編集長コラム

やっちゃっていいんだぞ(75)

2023年09月02日20時37分 渡辺周

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小学校低学年くらいの少年が、母親にすごい剣幕で怒られていた。JRの駅の改札。少年は交通系のICカードをタッチするがうまくいかない。少年の後ろには改札を出ようとする乗客たちが溜まり、母親は「早くしなさいよ!後ろがつかえているじゃない!」と怒鳴った。少年は黙り込み、もじもじするばかりだ。

母親はいろんなストレスを抱えているのかもしれない。子どもに愛情がないわけでもないだろう。

でもだからこそ、子どもが萎縮するような態度は取らないよう、親の方が注意した方がいいと思う。子どもは親から愛情を受けたいから、親に嫌われるようなことはしたくない。親が疲れているなと感じたら、それ以上に負担をかけまいとする。委縮し、とにかく失敗のない日々を送ろうとする。親は子どもから、失敗する権利を奪ってはいけないと思う。

家庭で羽を伸ばせなくても、学校がチャレンジを奨励するような場所であればいいが、なかなかそうもなっていない。自らのレールを敷くことは勧めず、すでにあるレールから脱線しないようにとすり込む。

染みついた委縮体質は大人になっても消えない。減点を少なくすることに汲々とし、そういう人たちで構成する社会は負のオーラで満ちる。

以前、刑事のOBと会っていて、私が「出る杭は打たれるけど、出過ぎる杭は打たれないから大丈夫。僕は出過ぎる杭になります」と話すと、彼は言った。

「バカだな、渡辺くん。日本では、出過ぎる杭は杭ごと抜かれてしまうんだよ」

彼は、殺人事件を担当する捜査一課の名刑事だった。秀でた捜査の勘と実行力は、時に警察組織の減点主義と対立し、苦い経験を味わった。減点主義は警察だけではなく、日本のあらゆる組織にはびこっていることも見抜いていた。

「失敗することは素晴らしいこと」

この悪循環を断つ方法はないのか。

8月20日に参加したイベントに、ヒントがあった。アショカ ジャパンが開いた第13回「We Are the Change」だ。アショカは世界最大の社会起業家ネットワークで、社会を変革する「チェンジメーカー」を発掘している。「We Are the Change」は、アショカが選定し支援する「ユースベンチャラー」と呼ばれる若者たちが、日頃の活動を披露するイベントだ。

ユースベンチャラーたちは、自らの頭で考え、じゃんじゃん実行する。

例えば、原田伊織さん。若者が親を介護する「ヤングケアラー」を地域でサポートする人を増やしたり、ヤングケアラーの声を行政に届けたりする活動をしている。自身がヤングケアラーで、この問題に社会全体で対処する仕組みをつくろうと考えた。

熊谷沙羅さんは、多摩川のケヤキの木の下で、毎週日曜日に「川の図書館」を開いている。1000冊くらいの本を持っていき、来訪者は読みたい本を何冊でも持って帰れる。家に要らない本があれば持ち寄ってもらえるという仕組みだ。コロナの感染拡大で図書館に行けなくなったことが、アイデアの出発点だ。

西村薫さんは、子どもたちのための「プレーパーク」を立ち上げた。禁止事項とルールがなく、なんでも自由に自分の責任で遊べる場のことだ。

西村さんは小中学生の時、親や教師が求めることに合わせる「優等生」だった。ところが、大学生になりスイスでボランティアをした時に転機が訪れる。現地の子どもと関わった時、それぞれが堂々と自らの選択に沿って行動していることが「カッコいい」と思ったのだ。

イベントには、私を含め年配者たちも集まった。どの人もユースベンチャラーたちの活動に共感していた。質問はするが、「そんなことして大丈夫か」とか「考えが甘いのではないか」とか否定的な物言いはしない。熊谷さんの母親は日頃から、子どもが失敗した時は「ラッキーだったね、失敗することは素晴らしいこと」と伝えているのだという。

私が提案したことが一つある。

それは、こういう場にどんどん友だちを誘おうということ。せっかくいい感性を持っているのに、親や教師に芽をつまれ、委縮している子どもや若者がたくさんいるはずだからだ。「やっちゃっていいんだ」と気づいてくれたらなと思う。

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