編集長コラム

原発めぐるアンフェア(74)

2023年08月26日16時25分 渡辺周

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X氏は大阪市内の一軒家で、私の前に高知県内の自治体の町村長や有力者の名刺をずらりと並べた。朝日新聞のシリーズ「プロメテウスの罠『地底をねらえ』」で、原発の高レベル放射性廃棄物の問題を取り上げるため、彼を2012年に取材した時のことだ。

名刺の人物たちに、X氏は2006年に面会した。1万円する大阪の老舗店の菓子折りを持参し、高級車で訪問したという。目的は、「文献調査」を受け入れる自治体を探すため。文献調査とは、原発の高レベル放射性廃棄物を地下深くに埋める処分場として、その土地が適しているかを資料で調べることだ。

X氏は、すでに解散した他人のNPO法人「世界エネルギー開発機構」の執行役員を騙り、年2億1000万円が国から出ると口説いて回った。電力各社の拠出金で運営するNUMO(原子力発電環境整備機構)は、文献調査を受け入れる自治体が現れず困り切っていた。X氏は自分が仲介し自治体が文献調査を受け入れれば、何らかの利益を得られると考えたのである。NUMOから依頼を受けたという嘘もついた。彼は人あたりがいい。取材している間も「兄ちゃんコーヒー飲む ? 砂糖とミルクはいる? 」と言いながら私にコーヒーをいれてくれるような人だ。

なぜ、高知県内の自治体を回ったのか。X氏によると、まず日本地図を広げた。そして「核廃棄物を運ぶため海の近くで、しかも金をほしがる貧しい土地がええから」と狙いを定めた。

X氏の口車に乗ってしまったのが、高知県東洋町だった。当時の町長がNUMOに文献調査を申し込んだ。X氏は東洋町に入った時の感想を私に語った。

「びっくりするくらい、さびれとった。町が死んどった」

しかし、町民の反対運動がわき起こる。いくら安全と言われても、廃棄物を1万年近く埋めていれば何が起こるか想定できない。たとえ交付金が出るにしても、自分たちや子孫が住む土地に埋めたくないと住民たちは思った。文献調査だけ受け入れるつもりでも、他に候補地がなければ、引き返せず処分場になってしまうという心配もあった。結局、受け入れの是非を問う町長選で、文献調査に応募した町長は敗れ、調査は受けれないことになった。2007年4月のことだ。

それから13年。2020年11月に北海道の寿都町と神恵内村で文献調査が始まった。廃棄物の処分場をめぐる問題が、膠着状態から動きだしたのだ。今は長崎県対馬市が、文献調査を受け入れるかどうかで住民が対立している。

「深海投棄」想定で原発スタート

日本で初めて原子力発電に成功したのは1963年。その前年の原子力委員会の報告書には、こう書いてある。

「国土が狭あいで地震のあるわが国では、最も可能性のある最終処分方式としては深海投棄であろう。地下水、人口の分布状況などからみて、放射性廃棄物の土中埋没による処分は禁止すべきである」

日本の政策決定者たちは、高レベル放射性廃棄物を地下に埋めることは禁止し、深海に捨てるつもりで原発を始めたのである。それが廃棄物の深海投棄を禁止する「ロンドン条約」が1976年に発効して、地下に埋めるしかなくなった。

見切り発車で原発を始めたことは無責任だ。処分場の目処が立たないまま原発を続けるのは、無責任を超えて犯罪的ですらある。廃棄物の行き場がないこの状況はよく、「トイレのないマンション」に例えられるが、トイレのないマンションに住まわされたら、住民は業者を訴えるだろう。この状況で、原発稼働のアクセルを踏む岸田首相や電力会社には、本当に腹が立つ。

だが、原発を推進した為政者が悪いのだから、廃棄物の問題は自分たちには関係ないということでは済まされない。すでに大量の廃棄物が国内に溜まっていて、行き場がないからだ。

その際に考える必要があるのは、日本の中の、より疲弊している自治体に廃棄物を交付金と引き換えに押し付けていいのかということだ。都会と地方の格差はますます開いていく。貧しさに耐えかねて手を挙げる自治体を待つというのは、アンフェアだ。その自治体の振興への助けが本当に必要ならば、交換条件にするべきではない。

東京をはじめ、原発の電気を多く使ってきた都会が、廃棄物を受け入れることについて、真剣に検討するべきだと私は思う。

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