計2,344人が孤独死した。

この事態を東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課の小町高幹課長は「危機感を持っている。孤独死をできるだけ防ぎたい」という。

都は2002年度から団地の高齢者宅を巡回して安否確認をする取り組みを始めた。その10年後の2012年には、巡回監視で、警察の立会いのもと緊急時には居住者の許可を得ないで入室できるようにした。その契機になったのは、都営住宅で高齢者の母子(母90歳代・子60歳代)が亡くなっていたことだった。巡回監視の際に応答がなかったが、許可なく部屋に入ることはできなかったため、発見が1〜2日遅れてしまったという。

小町課長は「危機一髪、救急車を呼んで助かったケースもある。緊急入室は一定の効果はあるかと思う」という。ただ、孤独死を減らすまでには結びついてないと考えている。

「巡回制度の改善や福祉部門との連携など、孤独死を防ぐ取り組みについて、議論と検討を始めている」

夜の愛宕団地=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年5月26日午後7時16分(C)Taishi Sakamoto

1996年に公営住宅法を大改定した国はどう考えているのか。国土交通省住宅局住宅総合整備課の鈴木孝太課長補佐に聞いた。

「公営住宅は、民間住宅では家賃が高かったり、障害があるということで受け入れてもらえなかったりする人のセーフティネットになっている」

高齢者ばかりが団地に集住し、孤独死が起きている現状については「問題だと認識している」という。

では、全国の公営住宅で何人が毎年孤独死しているのだろう。東京都営団地だけで年間約500人が孤独死しているのだから、全国では相当な数になるはずだ。

鈴木補佐は、全国の公営団地で何人が孤独死したかわからないという。国交省として数字を把握していなかった。

現状を把握できていないのに、どうやって対策を立てるのだろうか。

鈴木補佐はいった。

「深刻な状況だと受け止めています。おっしゃることはわかります」

愛宕コミュニティーセンター運営協議会代表をしている中村義彦さんはこういう。

「若い人が入ってこない。稼ぎが増えると、ここを出ていかないといけない。孤独死もある。行政はそういう問題になるのは分かっていたのに手をつけないできた。行政の対応は泥縄式だ。問題を先送りしているだけだ」

石田光規・早大教授「地域づくりの発想が全くない」

地域コミュニティのあり方を研究し、『つながりづくりの隘路ーー地域社会は再生するのか』『孤立の社会学ーー無縁社会の処方箋』などの著書もある、早稲田大学文学学術院の石田光規教授に話を聞いた。石田教授は都営愛宕団地の現地調査もした経験がある。

ーー都営団地で昨年度は501人が孤独死しています。この数字をどう受け止めますか?

「あれだけ高齢化が進めば、毎年500人が孤独死するのは不思議ではない。国の政策は、困窮している人を団地に集めるというだけで、地域づくりの発想が全くない」

ーー地域づくりで重要なことは?

「地域づくりは、高齢者や障がい者だけでは難しい。余力のある人たちが加わる多様性が必要だ。低所得者には家賃を補助して民間のアパートに入居してもらう政策をとっていれば、地域に多様性が生まれていたはずだ。一度住民の層が固定化してしまうと多様化するのが難しい」

ーー都営団地にこれから必要なことは?

「自治体、社会福祉協議会が地域づくりのために人的な支援を手厚く行う必要がある。低所得者の高齢者だけではなく、多様な人が入居できるよう家賃にグラデーションをつけてはどうか。自治会の次の担い手を探すことが重要だ」

愛犬とコンビニエンスストアのセブンイレブンへ向かうお年寄り=東京都多摩市和田3丁目、2019年6 月1日午後6時30分(C)Taishi Sakamoto

東京は日本のGDPの5分の1を占め、予算規模はスウェーデンの国家予算を凌ぐ。だがその繁栄とは裏腹に、取り残された人たちがいる。都営団地では高齢者が毎日1人、孤独死していた。英紙「ガーディアン」とのコラボ企画。本記事は2019年6月に配信したシリーズ「東京物語 Tokyo Stories」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

ピックアップシリーズ一覧へ