飛び込め! ファーストペンギンズ

粘り技(5)

2022年09月06日21時04分 小倉優香

Tansaでは、情報を取るための様々な方法を学ぶことができる。そのうちの一つが情報公開請求だ。

記者でなくても誰もが利用可能な制度で、公文書の開示を求めることができる。請求先は、省庁や市町村役場といった公的な機関だ。請求された側はそれに応じる義務が発生し、手続きは情報公開法に沿って行われる。会議の議事録はもちろん、メモやメールも対象となる。

編集長の渡辺はかねがね、「情報公開は闘いやで! 」と言っていた。必要な文書を出すには、請求先との交渉が重要だからだ。

実際にやってみると想像以上に大変だった。

7月上旬、私は初めて情報公開請求に挑戦した。ネオニコチノイド系農薬(以下「ネオニコ」)の取材の一貫で、請求先は農林水産省だ。ほしい文書は主に次の3つ。

①平成25年度〜27年度のミツバチ調査に関して、都道府県から提出された報告文書一切

②企業・業界団体から提出された要望・意見書などとそれに対する回答

③自民党が設置した、農薬取締法改正に関するワーキングチームとのやりとり一切

文書を特定するための交渉が始まった。

渡辺、辻と共に農林水産省へ足を運んだ。担当の、消費・安全局/農産安全管理課の課長補佐である山原洋佑さんと濵砂信之さんが出てきた。だがこの日、文書の特定には至らなかった。

1週間後、2回目の交渉をZoomで行った。山原さんと濵砂さんは、一台のパソコンを共有していた。濵砂さんは、画面に顔すら出さずに、「ミツバチ調査に関する文書は存在しない。破棄したかどうかはわからない」と言った。破棄したかどうかを調べ、破棄した場合はその記録を出すよう伝えた。

結局、3回目の交渉で濵砂さんは「ミツバチ調査に関する文書は公文書館に移管していると思う」と見解を変えた。

存在する文書を存在しないと言ったこともあった。

2017年に農薬工業会会長が、農林水産省に提出した農薬取締法改正に関する意見書について尋ねた時のことだ。私は、会長が意見書の提出を『化学工業日報』のインタビュー記事で明言しており、文書が存在することは明らかだと農水省へ説明した。

だが、3回目の交渉で、山原さんは「文書は存在しない」と断言した。担当課だけでなく、もう一度省内を探してほしいと念を押した。しかし、約3週間後に届いたメールでも回答は変わらなかった。

見解を変えたり、存在が明らかな文書を「存在しない」と言ったりする農水省。開示を妨害する意志があると断じるほかない。やむを得ず開示決定権者である農水大臣宛に抗議文を出すことにした。

抗議文を出すとなれば、一旦他の業務を脇に置いて取りかかる。今までのやりとりを整理して文字におこし、情報公開法のどの部分に反しているのかを伝えなくてはならない。時間も労力も気力も消耗する。

抗議文を作っている間に、他の取材ができるなとか、文献もいくつか読めるとか、考え出したら腹が立つ。

ひと段落して時計を見ると、夜10時を回っていた。静まり返った夜の事務所を見渡し、ため息をついた。

ふとシリーズ「公害PFOA」の情報公開請求の交渉をしていた中川の姿が思い浮かんだ。まだ私がTansaに入って間もない頃の出来事だ。電話を握り、少し怒り口調になりながら、「これは法的な手続きです。根拠をきちんと示してください! 」と、相手がまともに対応するまで粘っていた。

私は、なぜ中川が粘り続けることができたのか考えた。PFOA汚染の被害にあっている摂津住民を救うためだろう。文書を引き出すための交渉をしたり、抗議文を作ったりと目の前の作業ばかり見ていた。誰のために探査報道をするのかと立ち返った。粘って情報を入手し、それが誰かを救うことに繋がると思うと頑張れる。抗議文を数枚書いて、文書が出てくるなら喜んで書こうと思えた。

農水大臣への抗議文がだめなら、また違う手段を考える。粘り技でとことん挑む。

 

 

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