
取材に応じる福浦さおりさん=長崎市で2025年4月20日、千金良航太郎撮影
2017年5月上旬の明け方、福浦さおりは自宅のリビングで目が覚めた。
ダイニングテーブルに突っ伏して、いつの間にか眠っていた。
周りには、図書館で借りてきた書籍や、新聞記事のコピーが散乱している。
「そろそろ仕事に行かないと・・・」
このような生活が、何日も続いていた。
遺族が見出した突破口
さおりの息子・勇斗(はやと)が遺したノートには、学校で受けていたいじめの内容とともに、「もういや。つかれた。」の文字。学校の中で、一体何が起きていたのか。さおりたち遺族は、ただ真相を知りたかった。
ところが、海星学園は真相究明に乗り出さない。それどころか、いじめ自死が公にならないよう情報統制を図った。遺族に対しては、「いじめ自死」ではなく「突然死」や「転校」として公表する提案を持ちかけた。
事実を知る方法は、ないのだろうか。
さおりは、教育関係の職に就いている友人に連絡し、相談した。
さらに、子どものいじめや自死に関する法制度を、さおり自ら調べ始めた。文部科学省のサイトや過去の報道をネットで調べたり、役所の資料コーナーに足を運んだり。仕事帰りは図書館へ直行し、夜8時の閉館時間まで滞在する日々を送った。自宅でも、資料を読み込んだ。
勇斗の自死から2週間後、さおりは突破口を見出す。
「第三者調査委員会」の設置だ。
「大津いじめ自殺事件」をきっかけに
深刻ないじめが起きた場合、「重大事態調査」が行われる。2011年の「大津いじめ自殺事件」を契機にできた法律で、義務付けられた。
大津の事件では、当時中学2年の生徒がいじめを苦に自死した。亡くなった生徒は、同級生たちから日常的に、殴る・蹴るなどの暴力を振るわれていた。紐で何重にも縛られたり、粘着テープで口を塞がれたり、虫の死骸を食べさせられようとしたり。「自殺の練習」もさせられた。学校側はそういった行為を認識していたが、いじめとして対応しなかった。さらに、学校や教育委員会は生徒の自死後、隠蔽を図った。
事件から2年後の2013年、「いじめ防止対策推進法」が施行された。自死をはじめ、いじめによる重大事態が起きた際、学校は速やかに「重大事態調査」を実施することが定められている。いじめを生んだ背景や生徒の人間関係、学校・教職員がどのように対応したかといった事実関係を明確にし、原因究明や再発防止に繋げる目的がある。
調査は、公平性・中立性を要する。そこで発足するのが、第三者で構成される調査委員会だ。
だがさおりたち遺族には、第三者委員会による調査について、海星学園から知らされていない。勇斗が亡くなって、2週間あまりが経っていた。
さおりは疑った。
「海星学園は、第三者委員会を立ち上げずに幕引きするかもしれない」
第三者委員会を立ち上げられるのは、学校設置者だ。公立であれば都道府県だが、私立学校の場合は学校法人。つまり、海星学園の判断となる。
さおりは急いで、法律に基づいた調査を求める要望書の作成に取りかかった。
「速やかに、公正な委員による調査委員会を」
2017年5月15日、さおりと夫の大助は海星学園を訪れた。
要望書を提出するため、遺族側から面会を求めた。高校教頭の武川眞一郎、中学教頭の川島一麿、高校教頭補佐の大森保則が対応した。
大助が切り出す。
「学校と遺族に温度差があると感じました」
「これまで教頭先生とやりとりしてきましたが、本当にこちらが伝えたい部分を、教職員の方々がどこまで受け止めてくれているか、という部分がわからないものですから。遺族としての気持ちを、書面で、要望書として書いてきましたので、ご回答いただきたいです」
大助は要望書を武川に手渡し、念押しした。
「うやむやにはならないと信じてはいるんですけれども、今まで(武川教頭と)電話でやり取りしていると、校長先生、理事長先生、職員の先生にこちらの意向がうまく伝わるとは思えなかったので、今日書面でお持ちさせていただきました」
海星学園の校長・清水政幸宛の要望書では、次の5点を求めた。
1.生徒さんに対し、息子が亡くなった真の理由(いじめが主要因であること)を伝えていただきたいこと。
2.速やかに公正な委員からなる調査委員会を設け、息子の自殺の真の原因について調査を行っていただきたいこと。
3.その調査結果を正式な報告書としてまとめ、私どもにお渡しいただきたいこと。
4.二度とこのようなことが御校の生徒さんに起きることがないよう、具体的な対策をたて、その実施につき、御約束をしていただきたいこと。
5.以上のことについて私どもと話し合う機会を設けていただきたいこと。
要望の後には、こう記した。
私共は息子の死が事件として社会に公表されることを決して望むものではありませんが、うやむやのうちに闇に消えてしまうことを放置する気持ちもありません。
無力な親ではありますが、出来るだけのことをして、その死に報いたいと思っております。
何卒、宜しく御願い申し上げます。
時間稼ぎ
12日後の5月27日、武川と川島が福浦家にやって来た。大助は出張中だったため、さおりが一人で対応した。
武川は、「第三者委員会の発足について県と相談した」と述べ、委員の選定は弁護士会などに依頼し、海星学園の関係者などは外すと告げた。
要望書を出したことで、重大事態調査が動き出した。
しかし海星学園は相変わらず、「いじめ自死」を公にしようとしない。第三者委員会は、突破口ではあったが、海星学園は調査への影響を口実に公表を避けているようだった。
遺族が要望しても、勇斗の自死に関する説明会の参加対象者を、中学からの内部進学生に絞っていた。全校生徒の3%にも満たない。その上、いじめが起きていたことすら伝えていなかった。勇斗の自死から1カ月以上経っても、海星学園はこの姿勢を堅持していた。
さおりは、武川と川島に訴えた。
「次の犠牲者を出してほしくないんです。加害者も高校生だし、自分で分かっていると思います。謝れとは言わないけれど、自分で気づいて更生してほしいんです。勇斗の遺書やノートは、全文を生徒に読み聞かせてください。加害者の実名の部分は伏せた状態で構わないので」
答えたのは武川だ。
「この先どうすれば良いか考えないといけないと思います。どういう形が最善なのか、今はちょっと分からない。第三者委員会をやって、その結論が出て、じゃあどうしましょうか、という話になると思うんですよね」
さおりは、武川の言葉に引っかかった。
「第三者委員会の結論を待ってから、全校生徒に話をするのですか」
武川が言う。
「(第三者委員会の)調査が入る前に(生徒に話を)すると、ちゃんとした調査ができないかもしれませんから」
これはおかしい。さおりは、教育関係者の友人に尋ねたり、自ら法律や過去の事例を調べたりしてきた。第三者委員会の調査にかかわらず、学校として事実を公表することはできる。武川は遺族を言いくるめ、公表までの時間稼ぎをしようとしているのではないだろうか。さおりが指摘する。
「普通は、自殺したことを全校生徒に話してから、第三者委員会の調査が入りますよね」
すると武川は「なんせ私たちも初めてのことですので・・・」と、はぐらかす。
さおりが続ける。
「第三者委員会は第三者委員会でやってもらって、生徒さんには本当のことを話してもらいたいんです。できれば早めに。第三者委員会の調査と、生徒に話すのは、別問題だと思います」
それでも武川は、こう述べた。
「話す時期の問題なんですよ。それは第三者委員会の人選が決まって、保護者の方にも言わないといけないんです。委員会が立ち上がりました、委員の方がお話を伺いに来るかもしれません、と。そういう段取りになると思います」
理事長「毎日おミサを捧げております」
このままでは、うやむやにされてしまう。危惧していた通りになってしまう。さおりと大助は再度、海星学園に要望書を出すことを決めた。
6月4日、勇斗の四十九日に、理事長の坪光正躬(つぼこう・まさちか)や校長の清水をはじめ、武川ら海星学園の教職員が福浦家にやって来た。
坪光が言う。
「毎日おミサを捧げて、お祈りをさせていただいております。本当に悲しい出来事ではありましたけど、ご遺族にとってお子さんが宝であったことが、今思い起こせば素晴らしいことであったかなと思います。彼が心安らかに天国へ行って、憩われますように、毎日これからもお祈りしたいと思います」
遺族の望みは、「お祈り」ではなく、事実の公表だ。面会や電話で再三伝えてきた。それでも埒が明かず、先日要望書まで提出した。しかし何一つ伝わっていなかったことを、さおりと大助は実感した。
そんな二人に対し、武川が言った。
「この前の内容で進めて良いですか」
海星学園は、第三者委員会の設置を利用し、事実の公表を避けようとしている。遺族として、同意できるわけがない。
大助は、前回とは別の要望書を手渡した。
1.第三者委の調査が始まる前に、生徒に息子が亡くなった真の理由(いじめが主要因であること)をお伝えください。その際、本人が遺した遺書や日記などを全て読み上げてください。また、いつ伝えるのか、具体的な日程をお示しください。
2.第三者委がどのような目的で調査するのか、ご提示ください。
3.調査にかかるおおむねの期間をお示しください。
4.第三者委を発足させる前に、推薦予定委員の名簿をご提示ください。
第三者委員会をめぐり、学校と決裂するとは、この時は想像もしていなかった。
(つづく)
*敬称略
保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【学校編】一覧へ情報提供のお願い
本シリーズでは、長崎・海星学園で起きた福浦勇斗さん以外のいじめや自死についても報じていきます。海星学園で、これ以上の犠牲を出したくないからです。
そこで、海星学園でのいじめ及び自死についての情報を募ります。情報は、勇斗さんの事案か否かは問いません。海星学園の生徒、卒業生、保護者、教職員の方々は、ぜひご協力をお願いします。情報提供者の秘密は必ず守ります。
Tansaでは、情報提供に関する法律や注意点、ツールを公開しています。こちらのページをご確認の上、情報をお寄せください。よろしくお願いいたします。
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