編集長コラム

ペンを曲げるならペンを折る? (1)

2022年03月14日17時48分 渡辺周

私がまだ朝日新聞にいた時に、先輩が「ジャーナリストの仕事はこういうもんだ」と教えてくれた言葉がある。1985年の入社式で、当時の一柳東一郎社長が新入社員たちに語った。先輩は新入社員としてその場にいた。

「権力の抑圧によって筆を曲げるよりは、筆を折る、つまり死を選ぶくらいの気概を秘めた企業だということを、諸君もハラの中に入れておいてほしい」

感心する反面、そんな気概がある人なんて、もはや周囲にはいなかった。絶滅危惧種だ。実際、2014年には従軍慰安婦報道への対応と原発吉田調書の記事取消事件で、朝日新聞はどんどん萎縮していった。

私が2015年4月に出した「製薬マネーと医師」の記事は、スポンサーである製薬会社を気にして社内でハレーションが起きた。朝日新聞はキャンペーンを打ち切った。上司たちの弁は「俺たちはパンドラの箱を開けてしまった」「社内からも猛抗議が来ている、営業が立ち行かなくなる」だった。私は1年後に会社を辞めて、Tansa(旧ワセダクロニクル)の立ち上げ準備に入った。

一柳社長が入社式で「死を選ぶ気概」を表明してから36年。2021年の朝日新聞の入社式はガラリと変わった。

中村史郎社長は次のように述べた。
「朝日新聞社はいま、『ともに考え、ともにつくる みなさまの豊かな暮らしに役立つ総合メディア企業へ』という企業理念を掲げています。旧来の新聞社という概念から、総合メディア企業への脱皮を目指しています」

ジャーナリズムの役割を放棄しているとしか思えないのは、朝日新聞だけではない。例えば昨年、警察庁長官に中村格氏が就任した際の各紙の記事は酷かった。

中村氏は警視庁刑事部長の時、伊藤詩織さんへの準強姦容疑で、逮捕状が出ていた元TBSの山口敬之氏の逮捕を止めた。逮捕に向けて準備していた所轄署に、警視庁の刑事部長が直々に待ったをかけることなんて普通はない。

山口氏はが当時の安倍首相と近かった。中村氏の指揮に安倍首相への「忖度」があったと疑うのは当然だ。しかし、中村氏の長官就任記事は、「ヨイショ」のオンパレードだった。

【読売】入庁後、警視庁刑事部長、警察庁組織犯罪対策部長など、刑事部門の中枢を歩んだ。「誰よりも現場を重視している」と自負する。

 

【毎日】「退路を断って仕事をするのが好きな人間」と自らを分析する。難題に果敢に挑戦する心づもりだ

 

【日経】「仕事ぶりをしっかり見てくれる人情味ある上司」とは周囲の評。

 

【朝日】時に周りが見えにくくなる、との評もある。が、大切にしているのは現場への思いだ。警察官の父のもと、身を削って働く警察官の姿を見てきた。

日々の報道だけではない。新聞は消費税率引き上げの際、食料品以外で唯一、軽減税率の適用を受けた。私の霞が関への取材によると、これは当時の安倍首相の財務省への指示だ。新聞は安倍首相から「特例」により守られたのだ。

Tansaのシリーズ「高齢者狙う新聞販売」では、認知症のお年寄りに新聞を押し売りしていることを明らかにした。犯罪になり得ることが横行している新聞販売に、なぜ軽減税率が許されるのか。権力との癒着である。

ジャーナリズムの現状は、「報道の自由が世界67位」というような生ぬるいものではない。崩壊している。

ではここから、どうやって日本でジャーナリズムを創り上げていくのか。嘆くだけなら、Tansaを立ち上げていない。

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