編集長コラム

「ストロングスタイル」と「環状線理論」(28)

2022年10月01日16時40分 渡辺周

プロレスラーのアントニオ猪木さんが2022年10月1日、死去した。79歳。病気で痩せ細ってもyoutubeの「最後の闘魂チャンネル」でメッセージを発信し続けた。

私は幼少の頃、女の子とよく間違われた。やんちゃ盛りの同年代の男の子たちと遊ぶのは苦手。彼らは、私の名前の「まこと」を文字って、「まここ」とからかった。もっとたくましくならねばと、空手道場に入ったものの、そこの男の子たちは、おかっぱ頭の私を面白がって、髪の毛をピンピンと抜いていく。じっと我慢したが、稽古が終わって7つ上の姉が道場に自転車で迎えに来ると号泣した。

そんな日々を送る中で、テレビ画面に現れたのが猪木さんだ。猪木さんは一般人に比べれば大柄だが、外国人レスラーはもっと大きい。だが怯まず向かっていく。まさに「闘魂」そのもので憧れた。

負けっぷりも半端ではない。1983年のハルク・ホーガン戦では、ホーガンさんの必殺技「アックスボンバー」をくらい、失神した。舌を出して気を失っていて、死んでしまうのではないかと子ども心にハラハラした。

猪木さんの闘う姿に力を得た少年時代だったが、Tansaを創刊してからの方が猪木さんの生き様が身にしみた。

2015年に、Tansaの前身であるワセダクロニクルを立ち上げようという話が仲間内で持ち上がった。非常に魅力的な挑戦でワクワクした。

しかし、不安も同じくらいに大きかった。資金も人も少ないなかで、どうやってやっていくのか。探査報道に特化したメディアをやっていくには、膨大なエネルギーが必要だ。生活ができるのか。そもそも組織でやる以上、メンバーたちへの責任が生じる。そんなことが、朝日新聞という大きな会社でぬくぬくとやってきた自分にできるのか?

思い出したのが、猪木さんの引退スピーチでの言葉だ。

「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」

創刊してからは、猪木さんの「ストロングスタイル」を常に肝に銘じた。

猪木さんは、パフォーマンスとしてのプロレスではなく、格闘技として最強のプロレスを目指し、「ストロングスタイル」を提唱した。ボクサーのチャンピオンであるモハメド・アリさんをはじめ、様々な格闘家と異種格闘技戦をしたのもその一環だ。

ストロングスタイルを貫くために日々、猛トレーニングを積んだ。猪木さんは著書『最後の闘魂』(プレジデント社)で語っている。

「輝きは、見た目の華やかさではなく、内面からにじみ出てくるものだ。誰が見ても凄いと思わせる肉体。どんな攻撃を受けても立ち上がる強い精神力。勝利するために必要な説得力抜群の技。これらすべてが欠かせないものであり、それを生み出していくには、日々のトレーニングが必要不可欠だ」

Tansaも、探査報道という強い成果物で挑む「ストロングスタイル」だ。そのために、地道な取材を日々重ねている。メディア業界の人からは「もっと近道があるんじゃないか」と言われることもあるが、ストロングスタイルを手放した瞬間、Tansaは存在意義をなくし、あっという間に潰れてしまうだろう。

「経営者」としての猪木さんにも、学ぶところがある。

猪木さんは当初、「日本プロレス」という当時のメジャーな団体に所属していた。『猪木力 不滅の闘魂』(河出書房新社)で本人が語っているところによると、日本プロレスで組織改革の必要性を訴えていたら、「乗っ取りを計画した」という理由で、1971年に追放された。

日本プロレスを追放された後に立ち上げたのが、「新日本プロレス」だ。選手は猪木さんを含め5人。自宅の庭をつぶして道場をつくり、家屋を選手の合宿所にした。テレビ局も試合を放映してくれない、ちっぽけなプロレス団体である。

そこから新日本プロレスを発展させていく過程で、猪木さんが大切にしていたのが、「環状線理論」だ。『猪木力 不滅の闘魂』から引用する。

「環状線の内側がプロレスファンだとすれば、いかに環状線の外側にいるファンじゃない人へ情報を発信するかということで、外を意識してそこを巻き込んでいくと、環状線はどんどん大きく広がっていく」

「俺は、業界全体の人気を上げるためにも環状線の外を常に意識していた。成功への答えはないけど、もしも興行に鉄則があるならば、環状線理論ということになる」

これはジャーナリズムにも当てはまる。ジャーナリズムの必要性を感じている人は確かにいるが、ジャーナリズムが民主主義のインフラになるほどには広がりがない。今はそっぽを向いている人に振り向いてもらう必要がある。

ストロングスタイルと環状線理論をどうやって両立させるか。猪木さんがTansaに遺した課題だと受け止め、今後も予想される凸凹道を歩んでいこうと思う。

最後に私が最も好きな猪木さんの言葉を紹介する。

「夢だけが現実を動かす」

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