日本ジャーナリスト会議(JCJ)が12月6日、シンポジウム「戦後80年からのジャーナリズムに求められること」を開く。Tansaの中川七海が、上丸洋一さん、鈴木エイトさんと共に登壇する。上丸さんは元朝日新聞の記者で、『原発とメディア』『南京事件と新聞報道』(朝日新聞出版)などの著書がある。鈴木さんは、統一教会報道の第一人者だ。
大切なテーマだ。自分なりに、「戦後80年からのジャーナリズムに求められること」は何だろうと考えてみた。
3人のジャーナリストのことが、思い浮かんだ。
ひとりは柳川喜郎さん。柳川さんは元々NHKの記者で、1995年4月に故郷の岐阜県御嵩町の町長に転じた。御嵩町では当時、産廃処理場の計画が進んでいたが、柳川さんは待ったをかけた。水源の木曽川が汚染される懸念があった上、計画地には国定公園が含まれていた。
1996年10月30日午後6時ごろ、柳川さんは自宅前で2人組の男に襲われる。バットで殴打され、意識不明の重体に陥った。
だが犯人は分からないまま、時が過ぎた。私が柳川さんに出会ったのは、時効の年の2011年だ。当時は朝日新聞で探査報道を担当していて、時効前に事件の真相に迫ろうと取材した。
柳川さんは被害者なのだが、私と会う時はジャーナリストの顔に戻っていた。「暴力団や右翼団体の暗躍が事件の背景にあったのではないか」などと、互いの取材結果を突き合わせながら共に推理した。柳川さんが「この事件おもしれー」と言った時は舌を巻いた。命を脅かされる被害を体験しながら、ジャーナリストとしての探究心が上回っていた。
岐阜県警で柳川さんの事件を捜査した元刑事のAさん、柳川さん、私の3人で酒を飲んだことがある。
Aさんは、柳川さんとそれまで会ったことがなかった。柳川さんは事件後、岐阜県警の捜査を徹底して批判した。柳川さんは被害者ではあるものの、Aさんにしたら煙たい存在だったようだ。私がAさんを説得した。
「柳川さんと会ってほしい。被害者だから知っていること、私の取材、Aさんの捜査結果を突き合わせれば新たな発見があるかもしれない。柳川さんは暴力を憎んでいる。警察の捜査を批判してきたのも、暴力と闘うジャーナリスト精神の表れだ」
飲み出すと、Aさんは柳川さんとすぐに打ち解けた。柳川さんと私がマークしていなかった捜査対象についても教えてくれた。Aさんは柳川さんに言った。
「わしは、もっと早くにあんたに会うべきだった」
「社屋を売り払ってでも闘う」
2人目は、ニューヨーク・タイムズのジェームズ・レストンさんだ。
ベトナム戦争中の1971年、タイムズは米国防総省の秘密報告書の全容を暴いた。報告書は、ホワイトハウスがベトナム戦争をめぐっていかに真実をねじ曲げてきたかを物語る第一級の資料だった。タイムズの報道は1975年の戦争終結に貢献した。
このスクープを放ったのは、ニール・シーハンさん。シーハンさんが来日した時、レストンさんとのエピソードが語られた。『メディアの興亡』(杉山隆男著、文藝春秋)で紹介されている。
ある元記者がシーハンさんに質問した。
「いくらニューヨーク・タイムズでも、そうした重大な、会社を危機に引きずりこむかもしれない記事をのせようという時は、やはり会議にかけるんでしょうね」
「いや、会議なんて、そんな大げさなものはありません」
シーハンさんは笑って答えた。
「あの時は、ぼくが副社長のジェームズ・レストンに呼ばれて、社長もいるところで例の秘密文書について話を聞かれただけです」
「レストンはどう言ったのですか」
「ひと言、これは本物か。ぼくが、本物です、と言ったら、レストンは、わかった、と言って(中略)部長会を開いて一席ぶちました。これからタイムズは政府と戦う。かなりの圧力が予想される。財政的にもピンチになるかもしれない。しかし、そうなったら輪転機2階にあげて社屋の1階を売りに出す。それでも金が足りなければ今度は輪転機を3階にあげて2階を売る。まだ金が必要というなら社屋の各階を売りに出していく。そして最後、最上階の14階にまで輪転機をあげるような事態になっても、それでもタイムズは戦う」
「Interesting!」
3人目は韓国のニュースタパを創設した、キム・ヨンジンさんだ。
ニュースタパは、ユン・ソンニュル前大統領を批判して、検察から強制捜査を受けた。ヨンジンさんも家宅捜索を受けた。裁判は今も継続中だ。
マレーシアのクアラルンプールで先週開かれた「Global Investigative Journalism Conference」(世界探査ジャーナリズム会議)でのこと。キムさん、台湾の報導者のシェリー・リーさん、私の3人で話をしていた時のことだ。シェリーさんがヨンジンさんに聞いた。
「タパが検察から強制捜査を受けて、どうやって切り抜けてきたのか。あなたのことを心配していたのよ」
ヨンジンさんは「Interesting!」と言って笑った。権力と闘っている今の状況自体が面白くて楽しんでいるという。「必ず勝ってやる」と言っていた。
柳川喜郎さん、ジェームズ・レストンさん、キム・ヨンジンさん。この3人のジャーナリストに共通しているのは「闘魂」だと思う。しかも悲壮感を伴う闘魂ではなく、晴れやかな闘魂。闘魂は、私が敬愛するアントニオ・猪木さんのキャッチフレーズだ。以前に本欄で「ストロングスタイルと環状線理論」と題して書いたので参照してほしい。
しかし、今の日本のメディアで仕事をしている人たちに最も足らないのが闘魂だ。権力とは闘わずに迎合し、所属組織内では波風を立てないよう細心の注意を払っている。私にはそう見える。
「戦後80年からのジャーナリズムに求められること」は何かを考えた時、いろいろな回答があり得ると思う。
だが、絶対に必要なのは闘魂だ。日本社会は今、長いものに巻かれながら戦前と似た状況にどんどん向かっている。戦後80年からも戦争をさせない時代を維持するには、闘いは避けられない。
Tansaとニュースタパのメンバーら。前列左がキム・ヨンジンさん、前列中央が報導者のシェリー・リーさん=マレーシアのクアラルンプールで2025年11月22日、千金良航太郎撮影
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