保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【学校編】

「突然死にしてもいいかもしれません」 遺族が耳を疑った教頭からの提案(9)

2026年01月22日 18時17分  中川七海

2017年4月27日作成の福浦大助さんのメモ=遺族提供

“ピンポーン”

自宅マンションのインターホンが鳴った。

福浦さおりがモニターを確認すると、亡くなった息子の同級生とその親が何人か立っている。

さおりは、そのうちの一人を知っていた。隣に立つ夫の大助に言った。

「勇斗をいじめていた生徒だよ」

※同級生の実名は伏せ字で表記します。

息子をいじめていた生徒の弔問

福浦勇斗(はやと)が命を絶って1カ月後の2017年5月20日。この日から、海星学園の生徒たちの弔問が始まった。

学校側で希望者を募り、数日に分けて遺族宅を訪れるよう割り振りされていた。約1週間で、60人ほどの生徒と保護者がやって来た。

線香をあげて遺影に手を合わせると、涙が溢れ出す生徒が何人もいた。さおりと大助は弔問への感謝を伝え、そんな生徒たちを励ました。

一方で、さおりと大助の心がえぐられる時間が何度もあった。

5月20日の午後、インターホンが鳴った。弔問の生徒だと思いモニターを確認すると、2組の親子が映っている。

さおりは目を疑った。

「■■くんよ。勇斗をいじめていた子だよ」

「え!?」

大助も驚いた。勇斗が亡くなった後、大助は勇斗の部屋から一冊のノートを発見した。いじめの内容や勇斗の悲痛な思いとともに、いじめ加害者の実名が綴られていた。

全部で11人。その中でも、勇斗が「一番バカにしてきた」と書いていたのが、インターホン越しに映る生徒だった。母親と共に来ていた。

「もし加害生徒が来ても、怒ったり責めたりしないでおこう」

大助とさおりは、事前にそう決めていた。加害者を追及しても勇斗は返ってこない。遺族が望むのは、勇斗のような犠牲者が二度と出ないことだ。学校が事実を公表し、加害生徒自身が反省できるよう、遺族として再発防止を求めることに徹しようと決めていたのだ。

だが、加害生徒が直接やって来るとは思ってもみなかった。怒りや悔しさが込み上げてくる。なんとか平静を装いながら部屋に通した。

たいていの人は、勇斗の遺影に手を合わせて俯く。だが■■は、じっと勇斗の遺影を見つめたままだった。テーブルについてお茶を出し、親子といくらか雑談を交わした。その間も、■■は無表情で言葉を発さない。どちらかというと、ふてぶてしい態度だった。

大助は優しい言葉をかけることで、勇斗への言動を省みるきっかけにしてほしいと思い、こう話しかけた。

「勇斗の分まで青春を謳歌してね。勉強もスポーツも頑張ってね」

無反応だった。最後まで、本人からもその保護者からも、謝罪の言葉はなかった。

死から1カ月後、同級生から「部活を辞めたの?」

加害生徒の弔問は続いた。

勇斗がノートに名前を挙げた11人中7人が訪れた。その度に大助とさおりは胸が張り裂けそうになったが、「怒ったり責めたりしない」を貫いた。しかし7人の誰からも、いじめに対する謝罪はなかった。

大助とさおりを追い詰めたのは、加害生徒だけではなかった。

勇斗の死を悲しむ生徒や保護者でさえ、こう口にした。

「どうして自殺しちゃったの?」

いじめについて知らない弔問者が多くいたのだ。なぜこんな事態になっているのか。

原因は、海星学園にあった。

弔問開始の5月20日までに、海星学園は2回の説明会を実施していた。遺族は参加できなかったため、参加した生徒や保護者に後から内容を聞いた。

1回目は、5月7日。勇斗と同じ海星中学からの内部進学生の保護者向けだ。学校側が遺書や手記の一部しか読まなかったため、参加者はいじめの詳細や勇斗の思いについて把握できなかった。

2回目は、5月9日。全校生徒約1500人のうち、40人ほどの内部進学生のみが参加できた。学校側は勇斗が自死したことは伝えたが、遺書や手記はほとんど読まなかった。いじめについては、そもそも触れなかった。

これらの対応により、内部進学生とその保護者しか勇斗の自死を知らない状況となった。生徒に関しては、いじめで苦しんでいたという肝心な部分すら知らされなかった。

さらに海星学園は、弔問者も制限していた。

説明会の対象と同様、内部進学生とその保護者に限定していたのだ。

そのため、弔問期間中も、遺族のもとには不可解な連絡がたびたび届いた。

勇斗の自死から1カ月が経っているにもかかわらず、勇斗のスマートフォンに同級生からLINEのメッセージが入るのだ。

さおりがアプリを開くと、勇斗が所属していたコンピュータ部の友人からだった。

「今日は部活に来ないの?」

「大丈夫?」

「部活を辞めたの?」

内部進学生以外の生徒は、勇斗が亡くなったことすら知らなかったのだ。

連日の「マスコミ」報告

さおりも大助も、確信した。

「海星学園は、勇斗の一件を隠蔽したがっているんだ」

そう捉えると、これまでのあらゆる出来事と合点がいった。

勇斗が亡くなった翌日の4月21日、高校教頭の武川眞一郎から大助の携帯に電話が入った。

勇斗の死後、初めての会話だ。だが武川は挨拶もそこそこに、「学校にマスコミから問い合わせがきています。一刻も早く会いたい」と迫った。

勇斗が遺体で見つかってから、まだ数時間しか経っていない。大助は気持ちの整理がついていない中で、葬儀の段取りなどに追われている状況だ。警察からは、葬儀日程などが決まって落ち着いたら学校へ連絡するよう言われていた。

しかし電話越しの武川は慌てふためいており、高圧的な口調で面会を迫る。大助はとっさに、「すみませんでした」と謝ってしまった。

翌22日には、葬儀場に武川ら3人の教職員がやって来た。

勇斗の遺書を3人に見せ、さおりは「今後、海星で二度とこのようなことが起きないようにしてください!」「こういうことは、勇斗で最後にしてください!」と泣きながら訴えた。

さおりの訴えに、武川はこう返した。

「マスコミがかぎ回っています。昨日から学校に電話がかかってきています。マスコミ対応はどうしますか」

大助もさおりもすぐに答えられないでいると、中学教頭の川島一麿が「どうしたいんですか!」と強い口調で言った。

勇斗の名前を出さないよう伝えると、武川も川島も穏やかな態度に戻り、「お任せください」と言った。

さらに川島は、勇斗の同級生を葬儀に呼ぼうとするさおりたちを、こう制した。

「生徒を呼ぶのはやめましょう。生徒を呼ぶと、やはりマスコミに情報が漏れるので」

海星学園からは、教職員のみ焼香しに来られることが決まった。

その後も、マスコミの動向に関する学校からの連絡は途絶えなかった。いつも武川から大助の携帯に電話がかかる。

4月25日

「毎日新聞から、自殺の件で問い合わせがありました。長崎新聞も、連休明けに改めて学校に来ると言っています」

「安心してください。万が一、生徒に取材するようなことがあれば、『人権問題になる』と記者には伝えてあります」

4月26日

「毎日新聞が、県に出向いて自殺について調べているようです」

「学校で子どもから勇斗くんがなぜ休んでいるのかと問われたら、『家族からの連絡がない』と答えています」

チラシの裏に走り書きした「突然死」

武川からの連日の電話で、大助もさおりもマスコミへの恐怖心が煽られていた。

だが、ハッとする出来事が起こる。

4月27日の夕方5時過ぎ、この日も武川から大助に電話が入った。翌28日に海星学園で開かれる体育祭に触れ、こう述べた。

「明日の体育祭に、KTN(テレビ長崎)のテレビ取材が入っています。今回の問題を聞かれるかもしれません」

そして、こう続けた。

「マスコミも海星だとは気づいていないことですし、『突然死』ということにしてもいいかもしれませんね」

大助は耳を疑った。近くに置いてあった新聞の折り込みチラシの裏面に、「突然死」と走り書きした。

(つづく)

*敬称略

情報提供のお願い

 

本シリーズでは、長崎・海星学園で起きた福浦勇斗さん以外のいじめや自死についても報じていきます。海星学園で、これ以上の犠牲を出したくないからです。

 

そこで、海星学園でのいじめ及び自死についての情報を募ります。情報は、勇斗さんの事案か否かは問いません。海星学園の生徒、卒業生、保護者、教職員の方々は、ぜひご協力をお願いします。情報提供者の秘密は必ず守ります。

 

Tansaでは、情報提供に関する法律や注意点、ツールを公開しています。こちらのページをご確認の上、情報をお寄せください。よろしくお願いいたします。

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