編集長コラム

正当な怒り(157)

2025年04月19日16時11分 渡辺周

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心に残っている祖父の言葉がある。

「怒る時は、怒っていいんだよ。正当な怒りっていうものがある」

孫から見ている限り、祖父は穏やかな人だった。植木の世話や絵を描くことが好き。山登りで見つけた石ころを「ほら、これ素敵な石だろ」と私にプレゼントしてくれるような人だった。

祖父が怒っている姿はどうもイメージできないのだが、昔はよく怒っていたらしい。祖母が教えてくれた。

戦後間もない頃に、出版の仕事を手がけていた時のこと。祖父は原稿を持ってきた筆者相手に「こんな駄文を金のために書いて恥ずかしくないのか!」とよく怒っていたという。祖母は「だからその出版社もすぐに潰れちゃって。ホント、嫌になっちゃう」と、祖父への愛情を込めて言っていた。

祖父は戦時中、戦争に反抗的な態度を取って警察に連れて行かれたことがある。祖父のおばが、横浜の港から恋人とソ連に亡命したこともあって、目を付けられていたという。理不尽なことを経験する中で怒りが溜まり、激しやすくなっていたのかもしれない。性格もあるだろう。

ただ、本当にそれだけだったのかとも思う。「自分はあんなに辛い目に遭ったのに」という悔しさをぶつけることが、祖父の言う「正当な怒り」なのだろうか。祖父は私が大学生の時に他界した。深い話はしたことがないから、彼の真意は分からない。

だが私が考える正当な怒りとは、自分のためではなく、他者のために発動する怒りだ。

そのことを、Tansaを創刊してから実感している。

Tansaのメンバーは、仕事意外では朗らかで、むしろおとなしい。

しかし、仕事では怒る。どんなに大きな力を持った相手でも関係ない。

他者のために怒っているからだ。辻麻梨子は、性的画像を拡散された被害者のために怒っている。中川七海は、いじめを苦に自殺した高校生のために怒っている。自分のために怒っているのではない。だからこそ、怯む心を克服できる。二人とも、加害者や権力者との直接対決を経験しているが、心臓に毛が生えているわけではない。緊張で心臓がバクバクしているところを、犠牲者のことを思い、勇気を出していた。

祖父が物書きに怒った時も、戦争での犠牲者に思いを馳せたのではないか。ゼロから日本社会が再出発する中で、妥協に走るようでは犠牲者に申しわけが立たないと思ったのではないか。孫としての希望も込めた推測だ。

ブチ切れて何が悪い?

生コン産業の労働組合、「関生支部」の安井雅啓さんは、非正規雇用のミキサー運転手、Mさんのために怒った。Mさんは娘を保育所に預けるため、就労証明書を必要としていたのに、会社が証明書を出さなかったからだ。

Mさんがその会社で働いていないのなら別だが、勤め始めて5年以上が経っていた。証明書を出さないのは、Mさんがその年に関生支部に入って、正社員になる交渉を会社としようとしたからだ。ただの嫌がらせだ。

会社の態度は、不誠実そのものだった。「『市役所の担当者は就労証明書がなくても保育所を利用できる』と言っていた」と嘘をついたり、安井さんたちが会社に交渉に赴くと警察を呼んだりした。

だが大阪高裁は先日、安井さんに懲役6カ月(執行猶予3年)の有罪判決を出した。

安井さんが暴力を振るったわけではない。どこが犯罪なのか。さっぱり分からない。

石川恭司裁判長は、交渉する際の安井さんの言動が「社会通念上、受忍すべき限度を超えていた」と言った。

しかし、受忍すべき限度を超えていたのは、就労証明書を出さなかった会社の方だ。安井さんがブチ切れるのは当たり前だ。安井さんが怒っていなかったとしたら、私は安井さんの本気度を疑う。

石川裁判長に聞きたい。

「あなたは、誰かのために心の底から怒ったことがないんですか?」

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